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【卒論全文】地域活性化を目的とした市民マラソン大会のあり方についての研究- 東北の市民マラソン大会を事例として -

地域活性化を目的とした市民マラソン大会
のあり方についての研究
- 東北の市民マラソン大会を事例として -

提出日:2021年1月12日

宮城大学事業構想学部事業計画学科

木幡 真人

第1章|序論

1-1 研究背景

昨今、全国では数多くの市民マラソン大会が開催されている。近年、全国各地で市民マラソン大会が開催されるきっかけとなったのは2007年に東京マラソンが開始されたことである。2006年までエリート選手が出走するレースとして実施されてきた東京国際マラソンが前身となり、多くの市民ランナーが参加できる大会へと生まれ変わった。笹川スポーツ財団が発表している『ジョギングランニング人口』によると年1回以上ランニングを実施する人口は東京マラソンが創設された2007年以後、増加を辿り2012年にピークとなる1,009万人に達した。マラソンシーズンには毎週末のように各地で市民マラソン大会が開催され、日本陸上競技連盟のJAAF RunLinkプロジェクトによると大会数は年間2,000〜3,000にのぼる。東京マラソンの開始だけではなく2010年に観光庁のスポーツ・ツーリズム推進連絡会議が設置されるなど、観光・地方創生においてスポーツツーリズムが注目され、各地で市民マラソン大会が開始された。

東京マラソンや大阪マラソン、名古屋ウィメンズマラソンのような大都市で開催される市民マラソン大会は毎年参加申込が抽選になるほどの人気がある。一方、地方で開催される大会では募集定員に満たない大会も少なくない。市民マラソン大会は出場者による参加料、自治体による税金、協賛金によって運営され、参加料による収入が運営の継続可否に直結する。地方の主要都市や県庁所在地で開催される大会は知名度の高さから多くの参加者が見込めるが、その他の地域で開催されている大会では運営上厳しいといえる。そのような現状から市民マラソン大会が地域活性化に対してどのように寄与してきたのか、課題があるのかを明らかにし、今後マラソン大会がどうあることが地域活性化に貢献していけるのかについて述べていく。

1-2 研究目的

以上の背景より、本研究の目的は2つである。1つは、地方において市民マラソン大会を開催することで地域にとってどのような効果があるのかを明らかにすることである。もう1つは、市民マラソン大会が多く開催されている現状に対する課題と今後の市民マラソン大会のあり方について展望を明らかにすることである。

分析対象としては、宮城県登米市で開催されている東北風土マラソン&フェスティバルと山形県東根市で開催されている果樹王国ひがしねさくらんぼマラソン大会を対象とした。事例による大会の特色や運営の現状、地域への効果と課題を明らかにした上で、市民マラソン大会が地域にどのような効果があるのか、市民マラソン大会が今後どのような発展の仕方をしていくことが地域にとってメリットのある発展なのかを考察していく。スポーツツーリズムにおいてマラソン大会と地域活性化についての既往研究は存在するが、東北地方の大会を分析対象とした研究は少ない。また、分析対象の東北風土マラソン&フェスティバルは東日本大震災の被災地である宮城県登米市で開催され、震災によって多くの課題を抱えた東北でどのような取り組みがなされてきたのか分析が可能である。東北地方は少子高齢化、人口減少など課題が山積し、東北における事例を検証・考察することが他地域における市民マラソン大会と地域活性化を考察する上での一助になると考える。

研究手法としては、市民マラソン大会に関する諸文献やウェブサイトを活用した調査を行い、既往研究を整理するとともに事例の分析を行う。また、実際に運営スタッフや参加者へのヒアリング調査を実施し、その効果と課題について明らかにしていく。そして、効果と課題を整理した上で、市民マラソン大会における今後のあり方について展望を考察していく。

なお、本研究における「市民マラソン大会」の定義であるが、出場対象が日本陸上競技連盟に競技者登録をしているランナーやエリート選手ではないランナーも参加可能な長距離走の大会と定義づける。

1-3 本論文の構成

本論文の構成は次のとおりである。

第2章では、これまで市民マラソン大会が地域において果たしてきた役割や意義。また、市民マラソンの地域活性化における効果に関する先行研究を述べる。

第3章では、地域活性化を目的に開催される市民マラソン大会について、宮城県登米市の東北風土マラソン&フェスティバルと山形県東根市で開催される果樹王国ひがしねさくらんぼマラソン大会を対象に事例比較分析を行い共通点や相違点を明らかにする。

第4章では、事例をもとに、地域活性化を目的に市民マラソン大会を開催することの効果や課題、今後の大会のあり方についての展望を考察していく。

最後に、第5章で本論文の結論を述べる。

第2章|先行研究と課題整理

2-1 市民マラソン大会の現状

横谷ほか(2014)によると日本国内において市民ランナーが参加できるマラソン大会が開催されるようになったのは1970年代に入ってからである。その草分けとなった大会が1967年に開始された青梅マラソン(東京都青梅市)であった。また、その開催の目的は新たな競技ランナーの開拓であった。

元々、日本に“スポーツ”が輸入されたのは明治時代初期のことであり、欧米列強と肩を並べるべく『殖産興業』『富国強兵』をスローガンに掲げるなかスポーツは身体を鍛えることが主眼とされてきた。そのため、市民がスポーツを楽しむ目的で参加することは多くはなかった。マラソン大会においても、1970年以前に創設された大会の多くは日本陸上競技連盟の登録競技者(以下、陸連登録者)であり、参加標準記録を満たした選手のみ出場可能な大会が多い(表2-1参照)。また、近年は市民マラソン大会として開催する大会も以前はエリート選手や陸連登録者のみが出場できた大会が多い。

