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放送大学面接授業での韓国映画   『天命の城(原題 南漢山城)

 表題の授業での3本目韓国映画である。1本目の『王になった男』での王、光海君が暴虐で15年の統治後、廃され、クーデターで王となった仁祖(王)の代に、中国では明が衰え、北方(満州辺)の後金が清となり、皇帝ホンタイジ自ら朝鮮に侵攻した。
 李氏朝鮮は、清に圧倒され、仁川の南漢山城へ籠城する。
 朝鮮の悲しさ、おそらく建国以来、地続きの中国、地政学的に上下関係で従属し、歴史的・文化的に支配されていた。朝鮮王国は、長く明に従属してきたため、新たに勃興した清とは、敵対関係にあるが、半面、軍隊は出しても、すぐ降伏するという面従腹背的態度を取らざるを得ない状況だった。
 ついに皇帝が、自ら朝鮮を攻撃し、最終的に朝鮮王仁祖が降伏の礼をとったものである。
 儒教で、明に従属していた朝鮮、武力で負けて、清に従属する。軍事的に圧倒され、もはや滅亡するか降伏するかの選択しかない。
 最後、朝鮮王が清皇帝の目前でひれ伏し、降伏の礼を取る有様は、実に悲惨な姿である。
 日本人として、この明や清に従属せざるを得ない朝鮮の立場、地続きで、軍事力が圧倒的な差がある。まして、この時代、少し前、朝鮮は、日本から侵略され、明により日本を追い返した、助けてもらった恩がある。
 中国と日本と、北から南から交互に侵略された歴史、なんとも言い難い悲惨なものがある。
 後金・清は、大砲や銃に加え、モンゴルと同じような騎馬軍団で強力な軍隊を持っている、対して朝鮮は、長年の戦乱で疲弊している、その差は悲惨である。弱小国の悲しさ、内紛や古い儒教制度、要は中国をも支配する野蛮な北方民族に支配されるのである。
 現在のわが国が、大国であるアメリカに全然、太刀打ちできないのと同じ。先の大戦では、中国とも長い期間、闘い続けて勝てないのに、まして遥かに豊かなアメリカに戦争を仕掛けていったのと同じ哀しさがある。
 清と闘い独立しようとする派閥と強いものに従って平和を求めようとする派閥との間、仁祖は揺らぐ。もうすぐ落城の瀬戸際で、降参する。
 太平洋戦争で降伏した日本、情況は同じ。
 殺されるか、降伏するか、それしかない。そして降伏する。
 もはや誇りを捨て、頭を地につけて、助命を請う王。
 厳しい。
 この映画、戦争映画としては迫力があり、見るに値する。ちょっとそっとの戦争場面ではない。砲弾が炸裂し、白兵戦が物凄くリアルである。装備も食料も尽きかけた朝鮮籠城軍、
 朝鮮の歴史、文化を、また一つ映画で学んだ。
 戦争映画は大好きだ。もし自分がああいう立場に置かれたら、どうするか、怖い、いやだと言っても、逃げることすらできない。
 平和がいいと言っても、いつ戦争になるかわからない。憲法9条があるからといっても、それは日本だけの憲法、日本は外国を責める能力も意欲もない、とぼけた国。
 さぁどうする、日本。
 主演は、前回と同じくイビョンホ、戦争真っ最中の映画だけに、女はでてこない。男の世界だ。

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