見出し画像

父の帰宅 36


マサが高校三年生のときに、失恋をしている。思春期を迎え、まだ自覚的ではないが強烈な自己嫌悪や厭世的な考え方がどんどん広がり、野球部の部員やクラスメートとうまくコミュニケーションができなくなっていた。

マサは自分のすかした高校時のエピソードとして、休み時間はニルヴァーナをヘッドホンで聴きながら三島由紀夫を読んでいたと笑い話をしていた。笑い話といいながら、わたしはその危うい思春期のマサが容易に想像できた。同時にマサは体育会系でも最右翼の硬式野球部に所属し、絶対に彼の精神世界とは相容れないところに長きに渡って身を置いていた。

周囲から浮いた存在になり孤立感が増す中で、彼女であるリョウコさんの存在は絶対化していった。中学時代からの友人で高校になってから交際が始まったが、大人びた二人は事実仲睦まじく、お似合いのカップルだった。しかしながらまともな一八歳の乙女がそんなシリアスな関係を望むわけもなく、マサとリョウコさんの関係はほどなくして破綻した。

高校時代、二人の共通の友人だったマサヤは、自暴自棄になって死のうとしていたときのマサの言葉が気になっていた。回復途上にあるマサが、過去の失恋で躓つまずいたままけりの付けられない何かがあるなら、一度会って話してみてもいいのかもしれないと思って、リョウコさんにそのことを相談した。

事情を聞いて、別に会って話すくらないなら構わないという返事があり、マサヤが場所と時間をアレンジした。マサとリョウコさんは約五年ぶりに再会した。後にわたしはリョウコさんと会う機会があり、以後のマサとリョウコさんのやり取りは、マサが書き残した文章と、リョウコさんから聞いた話を再構成している。

***

上記マガジンに連載中の小説『レッドベルベットドレスのお葬式 改稿版』はkindle 電子書籍, kindleunlited 読み放題, ペーパーバック(紙の本)でお読みいただくことができます。ご購入は以下のリンクからお進みくださいませ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?