【表2-1|1970年以前に創設された主なマラソン大会の例】

(出典:横谷ほか(2014)「市民マラソン大会が地域の活性化に及ぼす影響 スポーツ社会の進展および安全管理」p.400 参考に筆者作成)

そして、1970年代に創設された市民マラソン大会は体力維持、健康増進の意味合いが強かった。この要因としては当時の社会背景が色濃く反映され、内海(2013)によると1960年代の高度経済成長において経済政策が優先されるあまり公害や労働災害が生じたことから1973年に経済企画庁から『経済社会基本計画 - 活力ある福祉社会のために -』が発表され、福祉政策を充実させていく方針がとられた。時期を同じくして、熊本県で発足された「熊本走ろう会」と1973年に開催した天草パールラインマラソンは、全国に広がっていく健康マラソンの草分けとなる。

その後、市民マラソン大会が広がっていく動きは一旦下火になるものの、2007年に東京マラソンが初開催されると前年の2006年に606万人だったランニング人口は2012年に1,009万人に達し(図表2-1参照)ランニングブームが起こる。ランニング人口の増加に伴い、全国各地では市民マラソン大会が急増する。このことについて、原田(2020)は次のように言及している。

「それまでのマラソン大会は、道路の閉鎖時間が短いエリートレースが主流で、日本陸連公認レースに一般市民は参加できなかったが、東京マラソンは都市空間を市民に開放し、公道を走るという行為を「善行」、すなわち、「良い行い」であるという社会規範を定着させ、それがジョギングブームの呼び水となった。」(*1)

【図2-1|ランニング・ジョギング人口の推移】

(出典: 笹川スポーツ財団「ジョギング・ランニング実施率の推移」より引用)

日本陸上競技連盟が2018年に開始した市民マラソン大会を支援する「JAAF RunLinkプロジェクト」によると、現在市民マラソン大会の数は2,000〜3,000にのぼる。

東京マラソン創設以降に市民マラソン大会が急増する背景には、ランニング人口の急増だけではなく観光・まちづくりにおいてスポーツの存在が着目されていることも影響している。2010年に観光庁のスポーツ・ツーリズム推進連絡会議が設置され、「スポーツツーリズム推進基本方針~ スポーツで旅を楽しむ国・ニッポン ~」が発表され、スポーツによる地域活性化、観光まちづくりについて方針が出された。2012年にはスポーツ振興法(1961)が改正された「スポーツ基本法」が制定され、それまでスポーツについての政策は分野ごとに各省で行われていたものを集約したスポーツ庁が2015年に設置された。それから2年後の2017年にはスポーツ庁がスポーツツーリズムの需要拡大戦略として、「スポーツツーリズムムーブメント創出事業」を開始させた。その中でも力が入れられたのは、アウトドアスポーツであった。さらに、スポーツ庁の取組に加え、2018年には政府の「まち・ひと・しごと創生基本方針」の具体的取組の一つとして「スポーツツーリズムの需要拡大戦略」が策定された(表2-2 参照)。

【表2-2|市民マラソン大会とスポーツ政策に関する年表】

(出典:原田宗彦(2020),RUNNET「市民ランニング小史」, 横谷ほか(2014)基に筆者作成)

このように行政による取組の影響もあり、近年開催されている市民マラソン大会の多くは地域活性化が目的とされている。特に東京マラソンの成功に倣い、シティプロモーションとして地方主要都市で開催される市民マラソン大会が近年開始されている。2011年に大阪マラソン(大阪府大阪市)、神戸マラソン(兵庫県神戸市)が初開催され、翌年には名古屋ウィメンズマラソン(愛知県名古屋市)が初開催されたのは目立った例と言える。このほかにも箱根駅伝と同じコースを走ることで有名な湘南国際マラソンや観光地としても有名な石川県金沢市で開催される金沢マラソンなどが東京マラソン開催以後に創設され、多くの市民ランナーがこれらの大会に参加している。

【表2-3|東京マラソン以後に新設された主なマラソン大会】

(出典:「市民マラソン開催による経済効果と今後の課題」p.12 参考に筆者作成)

2-2 市民マラソン大会による地域活性化への意義

ここまで市民マラソン大会における歴史や政策における動向を述べてきたが、市民マラソン大会が開催されることにより地域にどのような効果があるか先行研究を基に述べる。効果は以下の2つである。それぞれの効果について詳細に見ていく。

⑴ 地域への経済的効果

文部科学省(2014)「スポーツの経済効果に関する調査研究」によれば、各地で開催されている市民マラソンの開催による地域への経済効果は数億円から数十億円にのぼる(表2-4参照)。開催地域や大会の規模により経済効果の規模は異なるものの、1回の開催で数億円規模の経済効果が期待できるのは決して小さな額ではない。

【表2-4|主なマラソン大会の経済効果】

(出典: 文部科学省(2014)「スポーツの経済効果に関する調査研究」,pp.20-21 参考に筆者作成)

経済効果が大きくなる要因として、他地域から参加する参加者の移動や宿泊によるものが大きい。例として、一般財団法人長野経済研究所の公表によると2012年に開催された第14回長野マラソンでは9億5,330万円の経済効果があり、県外からの参加者が6割で、そのうち77%が宿泊。下関海響マラソンや愛媛マラソンなど同規模の地方都市マラソンと比較して、経済効果が高くなった(*2)という。

