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パニック発作 04

二、三〇分かほんとはもっと短い時間だったかもしれないが、最悪の恐慌状態は過ぎ去った。しかし全身に恐怖物質がちりばめられていて目を閉じると断片的で荒唐無稽な映像が浮かんで制御できない。

僕はさっきまでの恐慌状態に当てはまる言葉が浮かんだ。「循環」という言葉だ。どれだけ物理的に広い場所にいたとしても、イメージでは、窓も何もない真っ暗な部屋に永遠に閉じ込められてしまい、死ぬこともできない、という恐怖が恐怖を生むという最悪の心理的循環だった。

その夜はたぶん眠れないと思いながらベッドに潜り込んで目をつぶったが、恐怖の残りかすが全身にちらばっていて眠るどころの話ではなかった。目を閉じるとケロイドで顔が爛れたシスターが微笑みかけてきた。

最悪だ。アメリカで、この状態になってしまうと眠れないことは分かっていたので眠気がしても起きているように努めた。

なんで僕がこんな目に合わないといけないんだと怒りが湧き上がってきたが、しかしこれは僕の身体、とりわけ精神で起こっている何かだと分かっていたので、振り上げた拳を下ろすところはどこにもなかった。途方に暮れるしかなかった。

朝になった。僕は次女で看護師をやっている裕美の携帯に電話した。僕と裕美との仲は決してよくなった。あまり会話をすることもなかった。まして僕が裕美に電話をするなどありえないことだった。

「おねちゃん、いきなりごめん、ちょっとおかしい。昨日の夜なんだけどいきなりとんでもない恐怖感が襲ってきた。もうどうしようもない。たぶん精神的ななんかだと思うんだけど」

「どんな感じの不安感?」

「死と発狂」

「ちょっと待っててね、今日の夜家に帰るから、私は小児科だからあんまり詳しくないけどその辺のことについても調べとくから」

「うん、分かった、ありがとう」

電話を切ったあととりあえず何かアクションを起こそうとしたが恐怖に対する恐怖心が僕を無気力にしてしまった。厳密にいうと恐慌状態ではないが恐慌状態というものがどういうものか非常にリアルにイメージできる状態で、そのイメージはあらゆることに対して僕の足をすくませた。 

僕がいつか見た夢のことを思い出した。その夢は自分の部屋に入ると、家具の位置が微妙にずれている夢だった。そしてその夢の中の僕の友人や家族は僕が記憶している事実とは少しずつずれた話をしていた。

パラレルワールドに来てしまったのだと思った。夢から覚めたときは妙に悲しい気分だったことを覚えている。

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