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定年後の人生を、そして死ぬときを考えてみましょう。ピンコロの幸運な病のレシピ。

医学は年寄りを施設や病院に隠し「人生100年時代」などというが、その最後の10年は悲惨なものだ。母は友人が多く、その友人たちの中で一番最後に亡くなったから、皆がどんな死に方をしたか見ていた。そして僕にいつもピンピンコロリと死にたいと言った。

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人生100年時代というまやかし

厚生省(政府)はクソだ(クソの皆様失礼)。人生100年続くから、高齢者を再雇用しろとか、若い頃可ら何度も教育受けさせろとか言う。年金を自分たちの博打に使い消して、年取っても奴隷は働けということだ。大金持ちや高級官僚、会社の所有者は豪邸で悠々の老後を過ごし、高度医療(注)で健康な老後を過ごす(と思っている)。

父と僕2015

父と最後に行った「タケノコ掘」。母は断薬に苦しみ、乗り越えて小さなおばあちゃんになった。2016年1月に亡くなった。その4年後(2020年3月)父は背骨の圧迫骨折で動けなくなり食事を食べることができなくなり亡くなった。毎日僕は食事を作った。

圧迫骨折からは逃れられない。病院のマニュアルは間違えている。

僕の父は背骨の圧迫骨折で動けなくなったのが一番の死因だ。最後は肺炎を併発するが1ヶ月近く、徐々にでは有るが弱っていき、何も食べることができなくなった。そのとき圧迫骨折を調べたが80前後からかなりの高率で起こっている。父を病院に連れて行った時に聞いたら毎日一人は病院に来るという。母は恐らくこのせいで1ヶ月立てなく成ったが、病院へは行かないで済んだ。

どう頑張ってもある程度の歳になったら骨格は耐えることができなくなる。セメントを注入するような治療法が有るようだが、若いならべつだがある程度年をとったら駄目だと思う。再生治療に金をつぎ込んでいるが望み薄である(注)。とは言ってもアイツラも生きるには金がいる。

医者は実験動物のように年寄りを扱う。メチャクチャな事をするが老人は文句を言えないのだ。そしてみな死ぬ。だから好き放題やり放題だ。妻が看護助手で働いた時に、人工膝関節の手術を嫌がるお婆ちゃんを必死に説得していたのを見て呆れた。僕は患者の意思を尊重するべきと思う。それ以上でもそれ以下でもない。

だから、早めに表明しておくと良い。

尊厳死

もし僕が圧迫骨折になったら

すぐに硬いマットレスのベッドを借りて、尿瓶とポータ物のトイレを用意しておむつを付けてじっくりと向き合う。安静にしているのが一番いいことなのだ。本人は立とうとするし、トイレには自力で行きたる。けど、無理なのだ。立てるように成っても歩けはしない。

病院に行ってもスキャンして経緯を見るだけなのだから、できるだけ消耗しないように動かさないようにする。実際父の場合は何度も良くなるかけながら、夜中にひっくる返っては悪くなった。通院は負担でしかなかった。もう少し待ってから行くべきだったのだ。

最初の入院の時に運悪く腎盂に結石が見つかったのだ。それが原因かもしれないと言われ、月曜日に再診察するように言われる、しかし、圧迫骨折が原因だった。そして、圧迫骨折の治療マニュアルではコルセットを作り着用ということである。なので最初の一週間で3回通院して消耗させた。今でも絶対に間違えだと思っている。

母の時は這って歩けたから病院に行かなくて済んだ。

病院などに行かないで済む事が一番大事だ。

いい先生だったが、あの時にアドバイスしてもらいたかった。日曜に救急搬送した時に教えてもらいたかった。

「介護」以前に、「老人と共に暮らせない社会」になってしまったことが問題なのだ。自分の未来と向き合うことができなくなっている。だから突然、恐ろしいものが襲いかかってくる。しかし、それは環境に対する身体の当たり前の反応でしかない。

石坂啓老人のえt

「安穏族(4)」石坂啓さん P194「その後のET」のラストシーン

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食事で健康にピンコロ人生を目指す

2015年4月、僕は55歳だった。糖尿病での眼底網膜症の手術をしないと、いつ失明するかわからないと言われた。血糖値が高いので、「インスリンで治療しろ」と言われた。すべての始まりの日である。

