【テンパード・スティール、ランパート・ディール】#0

※このテキストカラテは2016年6月~でツイッター投稿したすみゆ忍ムーブメントを加筆修正しまとめたものです。


◆プロローグ◆


『新たスシ・ドンブリ!実際安いドンブリ・ポン!』ネオサイタマ全域に展開するチェーンドンブリ店、ドンブリ・ポン。騒々しい店内BGMに被せて、新商品の宣伝アナウンスが放送される。短い昼休憩時間、スーツ姿のマケグミ労働者たちは、喧騒とともに実際低品質なドンブリを掻き込む。

日々に疲弊し、午後からの労働を呪う彼らが、店内の一角にたむろするブキミな三人組に注意を払うことは無い。それぞれ威圧的な模様のTシャツ、白塗り顔、席には楽器ケース。加えて一人は金の長髪に目隠し布。もし彼らを観察している奇特な者がいるならば、そこに書かれた文字を読み取ることができるだろう。

『AAAHDDUB』。ブッダを冒涜するワードだ。彼らがブラックメタリストであることに疑いの余地は無い。一般市民にとってその類の連中は、音楽者というよりも犯罪者のイメージが強い。それは彼らが度々起こす聖職者殺人やシュライン破壊によるものだ。彼らはしばしば無軌道テロリストと同一視される。

「BBBにもそろそろ新曲が欲しいな」スキンヘッドの巨漢がハシでドンブリを叩きながら、他の二人に提案する。「だな」大量の逆さ仏像のアクセサリーを身に付けた男が短く返す。メモと筆ペンを取り出し、「なんかテーマ挙げろ、マス」「仏像を燃やす」巨漢・マスが即答した。

「それ前やったろ」「突き詰めんだよ、インフェルノ・クヨーエを。それからベンド・ザ・ボンズも」力説するマスの言葉を取り敢えずメモする。「どうもなんか足んねえな」「じゃあエーカー、お前が何か挙げろよ」「ブッダ偏微分」「ツマンネ!ビースト、お前は」「ネギ赤トーフ丼がうまい」

ビーストと呼ばれたのはアンタイブッダ目隠しの男だ。他の二人はとうに食べ終わっているにも関わらず、彼だけはまだ、覚束ない手つきでスプーンを使いドンブリを食べている。目隠しを取れと言う辛辣な読者の方もいるかもしれない。だが、彼の目隠しの下、空洞の眼窩を目にしてもそれが言えるだろうか?

かつて、彼は自らの手で己の眼球を抉り出した。それだけではない。長髪が隠してはいるが、その下には無惨な耳の切り落とし痕がある。彼が、かような凄惨な自傷に及んだ深遠なる理由を自ら語ることはない。「トーフ?話聞いてたか」「トーフ、成形された信仰、オカラめいた骨粗鬆」二人は白い顔を見合わせた。

「「テンサイ」」エーカーとマスはビーストの含蓄ある言葉に、同時に感嘆した。「でもこれどうすんだ、トーフの歌やるか」「いや、俺たちのアイディアがこれで繋がる……全部」エーカーは筆を走らせる。ビーストは既に食事に戻っている。「仏像も燃やすのか!?」「そうだ!そう……できたぞ」

エーカーはメモを掲げる。『カラケシ・カリカチュア』。大きく曲名がショドーされていた。「アアアダブ」マスが思わずアンタイブッダワードを唱えた。なんたる過激アトモスフィア溢れるタイトル!「歌詞は任せろ、ノッてるし四日で書き上げる」「頼む」「ゴチソサマデシタ」三人はアンタイ合掌し、オヒラキした。

ビーストはマントを羽織り、ギターケースを背負う。ケースに入っているのはギターではない。サイバーバトーキンと呼ばれる電鳴マニアック弦楽器だ。彼は先ほどのエーカーとマスとともに、アンタイブディズムブラックメタルバンド活動をしている。彼はヴォーカルとサイバーバトーキニストを兼任する。

彼は、嘗てはただ一人でアンタイブディズム音楽活動を行っていた。だが彼のそれは音楽になりえなかった。彼の言葉で言うなら、「ブッダに呪われているようだった」。あらゆる努力が水泡に帰す毎日に、カンニンブクロに溜まるアンタイブッダ衝動が爆発しそうだった。そんなとき、彼はマスとエーカーに出会ったのだ。

エーカーは彼の感性を音に変えた。マスは彼の思想を詩に変えた。彼の世界は、二人を通してようやく音楽になった。「ブッダよ、我の言葉を封殺せんとするならば」彼はドンブリ・ポンを後にし、ネオサイタマの街へ。「我らは我らが言葉をもってアンタイせん」そこに突如暴走トラックが襲来!「ワーッ!?」

CRAAAAASH!トラックは速度を落とさずドンブリ・ポンに突っ込み、そして停止した。店内無惨!ビーストは?彼は間一髪、驚異的な跳躍力を発揮し、トラックの進路上から逃れていた。無事!サイバネ改造もされていない彼が、何故、かような身体能力を持つのか?そもそも彼は目が見えないはずでは?

