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第1章 ヨウとおジィ 昔ばなし 16

「おジィはなんで狙撃兵になったの?」

「周りが下手でな、気がついたら狙撃手になっておった。わしが特別銃撃に長けていたわけではなく、とにかくほかのが下手だったんじゃ。銃撃はな、まず、簡単にいうと、こころを落ち着かせるんじゃ。的に当てたいとか、早くおわんねえかなとか、そういう邪念を鎮めるんじゃ。そして、周囲の環境と同化するんじゃ。そこが訓練校の銃撃訓練場なら、その訓練場の空気、風の音、気温、地面と同化して、自分を消すんじゃ。ならば、引き金を引き切る瞬間まで、銃身は微動だにせん。後は、わしの場合は九九式という小銃を陛下から授かったんじゃが、いつも丁寧に手入れをして、小銃との信頼関係を作っていた。そして自分の銃の癖をきちんと把握する。どのくらいの距離で、どのくらい弾道が歪むか、ブローバックはどのくらい強いか、ってな。そうすれば、当たる。訓練の的だろうが、白人の額だろうがな。九九式は、職人達の最高の業物じゃったぞ」

それはやっぱりほかの人が下手なんじゃなくて、おジィに狙撃の才能があったんだろうと思った。おジィは、町内のゲートボールチームでも、常にエースだ。地区大会を突破して、全国大会にも出たことがある。MVPを何度も獲得する腕前で、町の年より連中に会うと、必ずといっていいほど、おジィのスティックさばきを褒め称える。神業じゃ、あれは、神業じゃ、と入れ歯が外れそうな口調で。

終戦後、おジィは下関の造船工場に就職したそうだ。腕のいい技術者だったので、そこそこのポストまでいったということだ。転勤で東京にきてから、定年後も東京に住むようになったということだ。もともとは栃木の出身ということで、日本の各地の言葉が混じっていて、しょっちゅうおジィが何をいっているのか分らなくなる。転勤後は知り合いの板金屋を手伝ったりして、後は畑で野菜を作ったりしている。

「上層部はたしかに狂っていたけどな、わしもきっちり、戦争のいち駒を積極的に果たした。こういうことは、おおっぴらには、いえないし、わしも初めてじゃ。宏にもいったことはない」宏とは僕の親父のことだ。
「異常な高揚感があるんじゃ、戦争には。ワールドカップやオリンピックの比じゃない。命が懸かっているからな。陣取りゲームみたいなテレビゲームがあるんじゃろ、今頃は?」

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