CHAI『WINK』
日本の4人組バンドCHAIは、便宜的に言えばロック・バンドということになるのだろう(実際にそう紹介するメディアもある)。「ほめごろシリーズ」(2017)収録の“クールクールヴィジョン”ではパンキッシュなグルーヴを響かせるなど、過去の曲群を聴くとロックな側面も確かにうかがえる。
だが、それはCHAIが見せる多彩な表情のひとつに過ぎない。“sayonara complex”はブロンディーの“Heart Of Glass”(1979)に通じるニュー・ウェイヴ・ディスコを鳴らし、“ヴィレヴァンの”ではビースティーボーイズ的なヒップホップの要素を滲ませていた。
筆者にとってCHAIは、さまざまな要素をまとうポップ・バンドだ。サウンドはいくつもの時代や文脈で構成され、それを可能にする寛容さを彼女たちは持っている。
最新アルバム『WINK』は、この寛容さがより深まった良作だ。一聴して感じたのはロック要素の減退だった。ラッパーのリック・ウィルソンが参加した“チョコチップかもね”はスウィートで夢見心地なR&Bと言える曲で、マインドデザインを迎えた“IN PINK”はファンク要素が濃厚なヒップホップ・ソングとして楽しめるなど、全体的にR&Bとヒップホップの色が目立つ。
ギターの音色も興味深い。これまではラウドでノイジーなギターも多く鳴らしていたが、本作では“Miracle”を筆頭に、ディスコの香りを漂わせるカッティング・ギターが際立つ。激しさはだいぶ後退し、代わりに甘美さが前面に出ている。
その甘美さが時に気持ちいいサイケデリアを創出するのは、本作のおもしろさのひとつだ。なかでも、“Donuts Mind If I Do”はアンドウェラズ・ドリームあたりのクラシカルなサイケ・ポップが脳裏に浮かぶ曲で、CHAIにしては珍しいトリッピーなサウンドスケープを味わえる。こういったサイケデリアが随所で表れる点は、過去作との大きな違いと言っていい。
収録曲では“ACTION”がお気に入りだ。ブラック・ライヴズ・マターに触発され作ったというこの曲は、クールでメタリックなシンセ・サウンドとミニマルなビートを組みあわせたダンス・ナンバー。ESG的なポスト・パンクの香りも嗅ぎとれるが、乾いた質感の音色が印象的なビートはEBMというジャンルを連想させる。
“END”も好きだ。性急なブレイクビーツに辛辣な言葉を吐くラップが乗る曲で、『Dig Your Own Hole』(1997)期のケミカル・ブラザーズみたいなサウンドに仕上がっている。
邪推を承知で言えば、本作は思いのほかケミカル・ブラザーズの影が目につく。たとえば、“ACTION”の冒頭で歌われる〈A-C-T-I-O-N Hey boy A-C-T-I-O-N Hi girl〉という一節。これを初めて聴いたとき、筆者はケミカル・ブラザーズの代表曲“Hey Boy Hey Girl”(1999)を連想し、思わず笑ってしまった。
CHAIといえば、カヴァー動画をアップするほどケミカル・ブラザーズが好きなことでも知られている。そういう嗜好が無意識に表れたと言えなくもないと、本作を聴いて思った。
本作でCHAIは、これまでの作品群やイメージとは異なる姿を披露している。多彩な音楽性を拡張しただけでなく、言葉もいままで以上に感情の機微を表現できているなど、アーティストとして着実に成長したのがわかる内容だ。
前作『PUNK』は、少々強めな語気の言葉を多分に盛りこみ、持ち前の反骨心やセルフラヴの重要性を強調していた。しかし、『WINK』ではその軸をしっかり残しつつ、穏やかさや弱さも表現されている。特に、〈誰にとっても ひどい夜は来る〉と歌う“Wish Upon a Star”では、前向きな姿勢をアピールしてきた従来のCHAIとは違う姿が現れる。未来を見つめるポジティヴなマインドはありながら、寂しさや哀しみといった情感も吐露するのだ。それはまるで、前に進むためにも、たまには後ろを振りかえり休むことも必要だと、私たちに語りかけてくれているかのようだ。
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