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21.部員とどう関わっていた?

指導にあたっては、選手とどのように関わるかは非常に重要です。私もいまだに悩んでいます。

指導開始当初は?

高校野球部の指導を始めたての頃は、私が何を伝えるのか?ということに焦点を当てておりました。勉強したことをどのように伝達するのか。これが大事だと思っていました。また、監督の考えをそのまま伝える、コピーのような存在になろうとしていました。当時の監督は厳しく、私もその厳しさを表現することが求められていると思っていたわけです。

選手との距離感は?

「子ども扱いすると選手に物足りなさを感じられ、大人扱いをするとことらが物足りなさを感じる」。とんな風に思っていました。年齢的には近かったこともあり、近づきすぎて失敗することもありました。それが怖くて、近づかせないようにしたこともありました。そんな狭間で右往左往していたのが、私が指導を開始した数年間でした。

転機が訪れたのは?

指導の4年目に、実の弟が入学してきました。弟のことが好きな私は、部員たちへの想いの表現において、「みんな弟みたいなもんだ」と思えば良いと考えました。子ども扱いとか大人扱いとかではなく、愛すべき対象として見るようになったのです。これは私の中で大きな変化で、気持ちの上でも楽になりました。

もう1つ重なったことは?

当時、スポーツに関わる仕事にはどのようなものがあるのかを調べている中で、スポーツ代理人の存在を知りました。そして、そのことを知るべく「ザ・エージェント」という、トム・クルーズさんが主演される映画を観ました。その映画で、代理人と選手の関わり方を見て影響を受けました。

どうか関わっていた?

唯一残されたワガママなクライアント。その要求を全て飲み込む代理人。そのガマンの限界が来たときに、「僕は君のために一生懸命にやっているんだ。君も僕のことを助けてくれ」というようなセリフを吐きました。そのシーンがクライアントの心を動かして、その後にはお互いが助け合う仲間のような関係になっていったのです。

なぜそこに感動したのか?

選手に助けを求めるなんて、指導者としての腕のなさを示すようなもの。指導者として全ての責任を持ち、選手を動かすのはこちらの腕次第だと思っていたわけです。その一方で、自分の力ではどうにもならないことがあることも感じていました。映画の中で、代理人が全てを開示して助けを求めたシーンは、そんな私の悩みを晴らすものでした。「ここまで開示していいんだ」と思ったわけです。

まとめ

その後もたくさんの紆余曲折をしています。人と人が関わることは難しいものです。

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