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師走の夜の客

12月のある夜、家を訪ねる者があった。

その時私は父とりんごの荷造りをしていた。その日荷造りする分は終わりかけた頃、作業場の入り口から声がした。

「もし、ごめんください」
声のする方へ出てみれば、立っていたのはみみずくであった。羽根の位置に人の腕が生えている。脚も人間のものである。

驚いてとっさに物が言えずにいると
「どうしたい、また何か落としたのかい」
と後ろにいた父がみみずくに声をかけた。

「いえ、今日は主の言いつけである薬を作らなくてはならず、それでご相談を」
「また知恵の薬とかいうんじゃないよな」
父は聞き返す。
「いえ、主は不死の薬をお望みなのです。」
不死の薬の材料など、一介の農家にあろうはずもない。というか、どこにもないだろう。が、父はこともなげに
「へえ、何をそろえりゃいんだい」
と言う。

「ええと・・・」とみみずくはなにやら紙を取り出すと
「金の林檎、三種類の太陽の光、千の秋、うずたかく積もった雪、空の通貨、月の光、色鮮やかな夢、金星」と読み上げた。
「はいよ、待ってな」と父は言い、冷蔵庫の方へ言ってしまった。

そしてかごにいくつかのりんごを入れて戻ってきた。
「え、これが材料?不死の薬の」私は問う。

「おうよ」
「金の林檎って」
「シナノ『ゴールド』だろ?ジョナゴールドの方が良いか?」
「両方いただきます」
「あんたもそれで納得すんのかよ、三種類の太陽の光は?」
「陽光、夏明、秋陽。あ、ゆめあかりもあるな、これも持ってきな」
「千の秋・・・はまんまだな、千秋か・・・。積もった雪って」
「千雪って品種があってな」
「あんま聞いたことねえぞ、なんでうちにあんだよ」
「もらったんだよ。でこれが星の金貨、空の通貨が硬貨かは知らねえけどな」
「適当だな」
「で、月。ぐんま名月。ごめんな、ムーンふじはなかったわ」
「『月の光』だろ、光の要素はどこいった」
「当方で加工いたしまして光を絞り出します」
「これ絞っても出てくるの果汁だけだと思うぞ。で、残りは?」
「これが紅の夢、これが金星」
「・・・まあ色鮮やかな夢か。金星ってそのまんまだな・・・。」

ミミズクは首に巻いていた布を外すと、父が持ってきたリンゴを丁寧に包んだ。そして礼を言い、深々と頭を下げると夜道を歩いていった。

「あれで不死の薬になるのか?」
「ならねえな」
「ええ・・・」


十日ほどして、またあのみみずくがやってきた。
「先日は大変お世話になりました。」
「不死の薬って言ったのにリンゴ持って帰って怒られなかったのか」
「まあ主は大層お怒りでしたな。ただ私がりんごを剥いてお出しましたらそれは美味しそうに召し上がって、無理を言って悪かった、不死の薬のことはもう良いと」
「それ満腹になってどうでもよくなったんじゃねえの?」
「まあそれはあるでしょうな。そもそも不死の薬のことを口にされたのは、身体の調子を崩されて気が弱っておいでだったからのようです。みずみずしい物を口にして気持ちが晴れたのでしょう。」

人騒がせな話だが、密かにみみずくを心配していたので丸く収まったようで良かったと安堵した。

おみやげにとまたりんごを持たせて、一緒にみみずくの食べられそうなものも包んだ。包みを大事そうに抱え、心なしか軽い足取りで、みみずくは夜道を帰って行った。


ーーーーーー

「ヘスペリデスの黄金の林檎・・・シナノゴールド?」という連想から思いついたお話。あとはりんごの品種って綺麗な名前が沢山あるので並べてみたくて書きました。
ただ早生とか晩生とか考えずに書いたので「なつあかり(早生。8月にはもう採れる)って12月にはもう無いよね・・・」って書いてから気づいた。多分作中の他の品種もそういうことがあると思います。あと千雪とか星の金貨とかは今回調べて初めて知りました。

みみずく君は昨日載せたお話にも出しましたがまた出てきましたね・・・なんとなくお気に入り。

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