答えは単純である。彼は又の名をブルータルブラインドビーストといい、ニンジャである。彼は非凡な感知能力を持ち、盲目であっても周囲の様子を把握できる。ではその非凡な彼は、何故暴走トラックの接近を寸前まで感知できなかったのか?それは彼の単なる油断に他ならない。ネオサイタマは油断ならぬ街だ。

「爆発四散するかと思ったぞ」ブルータルブラインドビーストは乱れた服を直しながら立ち上がる。幸い怪我は無い。衣服も多少汚れた程度だ。だがそこで彼は不自然に気付いた。背にあるべき重みがない。マントはある。「バトーキンはどこだ」彼はそれの気配を探るが、知った形を見つけることはできなかった。

「アイエエ……ヤッチマッタ」衝撃で酔いの醒めたトラック運転手は、己が破壊した店を見た。賠償を求められるだろう。彼にそんなマネーは無い。「逃げよう」彼は驚くほど冷静に状況判断し、そろそろと運転席から外に出た。「どこへ行く」「アイエーエエエ!?」砕けたサイバー馬の頭部を携えた憤怒の悪鬼がそこにいた。


【AAAHDDUB】


アマミ・ゲンザンはネオサイタマに数少ないシャミセン職人だ。泡沫めいて物品が生まれ消えてゆくこの都会では、シャミセンなどのトラディショナル製品は殆ど忘れ去られている。だが、粗悪イミテイションでない「本物」を必要とするならば、彼のような職人の出番となる。彼はこの時代でも、辛うじて存在意義を保っていた。

驚くべきことに、彼の生活レベルは標準的だ。なぜか?それはシャミセンを必要とする客層に秘密がある。性や薬物などの刹那的快楽に溺れるマケグミがシャミセンを嗜むだろうか?否。彼の客は殆どがカチグミだ。観賞用の装飾華美な特注品を望む客も多い。そして、彼らの機嫌を取れば、金の払いは良くなる。

「ミスージノー、イトニー……」アマミは完成したばかりのシャミセンを軽く弾いて音を確かめる。「悪くない」アマミは頷いた。とはいえ、これもまた観賞用の注文だ。これ以降、弾かれる機会があるだろうか。「良いさ、シャミセンに生まれた以上、鳴らんで終わるのは勿体なかろうよ」そのとき、フスマが開いた。「イラシャイマセ」彼は声をかけた。

「カネだ!カネを出せ職人!」ナムアミダブツ!下着覆面で顔を隠し、包丁を構えた中年押し入り強盗だ!「アイエエエ!」客を想定していたアマミは絶叫!よく見ればこの強盗、声や脚が震えている。生活に困窮してヤバレカバレに陥ったか。しかしアマミはそれを知る余裕もなく、知ってどうなるというものでもない。

「カネはどこだ職人!」「アイエエエ!お金ならお渡しします、だからシャミセンには触らんで」「シャミセンだと職人!?」「アイエエエ!」アマミがトークンや素子の入った革袋を強盗に渡す。「ではオタッシャデー職人!」強盗はフスマを開け放し、アマミ宅を飛び出し……「アイエエエ!」絶叫!

「アイエエエ!オバケ!アイエエエ!」強盗の情けない声が遠ざかる。そして強盗の開け放したフスマから、今度は白塗りの目隠し男が入ってきた。「オジャマシマス」さっきの強盗よりも明らかにコワイ!だがアマミはこれには驚かなかった。「なんだ、アンタかい」「我をオバケ呼ばわりとは無礼な客だな」

「何の用だい」アマミがユノミにチャを淹れ、ビーストに勧めた。ビーストはフロシキを開き、目の前に破壊されたサイバーバトーキンの残骸を広げた。そしてタタミ上に正座し、ユノミを受け取り一口すすり、一息ついて、言った。「修理を頼みたい」「無理だね」「無理か」「アンタ目が見えないから分からんかもしれんが、これはもうオタッシャだ」

「作り直そうにも、今サイバー馬の廃材が無い。この際、無難にギタリストにでも転向したらどうだ」「職人が言うか」「こんなヘンタイ楽器を使っている奴がどこにいる」そう言いながら、アマミは携帯端末で何処かにIRCメッセージを送った。「間が悪かったな、さっき財産を奪われたところだ。高くつくぞ」

「感謝する」ビーストはチャを飲み干して立ち上がり、……それからしばし逡巡してから、何かをアマミに投げ渡した。「何だ」掴む。それは強盗に渡したはずの革袋だった。「支払いのつもりかい」「ある高僧曰く、ブッダは悪人こそ救うらしい。救われる気はない」「あんたバカだね」アマミは笑った。「ありがとよ」

アマミの工房からの帰り道、ビーストは『一切空海』とプリントされたガマグチを取り出し、無い耳元で振ってみた。応答は無い。先ほどのドンブリ会合でちょうど使い切ったのだ。「アンタイブッダが清貧とはジレンマだ」修理の完了までに、彼はカネを稼がねばならぬ……恐らく、ニンジャの仕事で。

【続く】

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