最近ちょっといい感じ-監査役のつぶやき2

最近、ちょっといい感じになってきたかなと思っている。

『日本を変える 中小企業リーダーズサミット2023』というオンラインイベントを7月に視聴した。そこで種々の気づきがあった。「伊藤羊一」さん。様々なことをやっておられる方。彼が着ていたTシャツにはFree Flat Funという言葉が印刷されていて、そのことにも講演で触れていた。Lead the societyにはLead the peopleが必要だが、そのためにはLead the selfが求められるとの話に目から鱗が落ちた。その後彼が毎日配信しているVoicyを聞くようになり、彼の話だけではなく、他にも何人かフォローし、運転中に流すようにしている。

監査役は取締役の業務執行を監査する(会社法381-1)ことが役割であって、(監査以外の)業務の執行はできない。最初に監査役に就任する前に、株主(親会社のCEO)から「執行の足を引っ張るな」と言われたこともある。「私(CEO)が悪さをしないか監視するのが役割だ」とか「監査役は守護神だ」という発言も耳にしている。(代表)取締役とともに経営の受任者として「会社の信用を維持し、かつ業績の向上を図る」という経営目標を共有する「代替的経営機関」との説もある(九大の西山名誉教授)。

代表取締役とは対話を重ねており、様々な場面で相談を受ける。またこちらも監査や様々な観察を通じて、主としてディフェンス関連を中心に助言を行っている。それでもどこかで(大嫌いな人の言葉だったからこそ心にこびりついている)「執行の足を引っ張るな」とか「これ以上やると業務執行に当たるな」といった考えが頭をよぎって自己を抑制してきた。「自分だったらこうする」という邪念(笑)がようやく取り払われてきた一方で、助言はあくまで助言であって、なかなか望むような結果に繋がらないことに「隔靴掻痒」感が否めなかった。

そんな中で伊藤羊一氏から得た考え方に膝を打った。やはり自分が動かないと、ということだった。Lead the self。そしてそれをpeopleやsocietyに繋げていくにはFlatであるのがいい。そうか。自己抑制。助言という名の「押しつけ」。そりゃだめだ。

早速やってみた。ある重要な管理体制の整備に関する助言を継続的に行ってきたものの、なかなか前に進まなかった。様々な工夫をこらしたこともあるが、初めて、助言の主旨を汲んだ他者が主体的に動き、それが付加価値を伴って一定の成果に繋がった。具体的には書けないながら、心配事が一つ減った。これは嬉しかった。

BDTI(公益社団法人・会社役員養成機構)に法人会員として賛助し、ガバナンス・インサイト・ラウンドテーブルに参加する機会を得たことも「いい感じ」の流れの一つだ。先日の第一回ラウンドテーブルでは人的資本と企業業績というテーマに沿って講演と質疑応答がなされ、早速活用できるような気づきがあり、翌日に代取社長と共有した。きっとIRの中身にも反映されることだろう。CGコードが求めているto beに向かった努力が、会社の事情・状況・実力に合わせて徐々に具体化しつつあることは嬉しい。

BDTIの理事で今回の講師・中川有紀子さんのお話は何度も膝を打つ、腹に落ちる内容だったが、特にCognitive Diversityのところは強く印象に残った。カゴメのCHOである有沢常務執行役員(中高の同級生)と山口周氏による人的資本経営に関する講演でも話されていた中身で、中川さんが紹介してくださった書籍「多様性の科学」は早速購入し読み始めている。「画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織」「多様性を取り入れた組織だけが成功する」「なぜグッチは成功し、プラダは失敗したのか」「なぜ、CIAは同時多発テロを予測できなかったのか」という言葉が「帯」に書かれていた。講演でもCIAの例は紹介され、納得感のある導入だった。

Cognitive Diverity。認知的多様性。ものの見方や考え方が異なるメンバーによる集合知。この考え方に納得感がある。「多様性の科学」で紹介されているような例でもそうだし、ある時期「四番打者を集めた」と批判された某球団は、確かにすさまじい破壊力を見せつけたがシーズンでは優勝できなかった。画一的な集団は同じ間違いを冒す、ということだ。集団を構成する個人がどれだけ優秀であっても。

それに対して、多様性=属性の多様性、と形式基準に囚われる議論が幅を利かせている。Board 2.0の限界を指摘したBoard 3.0の議論を商事法務で紹介した倉橋雄作弁護士は、監査役協会の部会勉強会で、その形式基準重視の風潮に警鐘を鳴らし、コーポレートガバナンスの一つの目的が「よき意思決定ができる組織となる」ことであって、取締役会の議論がそのような「よき意思決定を支えているか」を問うていた。そして、監査役員として「今日の報告は、リスク分析も提示され、ステークホルダーの優先順位も明確で、時間軸も明確で、監査役としても安心して聞いていられました」と発言できる取締役会が「よき取締役会」である、とも。私は、この説明の中で「よき意思決定とは」というある種の定義づけがなされたこと、そして「ステークホルダーの優先順位が明確」であるというくだりが重要だと思っている。

経営判断原則。妥当性監査。監査役の職責を適法性監査に閉じ込める議論が一時期まで支配的だったが、今では執行の妥当性に対するコメントを行うべきという議論もある(少なくとも取締役である監査委員・監査等委員にはその機能が付与されているし、取締役でなくとも取締役会のメンバーである監査役にもその役割が求められる、と)。現役の多くの監査役員が、どこまで踏み込むべきかという点で悩んでいる(少なくとも所属する協会の部会ではそういう声をよく聞く)。

倉橋弁護士の言う、「ステークホルダーの順位付けという考え方が明確で、説明責任を果たせる」のであれば、それは経営判断原則、つまり取締役の執行裁量の幅の範囲内ということになるのではないか(但し公益企業の場合は別で、社会的影響という観点で、判断の結果も問われるのは東電訴訟の裁判例が示している)。問題は、そのような議論がなされていない場合であって、監査役員が「それでは説明責任を果たせない」と考えた場合にどう発言するか、理想はわかるが現実はなかなか厳しい。それでも妥当性判断に踏み込まないというのは、監査役がその本質的な責務から逃げているということかな、とも今では思う。その点、Lead the selfの考え方は援用できる。会議で堂々と発言するか、会議の外で影響力を行使するか、やり方は様々なのだろうけど。

様々なことが繋がってくると楽しい。ちょっといい感じ、というのはそういうことなのだ。BDTIという機会、或いは「場」を通じて、既にネットワークの広がりが予感されている。この「いい感じ」はまだまだ続くだろう。それは予感というよりは確信に近い。

#監査役 #コーポレートガバナンス #人的資本 #内部統制 #伊藤羊一
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