映画『ティーンスピリット』


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 ドラマ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』でも好演した俳優マックス・ミンゲラの監督デビュー作。それが『ティーンスピリット』だ。主演にはエル・ファニングを迎え、さらに『ラ・ラ・ランド』の音楽監督だったマリウス・デ・ヴリーズも参加するなど、興味深い人選が目立つ。

 物語はイギリス南部のワイト島から始まる。母親のマーラ(アグニエシュカ・グロホウスカ)と暮らすヴァイオレット(エル・ファニング)は、ポーランド移民の17歳。父親は幼い頃に家を出ていき、以来会っていない。友たちが少なく、孤独感を抱えているヴァイオレットにとって、音楽は救いだ。バイト先のパブでもたびたびステージに上がり、歌声を響かせている。
 ある日、パブで飲んでいた元オペラ歌手のヴラッド(ズラッコ・ブリッチ)は、ヴァイオレットの歌声に惹かれた。初めてヴラッドに声をかけられたときは戸惑うヴァイオレットだが、励ましの言葉は嬉しくもあった。徐々に心を通わせていくヴァイオレットとヴラッドは、父娘関係に近い絆を築く。そうした日々を送っていると、ヴァイオレットの元にチャンスが舞い降りてきた。世界的人気のオーディション番組、『ティーンスピリット』の予選がワイト島で開催されることになったのだ。未来を変えるため、ヴァイオレットは激烈な競争が待つ予選に参加する。

 本作は、ヴァイオレットが夢に挑むベタな青春映画だ。ロビンやオービタルなど、劇中では数々の有名ソングが流れる。音楽と映画が大好きな筆者からすれば、食いつくポイントが多い内容だ。
 とはいえ、観る前の期待は見事に崩れてしまった。ミンゲラが自ら書いた脚本は粗だらけで、お世辞にも良質とは言えないからだ。序盤はテンポの良いカット割りが飛びだしたりと、見どころもなくはない。だが、登場人物の情感や背景の掘りさげがあまりにも稚拙だ。そのせいで、ヴァイオレットの成長という本作の軸は盛りあがりに欠けてしまった。『フラッシュダンス』(1983)を連想させる予選のダンス・シーンや、ヴァイオレットが番組のステージに上がるまでを撮った終盤の長回しなど、映画的素養を感じさせる瞬間はそれなりにある。ただ、いまのミンゲラには、そうした知識を具現化させるスキルがないようだ。

 ならばと、本作はエル・ファニングを楽しむための映画と考えてみる。ノー・ダウトの“Just A Girl”に合わせて踊り狂うエル・ファニング、グライムスの“Genesis”をバックに白やぎと戯れるエル・ファニング、3ヶ月特訓したというヴォーカルを見せつけるエル・ファニング。ざっと振りかえるだけでも、これだけの魅力的なエル・ファニングが思いうかぶ。
 ところが、そのような観点から楽しんでも、本作には不備がある。とりわけ気になったのは、番組のステージでヴァイオレットが歌うシーンだ。せっかくの晴れ舞台なのに、照明の逆光が邪魔でヴァイオレットの表情が見えづらい。この演出は、エル・ファニングを楽しむという観点はもちろんのこと、映画としても致命的だ。物語を盛りあげるため、役者が素晴らしい表情を作っているのに、その努力が活かされていないのだから。

 それでも、エル・ファニングを見たい人たちにはほどほどの幸福感が訪れるはずだ。しかし、映画を観たい人たちにとっては、苦痛に満ちた94分となるだろう。



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