さらに、経済効果だけではなく他地域から訪れる参加者が宿泊することにより、滞在中に参加者が地域を観光することも期待できるため地域の魅力を発信する機会へと繋がっていくと考えられる。

⑵ 住民の社会参加、地域貢献の創出

市民マラソン大会を開催することのもう一つの効果として「住民の社会参加、地域貢献の創出」が考えられる。これらを定量的に測ることは難しいが、市民マラソン大会のようなスポーツイベントにおいては、地域住民が大会ボランティアなど「支える」立場として大会に関わる。そのため、市民マラソン大会自体が住民の社会参加、地域貢献の場になる。原田(2020)は地域住民が主導でスポーツイベントを作り上げていくことについて次のように述べている。

「コミュニティを築く上で、もう一つ重視されるべき装置として、地域主導のスポーツイベントがある。スポーツイベントにおいては、普段の生活で顔を合わす必要のない多様なアクター(人材)が、イベントの企画・実施のために一堂に会し、話し合いを進めるところに醍醐味がある。これは地域の祭りも同じく、イベントの準備や片付けのときにも、新しい情報環境やコミュニケーションの場をつくることができるなど、地域のコミュニティづくりのために、有用な装置として機能する。」(*3)

また、株式会社博報堂(2007)の調査によるとスポーツを高頻度に実施する人ほど地域コミュニティの活動へ積極的であるという。このような理由から市民マラソン大会をきっかけに住民のつながりを創り、住民の地域活動への参加を促進することができると考えられる。

2-3 市民マラソン大会における現状の課題

ここまで市民マラソン大会による地域への効果を述べてきたが、一方で課題も残っている。

⑴ マラソン大会への日帰り参加

市民マラソン大会による効果では経済的効果について述べたが、価値総合研究所『市民マラソン開催による経済効果と今後の課題』では「宿泊の壁は意外と大きく、宿泊による消費を期待していても、思ったほど経済効果が生じていない大会も多い。」とも述べられ、期待されているほど宿泊・観光による経済的効果を多くの大会が生んでいないこと現状がある。また、同規模の都市で開催される大会どうしの経済効果を比較すると2倍〜3倍の差があることもあり、大会によって期待される経済効果が出ていない場合もある。

⑵ 大会の増加による差別化の難しさ

大都市で開催される大会や地方で開催される大会であっても知名度の高い大会は参加定員を満たすことができているが、参加定員に満たない大会も多い。大会参加料によって支えられる市民マラソン大会は参加者のニーズの把握と大会にどのような魅力があるのか差別化していかないと継続は厳しい。

⑶ 継続的な運営体制

前述したようにエントリー数の減少や財政難から大会の継続が困難になったり、大会が開催されていたとしても運営を支えるスタッフやボランティアの減少によって継続的に運営をすることが困難になったりする場合もある。特に住民が高齢化している地方においては、運営スタッフの確保が困難になっていると考えられる。

継続的に大会を実施していくためには、ボランティアの確保も含めて継続して実施していくための運営体制を確立させていく必要がある。

2-4 本章のまとめ

先行研究から東京マラソンをきっかけに地域活性化を目的として市民マラソン大会が開催されてきたこと、市民マラソン大会が地域活性化に対して意義があることが分かった。しかし、全体としては課題が存在していることも事実であり、市民マラソン大会が急増したことによる差別化の難しさ、大会によっては経済的効果が期待されているほど出ていないこと、運営面での継続の難しさがあり、大会のあり方や運営体制について考えていく必要があると分かった。

第3章|事例分析

3-1 事例分析に際して

第3章では、東北地方で地域活性化を目的に開催されている市民マラソン大会の事例を述べる。震災復興を目的に2014年から宮城県登米市で開催されている「東北風土マラソン&フェスティバル」と2002年から山形県東根市で開催され、地域の名物であるさくらんぼを押し出した「果樹王国ひがしねさくらんぼマラソン」を取り上げる。人口減少や少子高齢化、地域の過疎化など、社会課題が顕著に現れている東北地方の大会が他地域の事例に対しても参考になることから事例対象とした。それぞれの大会についてヒアリング調査を行い、共通点や相違点について事例比較分析を行い明らかにしていく。なお、各大会に対して実施したヒアリング調査の概要は以下の表3-1、表3-2の通りである。

【表3-1|ヒアリング調査概要1】

【表3-2|ヒアリング調査概要2】

3-2 東北風土マラソン&フェスティバル

東北風土マラソン&フェスティバルは2014年から宮城県登米市にある長沼の周辺コースを利用して毎年春に開催されている。「マラソンで東北と世界をつなぐ」が大会のミッションであり、大会名に冠する「風土」は東北の魅力的な“風土”と“FOOD(フード)”の両方を楽しめる大会であることから名付けられた。大会創設の経緯は、発起人の竹川隆司氏が震災後に東北の為に何かをしたいという想いがきっかけだった。竹川氏は東北に縁がなかったが、一過性の支援ではなく地域が継続していく仕組みを作るために地域内外から人が集まるマラソン大会に着目したことが構想の始まりだった。大会の特徴についてまとめたものが以下の4点である。

⑴ ファンランイベントとしてのマラソン大会

東北風土マラソン&フェスティバルでは、ファンランイベントであることを謳っている。フランスの赤ワインの生産地ボルドーで開催され、名産品のワインやグルメが補給食として提供されるメドックマラソンを参考にしている。「ランナーも、ランナーじゃなくても楽しいお祭りマラソン」をコンセプトにし、コースの2km毎に設置されたエイドステーションで東北各地の名物料理や酒蔵の日本酒の仕込み水を味わうことができる。日常的にランニングを行っている人以外も参加できるきっかけを作り、仮装をしたランナーを多く見られるのもこの大会の特徴である。

