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父の帰宅 39

マサはこのあと、高校時代からの野球部の友だちであるヨシオとトシに会いにいった。この三人は大学が比較的に近いところに在ったので、大学生になってから仲良くなっている。

上記しているようにマサには高校時代は男友だちはいない。トシは誰ともでも仲良くなれる愛嬌があってバランスのいい男だが、ヨシオとマサはどちらかというと仲はあまりよくなかった。ヨシオはマサのことをすかした野郎だと思っていたし、マサはヨシオのことを調子に乗った奴だと思っていた。

でも大学に入ってヨシオ、トシ、マサの三人で会っている内に、お互いが抱いていた印象は気にならなくなった。二年半の間、信じられないほど過酷な練習を一緒にしてきた経験はやはり男たちを強く結びつけていた。

マサの留学時、ヨシオとトシはわざわざ遊びに来てくれている。わたしも二人を知っているが彼らにはとてもいい印象を持っている。ヨシオとトシはマサヤから事情はすでに聞いている。マサが自殺しかけたことも。三人はヨシオの家の近くの居酒屋に行くことにした。

「酒はちょっと待ってくれる?」マサがいった。

「うん、いいよ、マサヤから事情は聞いてる。そんなに思いつめなくていいよ」

「いや、やっぱり、こういうことを親友に頼むわけだから──、俺の口から事情を説明させてくんない?」

「分かった」トシが答えた。ヨシオは黙ったままだ。マサのこういう雰囲気を見たことがないからだ。

「俺はさ、パニック障害っていってたじゃん、でもそれだけじゃなくて、俺はPTSDでもあるみたい。このPTSDは幼児虐待から引き起こされている。でも今通ってるクリニックの先生はいい方向に向かっているっていってくれてる。今俺が不安定なのは、何がトラウマになっているのか過去の出来事から探している最中だからで、苦しいことではあるけど、これはいい傾向なんだ。でももう、家に居ることが限界なんだ。虐待の張本人と一緒にいることがもう耐えられない。薬も効かなくなってきてる。このまま家に居たら母親を傷つけるか、俺がどうかなってしまうか、どっちかだと思う。俺は性的虐待以外の虐待はすべて受けてきている、でもなんとかここまでまともに生きてきたんだ。それで俺の今かかっている先生が本当に凄い先生で、先生だったら俺を回復させてくれると信じてる。もうちょっとってところまできてんだ。それだけに今が一番きつい。もう、家にいれない。でも残念ながら、俺には家を出て行くだけの金がないんだ」

「分かってる、もういいよ。実際に会ってマサの口から事情聞けてよかった。俺たちはマサがパニック障害だとは聞いているけど、普段のマサしか知らないから、いまいちピンとこないところがあったんだけど、今日会って話してもらえて、状況が切迫してるのはよく分かったから」

「俺が親友に簡単に金借りるような人間じゃないことは分かってくれてるよな」マサの頬から涙が流れ始めた。

「分かってる、もういいから。僕は金はあるし、お前もあるよな?」

「うん、ある」ヨシオも泣いていた。

「具体的にはどれくらい必要かな?」

「二人で四〇万、これで当面は大丈夫だと思う」

「じゃあ、俺から二五、お前はどう?」

「俺は二〇でいいかな?」

「十分、ほんとにありがとう。なんか信じられない。ありがとう、ありがとう」マサはうつむいたまま泣いていた。

「俺がさ、だいぶ前にいったの憶えてる? 僕とマサはさ、性格的にかなり違ったとこがあって、僕は知ってのとおり普通に生きていて、マサは傍目から見たらそうは見えない。自由に生きていて、やりたことやって、僕はそれに憧れはしたけど、マサのような生き方はできないと思ってた。それでお互いないものを持っていてそれに惹かれあって、それで親友になれたんだと思ってた。でも違うな。マサは自分が生まれてから失ってしまったものを必死で取り戻そうとしてたんだな。俺は家庭環境に恵まれていたから、ヨシオもそうだけど別にそんなに必死にならなくても生きてこれたんだと思う。でもマサはああいう生き方でしか自分を保てなかったんだな」

「俺はやっぱり、強がって生きてるように見えたと思うけど、本当は自分を諦めていた。トシやヨシオみたいに生きれないんだと思っていた」

「いいよ、もう。明日一番で振り込むから、お前も大丈夫だろ?」

「うん、飯食おうよ。腹減ったし」

「ありがとう」

翌日マサの口座に四五万円が振り込まれた。マサはすぐに不動産屋へ赴いて、家具着きの部屋で橋本クリニックから近い物件を探して即決した。その後橋本先生の診察を受けている。

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