Jorja Smith「Be Right Back」


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 イギリスのシンガーソングライター、ジョルジャ・スミス。ディジー・ラスカル“Sirens”(2007)をサンプリングした“Blue Lights”(2016)がデビュー曲の彼女は、光速レヴェルの速さでスターへの階段を駆けあがった。ドレイクやストームジーといったアーティストと共演し、映画『ブラックパンサー』(2018)から生まれたサウンドトラック・アルバム『Black Panther: The Album』(2018)にも参加。さらにBTS(방탄소년단)のRMなど、世界中のアーティストから支持を受けているのも彼女の特徴だ。

 ジョルジャの音楽をR&Bと形容する者は珍しくない。その影響か、全英アルバム・チャート3位を記録したファースト・アルバム『Lost & Found』(2018)もR&Bにカテゴライズされがちだ。
 しかし、彼女のサウンドはR&Bで括れるほど単純ではない。プレディターと組んだ“On My Mind”(2017)ではUKガラージを鳴らし、『Lost & Found』にしてもレゲエ、ダブ、ジャズ、ロック、ヒップホップ、R&Bといったさまざまな要素が混交する多面的ポップ・アルバムだった。これらの点をふまえると、ジョルジャの作品をR&Bという単一タグに押しこんでしまう感性は、愚鈍が過ぎると言わざるを得ない。

 多面的音楽性という魅力は最新EP「Be Right Back」でも輝いている。2019年から2021年の間に作られた曲を集めた本作は、来たるセカンド・アルバムに向けた前菜的作品だ(ジョルジャはそれを〈待合室(waiting room)〉と表現している)。
 前菜と言っても、クオリティーはメインディッシュでも通用するほど高い。多くの要素をひとつのポップ・ソングにまとめあげる手腕には磨きがかかり、どんなタイプの音でも自分のものにできるヴォーカルの掌握力も圧巻だ。感情の機微を丁寧に表現する繊細さと、歌とラップの境目なんてかったるいとばかりに2つの歌唱法を行き来する奔放さが際立つ歌声は、唯一無二の風格を漂わせている。

 これまでの作品群との違いを挙げるなら、よりギターの要素が濃いということだろう。たとえば、サウス・ロンドンのラッパーであるシェイボーが参加した“Bussdown”は、ジョルジャが愛聴してきたレゲエに通じるメロウなグルーヴのなかで、ディレイとリヴァープがたっぷりかかった心地よいギターの音色が舞っている。ジョルジャの力強い歌声が響きわたる“Time”、哀愁が滲むサウンドスケープに惹かれる“Home”、ボサ・ノヴァ的な雰囲気を感じられる“Burn”も、ギターを前面に出すプロダクションが施されている。
 特に“Home”は、フォーク・シンガーの弾き語りソングを連想させるシンプルな音の作りで、ジョルジャのイメージとして挙げられがちなR&Bやソウルなどの要素はほとんど見らない。そういう意味では本作のなかでもっとも異色度が高い曲と言える。とはいえ、『Lost & Found』収録の“Goodbyes”を聴いてもわかるように、フォーク的側面自体は新たな試みではない。だが、その側面を従来よりも増やし、多彩さを出すためだけの絵の具にとどまらない魅力にまで昇華しているのは高く評価できる。

 ギターの使い方で言えば“Digging”も見逃せない。ダンサブルなビートはダンスホールの表情が強い一方で、ビートの背後で鳴るダークな響きのエレキ・ギターは、筆者からするとグランジ的な重苦しさを見いだせる。この点は、パンクを好んできたジョルジャの嗜好が可能にした折衷性と言えるだろう。

 「Be Right Back」は、セカンド・アルバムに向けたウォーミング・アップとするにはもったいない作品だ。ジョルジャの歩みを知らなくても、サブスクリプションサービスを通じ、さまざまな音楽を聴くのがあたりまえとなった現在の聴環境に親しむリスナーの感性と共振する作品として、高く評価できる内容なのだから。これだけの作品を前菜で届けてくれるジョルジャの腕前には、畏怖の念を抱くしかない。



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