⑵ 登米フードフェスティバル・東北日本酒フェスティバル

長沼フートピア公園に設置された、大会本部の各ブースでは東北全体の生産者や飲食事業者が出店した「登米フードフェスティバル」や東北各地の100銘柄以上の日本酒を楽しめる「東北日本酒フェスティバル」が開催され、来場者は東北のグルメを味わえる。応援に来た人や家族なども楽しめるほか、走り終わったランナーがブースで日本酒を飲むこともできる。

⑶ 東北風土ツーリズム

大会前日に被災地の復興状況が見学できるツアー「東北風土ツーリズム」も開催し、登米市の生産者のもとを訪れるプランや近隣の南三陸町や女川町に行き震災復興の様子を見学したり、漁業体験をしたりできるプランが用意されている。海外や他地方から訪れた参加者をターゲットに開催され、価格は7,000〜12,000円で参加できる。

⑷ KIDSスマイルプロジェクト・ゆるスポーツパーク

東北風土マラソン&フェスティバルでは「老若男女健障問わず広く参加し、楽しんでいただけるイベント」を目指している。そのための一つがNPO法人KIDSの協力のもと行われている「KIDSスマイルプロジェクト」である。登米市や仙台市の障害者福祉施設から50名以上の障害者が集まり会場内のブースで行われているイベントを楽しんだり、ボランティア伴走者とともに走るKIDSスマイルランを行ったりしている。また、子供から大人まで楽しめる仕掛けとして、誰でも楽しめる新スポーツ「ゆるスポーツ」を体験できる「ゆるスポーツパーク」を設置した。

このほかには、2019大会においてエントリーが6,800人、来場者数は2日間で45,000人を記録。エントリーの約半数が宮城県外からの参加であり、海外からの参加者も年々数を伸ばしている。運営体制としては実行委員会形式を取り、竹川氏を中心とした有志のメンバーと開催地である登米市の商工会や観光物産協会など地元関係者が入った30名程度で運営。また、運営資金として、自治体からの補助金を使わず、集客のために広告宣伝費も一切予算をかけていない。その中で他地域から多くの人を集めていることは高い成果を上げていると言える。

【図3-1|2019年大会のコースマップ】
(出典: 東北風土マラソン2020大会HPより引用)

【図3-2|長沼周辺のコースを走る参加者】
(出典: 東北風土マラソン2020大会HPより引用)

【図3-3|東北風土マラソンの地域振興モデル】
(出典: 笹川スポーツ財団 スポーツアカデミー2018第2回「スポーツによる復興支援を超えて〜東北風土マラソン&フェスティバル〜」資料p.35より引用、図は筆者作成)

3-3 果樹王国ひがしねさくらんぼマラソン

果樹王国ひがしねさくらんぼマラソン大会(以下、ひがしねさくらんぼマラソン)は2002年から山形県東根市で開催されている大会である。大会開催の経緯としては、山形県の支援を受け、さくらんぼ東根温泉のPRと山形新幹線開業10周年を記念とした誘客事業として企画されたことが始まりだった。本大会は東根市を全国に発信し、地元経済の活性化と地域の枠組みを超えた交流を深めることを目的としている。

⑴ 名産品「佐藤錦」を打ち出したマラソン大会

ひがしねさくらんぼマラソンでは、ハーフマラソンと10kmを中心に大会が開催されるが、エイドステーションでさくらんぼを提供、参加賞として東根市が発祥のさくらんぼ「佐藤錦」を配布している。地域の名物である佐藤錦を発信する機会として役立っている。また、マラソン大会のポータルサイト「ランネット」の大会レポートにも「さくらんぼが最高だった」という声が多くの大会出場者から上がっている。さらに、関連イベントとして「さくらんぼ種飛ばし大会」や「東根市・天童市・河北町共同観光物産フェア」を開催し、ランナー以外にも様々な人が楽しめるようなイベントが開催されている。

⑵ 市を挙げた歓迎、おもてなし

ひがしねさくらんぼマラソンは「市民が一体となり全国から集まるランナーを『おもてなし』のこころで迎えること」を強く意識され、関連イベントとして天童駅前やさくらんぼ東根駅で他地域から訪れる人への歓迎セレモニーを開催したり、さくらんぼ東根温泉での歓迎レセプションが開催されたりしている。さらに、大会当日、コース沿道では地元小中学校の生徒による応援が行われたり、地元の関係団体によるボランティア協力が行われたり市を挙げて一体となった歓迎をして、市の魅力PRを行っている。

運営面で見ると、主催者は東根市。実行委員会会長は東根市長であり、実行委員会には東根市議会、東根市スポーツ協会、東根市陸上競技協会、東根市農業協同組合、東根温泉協同組合、東根市商工会、東根市観光物産協会など地元の関係団体で構成されている。参加者数については、第18回となった2019年は約13,000人が大会にエントリー。来場者も含めると約30,000人が多くの地域から訪れる。第18回の大会報告資料によると県外参加者の割合は60.3%にのぼる。

【図3-4|エイドステーションで提供されるさくらんぼ】
(出典: ひがしねさくらんぼマラソン大会HPより引用)

【表3-3|各大会概要比較図】

(出典: ヒアリング調査もとに筆者作成)

