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父の帰宅 37

二度と会うことがないだろうと思っていたので、待ち合わせの時間に現れたリョウコを見て現実的ではなくて妙な感覚だった。強引に呼び出す形になったことをマサはまず謝った。リョウコはうんとは頷いたが、マサヤから事情を聞いていて、どういう顔をすることが適切か分からなくてぼんやりと返事をした。なんか食べよっかといって、近くのオムライス屋に入った。

「久しぶり」

「こちらこそ」

「なんか疲れてるね」

「色々あるからね、こっちも」

「そっか、マサヤからだいたいの事情は聞いてるかな」

「うん、マサヤ君が一番苦しんでたんじゃない? もの凄く気を使ってたよ。私にも湯浅君にも」

「だよね、ほんとうに悪かったと思ってる」

「最初マサヤ君の家に呼ばれたのね。てっきり告られるんだと思って、ちょっと身構えて行ったんだけど、違ってた」

「それは残念だったね」

「残念ではないけどね。あっ、そうだ。湯浅君、前にノートパソコンの修理、電気屋に出したでしょ?」

「ああ、出した。何で知ってんの?」

「私さ、あそこで事務のバイトしてて、それで湯浅君の苗字が書いてあるし、住所もそうだったから間違いないなって思って。修理の見積りできたとき、私湯浅君ちに電話したんだよ」

「マジで?」

「マジで、おばあちゃんが出たけど」

「俺じゃなくてよかったね」

「うん」

「うんていうなよ」

「あとね、和田っち覚えてる、ホテルでバイトしてたときの?」

「うん、リョウコの友だちでしょ?」

「何で、知ってんの?」

「リョウコと同じ大学で、俺と同じ高校の女の子ってリョウコしかいないじゃん」大阪のホテルでバイトをしているときのバイト仲間で、リョウコと同じ大学の女の子がいた。話の流れでたぶんリョウコの友だちなのだろうということは推測できて、世の中は狭いなと思った記憶がある。

「そっか、知ってたか。それで和田っちから湯浅君が留学するって聞いていいなって思った」リョウコは高校の頃から英語を熱心に勉強していたし、大学の専攻も英語関係だったと思う。

リョウコと久しぶりに会うことに緊張していて、自分の身体に体温を感じなかった。胃が萎縮して注文したチキンオムライスを受付けようとしなかったが、食べれば身体も温まるかもしれないと思って、ざらざらした胃に無理やりチキンオムライスを収めた。一緒に注文したコーヒーを一口飲んで、やっと少し気分が落ち着いた。

「俺たちが別れたときのこと憶えてる?」

「私たちが厳密にいつ別れたかよく分かんなかった」

「そうかも。確か、公園かどっかでリョウコがもう関係を維持できない。どうしても別れたいっていったんだよ、憶えてる?」

「うん」

「あのときリョウコは絶対英語を話せるようになりたいっていってたでしょ?」

「いってた、そんなこと?」

「うん、でね、俺は馬鹿だったからじゃあ俺も英語勉強しようってあんときなぜか思ってしまって」沈黙を生み出したくなかったのか、話題が核心に及ぶことをあえて避けていたのか判然としないが、どうでもいい会話を続けているとリョウコがしびれを切らした。

***

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