父の帰宅 29
「彼女もここに通ってるの?」
「はい、いちおう僕がすすめました」マサは先日のヒサコさんの誕生日の一件をざっとキョウカ先生に説明した。
「そっか、自分で負担になってるっていう自覚があるんだよね」
「このクリニックに通うようになって、自分の精神状態とかについて自覚的になっているところはあって、やっぱり彼女に対して、なんとかしてやりたい、それはしない方がいいといったことをいちいち考えてしまっています。自分が最優先であるべきだと思います」
「そうだね、自覚できているところが素晴らしいけどね。具体的にはどういうことが負担に感じる?」
「そうですね、携帯に送られてくるメールの内容がシリアスになってきてて……」
「どんなふうに?」
「ヒサコっていうてすけど、ヒサはマサ君のものだよ、みたいな。そんなメール今まで絶対書かない人だったんですけど。やっぱりそういうメールは負担になります。今僕のことで精一杯なので」
「そうだよね、でもほんとに自覚できていることは凄いよ。私もこういう仕事柄やっぱり恋愛関連の相談もあるんだけど女の子なんかカウンセラーの目から見たらその男の子はだめ、そっちにいっちゃだめって思っていてもそれは私が口出すことじゃないからね」キョウカ先生はテディベアが抱えた小さな置時計に視線を移した。
「五分あまっちゃったね、どうしよっか」
「雑談ありですか」
「うんいいよ」
「僕アメリカかぶれしてるところもあってファーストネームの方が呼びやすいんですけど先生のことキョウカ先生って呼んでいいですか」
「うん、いいよ」
「キョウカ先生どんな音楽聴きます?」
「私はね、特にこれっていうのがないかな、音楽はFM聴いてるくらい、あえてあげるとスピッツかな」
「ロビンソンいいですよね」
「ルララ~、だよね?」
「そうそう。ロビンソンの曲調と歌詞がラピュタの雰囲気に近いんですよ。伝わってます?」
「うん、うん、なんとなく分かる」
マサは留学時の週末のパーティーで大声でスピッツの『チェリー』を歌った思い出をキョウカ先生に喜々として語った。ずっと雑談だけをしていたいと思ったが、五分は驚くほど一瞬で過ぎていった。
時間を惜しいと思えるカウンセラーと出会えたこともあり、マサはカウンセリングに対してより積極的に取り組んだ。本来はカウンセラーとの会話で徐々に過去を語っていけばいいのだが、時間の節約やより詳細な雰囲気を把握してもらうためにマサはレジュメとして幼少期を書き綴っていった。左記は二月八日に提出されたレジュメだ。
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