3-4 比較事例分析

表3-4は、上記に出てきた2つの事例を比較分析したものである。その詳細を2つの大会の共通点、相違点に着目しながら見ていきたい。

共通点⑴「地域を発信するために開催」

どちらの大会も地域資源や地域の魅力を他地域の人々へ発信することを目的に、他地域から人が訪れる仕掛けとして「市民マラソン大会」を活用している。ひがしねさくらんぼマラソンは山形新幹線開業10周年の記念事業として他地域から東根市に誘客するために企画された。また、東北風土マラソン&フェスティバルは「東北と世界をつなぐ」というミッションのために、他地域から人を集客できるマラソン大会の開催を構想。そのため、共通点⑵で後述するが、両大会ともにマラソン大会を中心にあらゆるコンテンツを実施している。

共通点⑵「地域資源を活用したPR」

地域資源である食や風土をPRしている点では共通する。東北風土マラソン&フェスティバルでは、大会会場で登米フードフェスティバルや東北日本酒フェスティバルを開催したり、エイドステーションでランナーに東北のグルメ、産品を提供することで東北の食を知ったり、楽しんだりする機会を届けている。また、ひがしねさくらんぼマラソンは東根市の地域資源であるさくらんぼ「佐藤錦」をエイドステーションで提供したり、参加賞として配布したりしている。魅力的な地域資源を大会のコンテンツとして打ち出すことがまた、幅広い層のランナーのエントリーを獲得している要因であり、リピーターとして何度も大会に出場してもらえるようになっている。

共通点⑶「県外参加者の比率の高さ」

両大会とも県外からエントリーしている参加者の比率の高さが目立っている。東北風土マラソン&フェスティバルは45%が宮城県外からの参加であり、ひがしねさくらんぼマラソンは60.3%が山形県外からの参加である。東北風土マラソン&フェスティバルの県外参加者は6,800人のうち半数弱ではあるが、来場者が53,000人であることを考慮すると県外からさらに多くの人が登米市長沼フートピア公園の大会会場に訪れていることが推察される。

共通点⑷「経済的効果と社会的効果の両立」

共通点⑶で述べた通り、他地域からの参加者が多いことにより両大会ともに高い経済波及効果を実現している。各大会の大会事務局試算により東北風土マラソン&フェスティバルでは約3億円の経済波及効果があり、ひがしねさくらんぼマラソンは4億6,400万円の経済波及効果がある。この要因として、両大会ともに他地域から多くの参加者が訪れ、滞在中に宿泊や外食、お土産を購入することにより大きな経済効果を出しているものと考えられる。

また、両大会ともに経済的効果だけではなく、地域の社会的効果にも貢献している。東北風土マラソン&フェスティバルでは、地元の産品や日本酒の生産者が地域内外の人たちから自分たちが作る商品に対して「美味しい」「また買いたい」といった声を直接貰える機会を創り出している。こうした機会を創ることは、距離が遠かった消費者と生産者を繋ぎ、生産者にとってさらに事業活動を継続していくことのモチベーションを上げることになる。また、両大会ともに大会開催にあたって地域住民や関係団体による協力がある。東北風土マラソン&フェスティバルではボランティアで地域の人たちがエイドステーションで料理を提供する役割を担い、大会が登米市のなかでも浸透するごとに協力者が増え、地域住民のなかでも交流する機会をつくる。ひがしねさくらんぼマラソンでも、地域住民が大会ボランティアや沿道での応援を行うことにより、地域住民による交流の機会が創られている。

相違点⑴「主催者の違い」

東北風土マラソン&フェスティバルにおいては、登米市観光物産協会や登米市商工会など地元関係団体が実行委員に入っているものの、元々は竹川氏をはじめとした有志によって設立され大会実行委員会が主催している。一方、ひがしねさくらんぼマラソンは東根市が主催しているため、自治体の事業の一つとして市民マラソン大会を開催している。

相違点⑵「運営組織メンバーの違い」

上記の通り、東北風土マラソン&フェスティバルは竹川氏をはじめ東京を拠点に活動する有志メンバーが中心として設立しているため、実行委員も多様なメンバーが関わっている。竹川氏のように東京で起業家として活動している人もいれば、協賛企業のスポーツ用品メーカーのCSR部、地元の関係団体役員、生産者などさまざまな人が実行委員として大会運営にあたっている。もともとは他地域のメンバーが多かったが、2019年大会では他地域と登米市内のメンバーの比率は半々だと竹川氏は話している。一方、ひがしねさくらんぼマラソンは東根市の地元関係団体が実行委員として入っている。

相違点⑶「運営資金の種類」

東北風土マラソンは運営面の特徴として、参加者による参加料や協賛企業による協賛金で運営し、税金や補助金での運営は一切ない。一方、ひがしねさくらんぼマラソンは東根市が主催しているため、運営にかかる資金は参加料と東根市負担金(地方創生公金含む)、協賛金で運営している。

相違点⑷「大会コンセプト」

共通点⑴で目的と手段は両大会ともに地域を発信するためにマラソン大会を実施している点が共通していると述べたが、東北風土マラソン&フェスティバルはファンランイベントとして開催しタイムを競うレースではなく、走りながら登米市の風土を楽しむためのイベントとしている。また、ランナーだけではなく老若男女健障問わず楽しめるイベントを目指していることも特徴である。一方、ひがしねさくらんぼマラソンは東北風土マラソン&フェスティバルと比較するとタイムを競ったり、自己ベスト記録を目指したりするロードレースとしての性格が強い。また、他地域から訪れるランナーをおもてなしすることを目的にしているため、あくまでランナーを対象にしている。

