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月に関する覚え書き

ある満月の晩のことである。空には雲ひとつなく、月光は地上を冷え冷えと照らしていた。寝付けなかった私は、窓からぼんやりとその光景を眺めていた。

と、急にあたりが暗くなった。月が雲に隠れたのかと上を見ても月が見あたらない。いぶかしみながらも床に入ろうとしたとき、ベランダの方から草を分けるような音がした。

私のすむアパートは山中にあり、ベランダからすぐ木々が立ち並んでいるのが見える。その根本で、何かがごそごそと動いているのが見えた。

私はその動いている物の正体を確かめようと明かりを持って外に出て、その何かに近づいていった。熊や泥棒等だったらどうするつもりだったのか、そうしたことはまるで考えに無かった。

しかしそれは熊でも人でもなく、人の手足の生えたみみずくであった。ちょうど羽根のある位置に腕が生え、脚はにょっきりと人間のそれだった。
みみずくは地面にはいつくばるようにして、なにやら懸命に探している風であった。

「もし、どうなさいましたか」私は声をかけた。
「ややこれは、お騒がせしております。私の不注意で月を落としてしまいまして。このあたりだと思うのですが・・・」
「それは大変だ、私も探します」

ほどなくして月は見つかったが、粉々に砕けていた。
「やあこれは参った。今日は月の明かりを頼りにするものが大勢いるというのに。」とみみずくは嘆き、しばらく考えていたが、こちらを見るとこう言った。
「今夜一晩だけなにか代わりの物を用意しなくてはなりません。ぶしつけなお願いですが、貴方の物をなにか貸してくださいませんか」

「それはかまいませんが・・・ひとまず私の部屋へ。」
私はみみずくをつれて部屋に戻ったが、月の代わりになる物など検討もつかない。

と、台所に入ったところでみみずくが「ああこれはちょうどいい」と声を上げて何かを手に取った。見ると、みみずくが手にしているのは最近買った真鍮の鍋のフタである。

「これをお借りしていきます。ご不便をおかけいたします。」
「・・・そんなものでよろしければ、どうぞ。」
呆気にとられたまま、私はみみずくを見送った。

窓から様子をうかがっていたら、無くなったときと同じに唐突に月が夜空にあらわれた。その光は煌々と、鍋のフタとは思われぬ見事さであっった。

次の朝仕事場へ行くと、仕事仲間が話しかけてきた。
「昨日の月は綺麗だったなあ。夜中にお手洗いに起きたんだが、窓から差す月光が電気をつけなくてもいいくらい明るかったんだ。」

時間を訊いてみれば、みみずくが空へ帰った後の時刻である。あれは鍋のフタだったんだぞと少し可笑しくなったが、「そうか、私も見れば良かった。」と答えておいた。

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昔Twitterで書いたお話を思い出して書き直したものです。
昔書いたものは、粉々になった月を「食べられるからどうぞ。」と貰う流れだったのですが、今回はきっちり持ち帰って修理するようです。

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