星を灯す人

その人は朝日の中、街灯を消してまわっていた。
この街の灯は、いまだにランプに火を灯す形式なのである。
専用の長い棹のような器具をもち、日が傾きかけたころから火を付けてまわり、日が上り始めたら火を消してまわる。



おはよう。仕事を見学させてほしいって人は貴方ね。私はルイーズというのよ。よろしくね。歩きながらでいい?
・・・もうこういうのはめずらしいのかしら。大抵電灯だものね。
寒くない?私は慣れっこよ。ふるさとに比べたらこの街の冬はうんとあたたかいわ。

私のふるさと?そうね・・・せっかくだから私の秘密を教えてあげる。

私、空から降りてきたのよ。
笑わないでちょうだいよ、ほんとのことよ。
空でね、星に火を灯す仕事をしてたの。星よ、夜になると空で光る星。

まさか、ひとりでなんかとても全部できやしない。仲間が大勢いたわ。分担が決まっていてね。日が沈みかけたころからみんな大急ぎで火を付けてまわるの。
でね、そのころちょっとだけ自慢だったんだけど・・・私はとても大事なところを任されていたのよ。北の空。中でも北極星は絶対に忘れちゃいけないってよくよく言い聞かされていたわ。

そうよ、大事でしょう?あれを頼りにしている人は大勢いるもの。北極星がちゃんと灯らなくっちゃ方角もわかりゃしない。

それがどうして地上に・・・ってやっぱり思うわよね、大失敗しちゃったの。北極星を灯し忘れて追放されたのよ。

さぼったんじゃないわよう、これでも仕事は真面目にやってたんですからね。
まあ、よくある話だけど、恋をしてぼうっとしてたのね。

空からだと下の様子はいつも見える訳じゃないの、満月の、それもよく晴れた日でないとわからないのよ。それでね、満月の夜に休憩していたら、下からうっとりするような笛の音が聞こえてきたの。少し哀しいんだけどとても透明で優しい音色でね、どこかその日の月の光の色に似ている気がしたわ。

どんな人が吹いているんだろうってそっと覗いてみたら、あ、そういうことができるのよ、便利な鏡があるの。
で、覗いてみたら、これがまた素敵な人が吹いてるのよ。私一目で恋に落ちてしまってね。

ううん、それで急に気がそぞろになったりはしないわよ、ちゃあんと仕事はやってた。でもね、次の満月の前の晩、ああ明日は下の世界が見えるんだ、またあの人が見えないかなあ・・・なんて思っていたら・・・

そう、やっちゃったのよ、北極星を灯し忘れた。

それで私、罰として下の世界に行くことになったの。ああ言い忘れてたけど私達は空にいる限りは死なないのよ、でも下の世界に行って土に足が触れると死んでしまうようになるの。それでも人間よりはうんと寿命が長いけれどね。

梯子?ああそういう伝説があるの?梯子は使わなかったわね、空の端から下につながる河があって、そこを渡るというか下るというか、舟でね。船頭さんはいないわ、自分でこいで下ってきたの。まあ流れに乗っていけばいいから楽だったわよ。
仕事は気に入っていたし、ふるさとを離れる訳だからとても淋しかったけどね。

仕事仲間達は別れを惜しんでくれてね、見送りは禁止されてたけど、持ち場から火を灯した棒を振ってくれた。こちらでは流星群として記録されてるみたいね。あれは仲間達よ。

それでね、ここに下りてしばらくは途方に暮れていたんだけど、運良くこの仕事に就けて今こうしているって訳。
笛を吹いていた人とは会えたのか?
ふふ、それは秘密。



火を全て消すと、「それじゃ、ここで。火を着けるところも見たいなら夕方またいらっしゃい。」とルイーズは言った。
と、どこからか笛の音が聞こえてきた。
「私のつれあいよ、迎えに来てくれたんだわ。いつもああやって合図を送ってくるの。」

笛の音は高く澄んだ、どこか月の光を思わせる響きだった。


ーーーーーー

インタビュー風というか、誰かが話してる風の文章読むの大好きなんですよ。書けて満足。
街灯に火をつける仕事の人は、昔「NHK名曲アルバム」という番組で知りました。まさかこんな形でお話になるとは思わなかった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?