以上のように、地域資源を活用していることや地域に対する効果が類似している一方で、大会コンセプトや運営方法などは異なっていることが分かった。

【表3-4|事例比較分析表】

(出典:ヒアリング調査もとに筆者作成)

3-5 本章のまとめ

地域活性化を目的にしている市民マラソン大会の在り方について分析を進めるにあたり、東北地方で開催されている市民マラソン大会の代表的な事例として東北風土マラソン&フェスティバルと果樹王国ひがしねさくらんぼマラソン大会について比較分析を行った。

その結果、大会において地域資源を活用して魅力をPRしている点、他地域からの集客に積極的である点、地域住民がボランティアとして参加することにより地域内での交流が生まれている点については共通していた。一方、大会のコンセプトや運営組織のあり方、運営資金の調達方法については違いが見られた。以上により、市民マラソン大会の開催による地域における効果と課題、今後の展望について考察を深めていく必要がある。

第4章|考察

4-1 市民マラソン大会による地域への効果

3章において、各市民マラソン大会へのヒアリング調査や比較分析を行った結果から、市民マラソン大会を開催することによる地域への効果について考察していく。主な効果は以下の4点が挙げられる。

⑴ 宿泊・滞在による経済効果

市民マラソン大会を開催することにより他地域から多数の人が訪れることが期待される。滞在期間中に参加者や来場者が現地において宿泊や外食をしたり、お土産を購入したりすることにより開催地域の観光業や飲食業をはじめとした様々な産業が経済的な恩恵を受ける。高い経済波及効果を生むためには、大会参加者や来場者が大会に出場するだけではなく大会前後に開催地域に宿泊を伴って滞在、観光することが重要である。以下の図4-1は東北風土マラソン&フェスティバル2019において大会事務局が試算した経済波及効果であるが、「国内宿泊・移動」が31%、地域に滞在中に外食やお土産品の購入にあたる「会場外消費」が32%を占めている。この2つを併せると、大会開催による経済波及効果の6割を占める。県外からの参加者が多いひがしねさくらんぼマラソンも山形銀行の調査データによると県外からの参加者のうち63.5%が宿泊をしているため、宿泊による経済効果が大きいことが分かる。

【図4-1|東北風土マラソン&フェスティバル2019年大会の経済波及効果】
(単位:千円,出典: 「東北風土マラソン&フェスティバル2019 開催報告書」p.42より引用)

⑵ 「地域資源を活用したプロモーション」効果

地域資源を活用したマラソン大会を開催することにより、地域のプロモーションをする効果があると考えられる。東北風土マラソン&フェスティバルにおいては「東北の食・酒」「東北の風土」、ひがしねさくらんぼマラソンでは「さくらんぼ」という地域資源を活用することにより、多くの人がその地域の魅力に触れる機会が生まれる。地域資源は、食などのモノだけではなく、景観なども含まれ、マラソン大会を入り口として地域を知ることへ繋がる。

⑶ 「地域の人どうしのつながりや一体感」を生む効果

大会開催にあたって、地域住民が関わることになる。関わり方にはグラデーションがあるものの、大会開催に向けて企業や団体の垣根を超えた様々な人が関わり、大会ボランティアや沿道の応援として運営に協力する。そこで新たなつながりが生まれたり、地域に対する一体感が生まれたりする。マラソン大会をきっかけに、日常のつながりの強さや他の地域活動へ繋がっていくと考えられる。

また、これらの効果は2章の先行研究において述べた市民マラソン大会の開催の意義や効果にも通ずる。市民マラソン大会の増加による差別化の難しさや継続した運営体制の確保が課題とされていたが、地域資源を活用することにより大会の魅力を高められ、運営体制についても地域住民を巻き込んでいくことで地域におけるつながりを創出できる。これらのことから市民マラソン大会が地域において経済的効果と社会的効果の両方に効果があると分かった。

4-2 市民マラソン大会開催における課題

市民マラソン大会を開催することによる地域への効果を述べてきたが、一方で課題も考察していく。

⑴ 「地域資源のプロモーション方法」

今回、事例分析を行った2つの大会の開催地域は食という地域資源が存在したこと、それらを有効に活用したことが高い経済効果に繋がった。しかし、多くの大会ではそうした仕組みがなかったり、地域資源を有効に活用されていなかったりする。2章の先行研究における課題でも挙げたが、ランナーの多くは日帰りできる範囲で出場する大会を決めている現状がある。そのため、参加者や来場者が宿泊して観光するというケースは、一部の大会に限られるのではないかと考えられる。

⑵ 「運営体制の固定化」

2つ目の課題として、運営体制の固定化が挙げられる。ひがしねさくらんぼマラソンのように自治体が主催している大会の場合、自治体関係者や関係団体が運営体制の多くを占めている。地域住民も大会ボランティアで参加するものの、運営の中心は一部の人たちのみで運営されることが多い。⑴で挙げた地域資源を他地域の人へ有効に伝えていくための施策や仕組みづくりをするためには、あらゆる立場の人々の意見を取り入れたり、資源を活用したりしていく必要がある。そのため、一部の人々によって運営される体制は課題だと考える。

⑶ コロナ禍における大会開催の方法

3つ目の課題は、2020年の新型コロナウイルスの感染拡大によって開催中止になる大会が続出していることである。ヒアリング調査でも両大会の運営者が2021年以降の大会をどのように開催するべきか課題に挙げていた。オンライン開催をしている大会は多いが集客において決定的な解決策に至ってはいない。今後コロナ禍においてどのような大会開催が地域にとって効果が生まれるものか模索する必要がある。