医師の言うとおりにしたら、定期的な血液検査をして検査値が正常になる様にに薬を盛られる。以前かなr長い間薬を飲んで歯医者に褒められて嬉しがっていた。しかし検査値は何も意味しない。異常に成った時はもう身体は壊れ始めているのだ。マーカーは現実を映しているだけだ。ガンのマーカーを薬で下げてもガンはなくならない。普通は、「がんの治療」をする。そちらのほうが儲かる。

食事療法でなんとかしたいと思った。或る本に糖尿病の食事療法は家族の協力が必要だと書かれていた。もし食事でなんとか生き延びることが出来る事になったところで、自分で食事を作れなければ、妻の寄生物になる他ない。(笑)。

10年後、定年である(注)。料理は好きだった。しかし、妻が厨房の実験を握っていた。65歳になって会社に行かなくて良くなってから何をするか考えた。頭に浮かんだのは数年前にコンビニで缶酎ハイと握り買っていた爺さんである。

熟年離婚ということはなくとも、同時に事故で死んだりしない限り、何処かで妻とは分かれなければならない。

男女の平均年齢の差

性別関係なしに死は訪れる。つまり平均年齢というのは夫婦の相手が死んだあとで死ぬまでの時間の差である。男は缶酎ハイにオニギリしか食わないからすぐに死ぬのだ。自分で食事を素材化ら作ることの重要性を意味している。

売っている食事は、若者向けだ。焼き魚なども有るがやたら高い。年寄り向けの惣菜を見てみるといい。100円で売っても利益の出るサンマを焼いてパックに入れれば400円だ。それも冷たくて大根おろしもない(笑)。それも商売なのだから仕方がない。そして利益は経営者のものになる。労働者は最低の時給で家賃払いながら一生生きる。

商品化された食事には決定的に問題が有る。

作るプロセスが「大量生産+ノークレーム」のためにおかしなことになるのだ。「骨抜き、柔らか、マイルド(減塩)、油抜き」なのだ。

身体の中のナトリュウム濃度は個人で皆異なる。塩は細胞の元気のもとである。細胞内の濃度を低くすることで外部からの様々な物質を取り込む仕組みだ(ブドウ糖のグルコーストランスポーターは有名)。そして常に内部から菜と流無は汲み出され下流無は取り込まれる。

必要な量は栄養学者が決めるのではない。自分のベロが決める。

だから、商品に対して「塩っぱさクレーム」は来ることが多い。なので厚生省のガイドラインの通りにする。しょっぱ過ぎたち味が足りなかったら、そのヒトが「病気」なのだ。

お上の言うとおりに感じなければならないのだ。いい薬も有るらしい。

煮しめなどもまずい。これは何時も言っていることだが、蒸気で柔らかくして、ダシに浸す、ソレを煮しめていって売っているが、素材の生命はそこにはない。

もっと真面目に食事に向き合ったほうがいい。

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注)高度医療で.....

「年をとる」ということが「病気」であると考えるのはおかしなことだと思うが、医者や研究者はそう考えている。検査値が異常になったら病気だから投薬するというのはおかしいとは感じないのだろうか。

死ぬまで検査値が正常なわけがない。身体には80兆個を超える細胞が生きている。そして体液を通じてコニュニケーションを取っている。それが検査値なのだ。細胞は毎瞬間、死んではでは生まれている。やがて致命的な組織が上手く機能しなくなる。それが検査値の異常に現れる。

再生治療は鳴り物入りで登場して、そろそろ退場の時期が近づいている。最初に大威張りでぶち上げた成果は出そうにない。横道でお茶を濁しているじゃないか。

とは言っても、あれだけの研究者に給料払わなきゃいけないかr大変だ。とにかく医者は潰しが効かないから大変だ。そろそろ子供医者にするのは辞めたほうが良い。「50年後に消える商売・様変わりする商売」の悪い方に入っているだろう。今後の有望仕事は、宅急便のドライバーぐらいだろうか。

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注)10年後、定年である

一般的に65歳で定年となるということを言っている。僕は会社を経営しているので、これには当てはまらないが、退職金もないし年金も足りない。死ぬまで生きてポコンと死んで保険金を残す他ない。

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厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。