以上のことから、市民マラソン大会の開催における主要な課題は「地域資源の活用方法」と「持続的な大会運営の体制」であり「コロナ禍においてそれらをどう運営していくのか」ということだと考察する。地域に対して効果を生むためには重要な課題であると考える。

4-3 解決策と今後の展望

これまでのヒアリング調査や比較分析調査を通して、「地域資源の活用方法」と「持続的な大会運営の体制」に課題があると述べた。これらの課題を解決していく方法として、地域資源を活用したイベントやツアーをマラソン大会と同時に開催すること、そのために地域住民や他地域の人などあらゆる立場が運営に関わり、多角的な視点から企画していける体制を作ることが有効だと考える。ヒアリング調査の事例では、東北風土マラソン&フェスティバルの発起人である竹川氏をはじめとした他地域の起業家やNPO関係者、地元の生産者から登米市観光物産協会、商工会といった地元関係団体まであらゆる立場の人が実行委員会に参加している。東北風土マラソン&フェスティバルは、最初から他地域の実行委員と開催地域の関係者が混ざった体制ではなかったが、震災復興に対する支援を行う過程で他地域から来た竹川氏らと現地で開催に協力する地元団体が運営に加わっていくなかで現在の体制になった。また、地元側も自治体関係者や関係団体だけではなく生産者なども入っていることが特徴的である。様々な人が大会運営に関わる体制を作ることで、地域資源をあらゆる視点から発見できる可能性がある。東日本大震災によって、偶然、他地域の人々が支援に入り多様な人材が関わる形が生まれたが、この形は東北だけでなく他の地域でも有効であると考えられる。

まず、地域資源の活用方法について詳しく述べていく。東北風土マラソン&フェスティバル、ひがしねさくらんぼマラソンの両大会がマラソン大会に際して地域資源を発信するイベントやアクティビティを開催していた。マラソン大会を入口にして、滞在中に地域内で食を楽しんだり、地域の魅力を知れたりするイベントやツアーが開催されている。このようにあらかじめ参加者や来場者が地域に滞在したくなる施策を実施することで、マラソン大会に日帰り参加するのではなく、宿泊して大会前後に地域に滞在する人数が増加するのではないかと考える。図4-2は第3章の東北風土マラソン&フェスティバルの地域振興モデルを参考に作成した地域資源の活用とマラソン大会の関係図であるが、マラソンを地域へ訪れる入口として設け、滞在中にイベントやツアーで地域を回ることで食事やお土産を購入することになったり、思い出ができて参加者が新たな参加者を増やすことへ繋がったりする。

また、他地域から集客することはコロナ禍においてリスクを伴うが、東北風土マラソン&フェスティバルでは現地での大会開催ができない場合オンラインマラソン大会と同時に東北の食や地酒、生産者を発信するオンラインイベントを開催する予定だとヒアリング時に回答した。オンラインイベントで生産者から生産する食べ物や酒の魅力を語ってもらうことにより、参加者は地域資源により深く関わることができ、東北を実際に訪れなくても消費へ繋がるという。オンラインマラソン大会においても、こうしたイベントを同時開催することにより地域に対する効果を生むことができる。

【図4-2|地域資源の活用と市民マラソン大会の関係図】
(出典: 筆者作成)

次に、後者の「持続的な大会運営の体制」について述べる。地域住民がより大会運営に参加できる仕組みがあれば、地域に対する効果で述べた「つながりや一体感を創る」ことも一時的なできごとで終わらず、継続的に醸成されていく。また、地域資源を魅力的に伝えていくためには他地域の人々の視点も必要になるため、他地域から大会に関わってもらうことも必要である。

以上のように多様な人々が関わる土壌を作る過程では、大会運営のクオリティに変化が生じるリスクもあるため主催者としては努力も必要である。しかし、このような運営体制が実現できれば、地域住民にとっても他地域から訪れる人たちにとっても魅力的な大会を作ることが可能になり、持続可能な運営が可能になると予想される。

【図4-3|運営体制の協力関係図】
(出典: 筆者作成)

4-4 本章のまとめ

事例分析調査から、市民マラソン大会を開催することについての効果や課題があることが分かった。その効果を生かしつつ、現状の課題を解決していくためには、地域内外の多様な立場の人が大会運営に携われる環境を作っていくことが重要であると考えられる。多様な立場の人が大会運営に携わり、地域資源を活用していくことは他地域の人を集客することだけではなく、地域住民にとっても自身が住む地域に対して愛着を感じたり、自信を持ったりするきっかけ作りとなるため地域内における社会的効果を高めていくためにも重要なことだと考えられる。また、大会運営においてできたつながりが日常の生活や地域活動における協力につながっていくことも予想される。こうした取り組みを行なっていくことによって、経済的効果と社会的効果の両面から地域活性化を後押しできると考察する。

第5章|結論

5-1 本研究のまとめ

本研究で得られた成果を以下に総括する。本稿における結論として、以下の2点が挙げられる。

1つは、市民マラソン大会を開催することが地域活性化に対して経済的効果、社会的効果の両面から効果がある事である。他地域から参加者を集客することにより、滞在中の宿泊や観光、外食により経済効果が期待できる。経済的効果は滞在してもらうことが鍵を握るが、現状では日帰り参加が多く大きな経済効果を生める大会は限られる。しかし、地域資源を活用したイベントやツアーを実施することで、他地域から訪れる参加者が滞在する仕組みを作ることができると考えられる。また、市民マラソン大会には地域の多様な立場の人が運営に関わるため、地域住民どうしのつながりを生む機会にもなる。マラソン大会をきっかけに日常の生活や地域活動の関わりを増やすことができると期待できる。

もう1つは、魅力的な大会を作り、持続的に大会運営を行なっていくためには、大会運営に多様な人材が関与することが重要であるという点である。ヒアリング調査から、魅力ある大会を作っていくためには地域資源の活用が必要であることが分かった。そうした大会は地域内外の多様な人が大会運営に関わっていくことで実現できる。

以上のことから、市民マラソン大会を開催することは地域にとって経済的効果、社会的効果の両面から活性化に繋がっていくことが分かった。また、今後の大会の在り方として、地域資源を活用し、地域内外の多様な人材が大会運営に関わっていくことで地域に対する効果も大きくできると予想される。

5-2 展望と今後の課題

今回の研究で考察を行った市民マラソン大会について、今後の展望と課題について考察する。

まず、今後の展望については、現在数多く開催されている市民マラソン大会においてもさらなる魅力を作り、持続的な運営体制を作る必要があると考えられる。そのなかで、震災の影響もあり課題が山積している東北で開催されている市民マラソン大会の取り組みは大きな意義を持つ。市民マラソン大会を開催することにより、地域活性化に対して経済的効果や社会的効果の両方に一定の効果があると分かった。そこで、地域活性化を目的にとする市民マラソン大会がさらに地域へ貢献していくために、東北で行われている取り組みを参考に他地域にも展開していくことは重要だと考えられる。

次に、今後の課題として、以下の2点が挙げられる。

①今回の論文においてヒアリング対象者が少なく、偏りがあった。今回は、市民マラソン大会の運営者に対してヒアリング調査を行った。しかし、これだけではヒアリング者の主観的な回答になり得る可能性が高い。そのため、さらに他の大会の運営者や同じ大会であっても立場の異なる人々へヒアリングを行い、地域への効果を客観的に示すことや、地域の企業や地域住民、大会参加者など幅広く意見を聞くことにより、様々な角度から成果や課題を発見することができたのではないかと考える。

②本研究では、新型コロナウイルスの感染拡大下における大会開催の課題について深く考察することができなかった。現在、多くの大会がオンライン開催を余儀なくされているなか、今後どのような開催方法が最善策となっていくか今後も考察を続けていく必要がある。

以上が、議題である。

引用文献

(*1)原田宗彦(2020)「スポーツ地域マネジメント 持続可能なまちづくりに向けた課題と戦略」,p.169,学芸出版社より引用
(*2)一般財団法人長野経済研究所 市民マラソン大会が地域に与える効果<http://www.neri.or.jp/www/contents/1000000001067/index.html>(最終閲覧日 2020年11月19日)より引用
(*3)原田宗彦(2020)「スポーツ地域マネジメント 持続可能なまちづくりに向けた課題と戦略」,p.190,学芸出版社より引用

参考文献・URL

<参考文献>
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・横谷智久,野口雄慶,戎利光,澤雅之(2014)「市民マラソン大会が地域の活性化に及ぼす影響 スポーツ社会の進展および安全管理」, 福井工業大学研究紀要 第44号pp.398-402.福井工業大学
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・内海和雄(2013)「戦後日本の福祉とスポーツ」, 広島経済大学研究論集 第36巻第1号pp.1-3.広島経済大学
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・本郷満(2013)「スポーツによる地域活性化 ― 中国地域経済白書2013より」,エネルギア地域経済レポート No.472,pp.1-8.中国電力(株)エネルギア総合研究所
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・山形銀行(2019)「調査月報」,No.583,p.6,山形銀行
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<参考URL>
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・博報堂 「博報堂フォーサイト ライフスタイル・イノベーション調査~④スポーツマインドと地域愛着度」< https://www.hakuhodo.co.jp/uploads/2011/09/20070907_02.pdf>(最終閲覧日 2020年11月15日)
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謝辞

本論文を執筆するにあたり、指導教官の風見正三教授には熱心なご指導をいただきました。ご多忙の中、丁寧にご指導していただき本当にありがとうございました。

学生生活の時間を伸ばしてきたこともあり、この論文を書き上げるまでには研究室同期の4年生より多くの時間を要しました。そのような中でこの論文を書き上げることができたのは、風見教授や同期の4年生はじめ風見研究室の皆様の存在があったおかげです。また、「マラソン大会」をテーマにした論文を執筆するにあたり、インターン先である株式会社ラントリップの皆様には多くのご示唆をいただきました。ランニングに関わるあらゆるデータを知ることができたからこそ、このような論文を書き上げることができました。

そして最後に、ヒアリング調査にご協力いただいた東北風土マラソン&フェスティバル実行委員会の竹川様、果樹王国ひがしねさくらんぼマラソン大会事務局の星川様には、準備不足で拙いヒアリングであったのにもかかわらず、快く引き受けてくださりました。大学入学後から現在に至るまで、お世話になった皆様に恥じない論文になっていると幸いです。

このように、様々な方々のお力添えにより、卒業論文を完成させることができました。支えてくださった皆様に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

令和3年1月 木幡真人

いつも僕のnoteを読んでいただいてありがとうございます。スキ、コメント、サポートなどで応援していただけて励みになります。いただいた応援は大切に使わせていただきます。応援よろしくお願いします^^