【テンパード・スティール、ランパート・ディール】#1

◆ノー・カラテ、ノー・マネー◆

ネオサイタマ繁華街。もう日付も変わろうかという深夜であっても、厭らしいほどのネオンの明かりと人々の騒がしさは失われない。来る明日を少しでも遠ざけようと、サケとオイランとドラッグで今日を延長する。こういった単調減少的生活は、この街にいる人間殆どに共通する。

では、ビルの入り口ドアを開けて現れた、ギターケースを背負ったこの筋肉質の若者はどうだろうか。ドアに貼られた『営業が再開です』貼り紙が目に入り、彼は満足げに頷く。彼は今先ほどまでこのビルに入っているライブハウス、「カナトコ」で演奏を行っていたのだ。運よく営業再開初日での飛び込みに成功した。

「ヨォ」カナトコ向かいのベンディングマシンに背を預けていた逞しい男が、ギターの男に声をかけた。「良かったぜ」「だろ、あの曲は俺のフェイバリットだからな」演奏後の体は汗ばみ、それすら清々しく感じる。「いや、お前の歌もだ。サスガの声量、シビレタ」「ドーモ、ジューテイオン=サン」

彼らは今日、偶然同じライブハウスに居合わせた。一方は演奏者として、一方は聴き手として。「折角だ、呑みにでも行くか!」ジューテイオンは快活な笑顔を見せる。「アー」対して若者は複雑な表情だ。「どうした、都合悪いか?」「……財布がな」「なら奢ってやる!いいモン、見せてもらったしな!」

二人は夜の街を並び歩く。「テッコジョ、知ってるか?カソセで最近やってる」「ああ、音は荒いが、嫌いじゃないな」「そうだよな!」二人はともにニンジャであるが、共通の趣味であるメタル音楽によって結びついている。「安いオイランアルヨ!オニーサン!」怪しげな呼び込みが声をかけてきた。ジューテイオンが一睨みで黙らせた。

「行く店はあそこでいいな?」「オニーサン、デフォルメオイランムービー!」ジューテイオンが一睨みで黙らせた。「あそこか、久しぶりだな」「フォビドゥンマイコサービス!オニーサン!」ジューテイオンが一睨みで黙らせた。「実は俺もだ」「ワレ・オセンベ」ジューテイオンが一睨みで……「アン?」

「どうした……」若者はジューテイオンに振り返ろうとして、足下に転がっていた『ドーモお茶』缶を見た。お茶?目を向けるべき場所が違う。気づいた時には既に遅かった。彼の視覚・聴覚全体が磨りガラスめいてぼやけ、一方で周囲の特定の情報だけがはっきりと流入してくる。『ドーモお』『ひ』『サシ』……「ンラァーッ!」

大声で気合を入れることで、邪悪な術中から抜け出すことに成功した。周囲の人々が耳を押さえて通り過ぎていく。ジューテイオンを振り返り、そして彼の視線の先を見る。ニンジャ。金の長髪に黒の目隠し布、病的な白に粧された肌。「ドーモ、ブラッディスウェット=サン」嗄れた声のアイサツ。知った人物だ。「ブルータルブラインドビーストです」

「ドーモ、ブラッディスウェットです」「ジューテイオンです」「ドーモ、ジューテイオン=サン」変則的なアイサツが交わされる。「いきなりジツにかけるってのは、何のつもりだ」苛立たしげなブラッディスウェットに、ブルータルブラインドビーストは手に持った袋を示した。「オセンベを売っている」

【AAAHDDUB】

繁華街の喧騒を避けた路地裏に、パブ『水面』はある。蠱惑的な女店主が客の心を捕らえ、しめやかなアトモスフィアに酔わせ、溺れさせる。それゆえ奥ゆかしい知名度にかかわらず、人が絶えることはない。今も、ジャズ・ヴィブラフォンの録音演奏に浸りながら、数組の客が今日を延長している。**
**
その中に、異様な三人組がつくテーブルあり。筋肉と筋肉と金髪。彼らはバリボリと何かを噛み砕き、好みの飲み物で流し込む。「持ち込みはシツレイじゃないかしら」妖艶な店主が顔をしかめた。「スマン、ウェットランジェリー=サン、でもこれ割といける」ジューテイオンが頬張りながら詫びた。

彼らが食べているのは、売れ残りのオセンベだ。「なんでオセンベなんか売ってたんだお前」ブラッディスウェットはもう一枚つまむ。「否。割って、売ったのだ。オセンベとはもともと平安時代にコウボウがだな」店で一番安いサケをちびちびと減らす。「なんでだってんだオイ」「……反聖戦の軍資金が足らぬのだ」

「この店には様々仕事が集まる。だが店に入るにはカネが必要だ」ブルータルブラインドビーストはガマグチを振った。少しのトークンの音。「おまちどおさま」ウェットランジェリーがジューテイオンの料理を運んできた。「そろそろオセンベしまいなさいな、湿気るわよ」「肉だ!肉来たぞオラ!お前ら肉食え!」

二人がオセンベを片付けている間に、ジューテイオンは豪快に特大骨付き肉に食らいつく。「ウマイ!これは俺が大好きな肉だ!」肉汁とかが凄い。「ジューテイオン=サン、それスゴイ高え肉」「ニンジャの年季の違いってヤツだな!ウマイことやればウマイものが食えるわけだ。お、そうだ」高い酒を飲み干し、「お前らに合う仕事見繕ってやるよ」

「エッ」「カネ足りねえって言ってたろ、お前も!カネが無いとライブハウスにも行けねえ、お前が聴けねえ、俺が死ぬ。わかったか」ジューテイオンはひととおりまくし立て、そして二人を観察し始めた。「ニンジャの仕事ってのは命懸けだ、身の丈を知らねえサンシタから死ぬ。あとカラテの無いヤツだ」

カランカラーン!そのとき、ドアが勢いよく開き、新たな客がやってきた。身長3mはあろう、巨大な……なんと、女性だ。片脚はさらに巨大なサイバネ置換がされており、歩く度に店が揺れるよう。「いらっしゃい、トランプラー=サン」「ドーモ、ウェットランジェリー=サン。早速だが、ヨージンボを探してる」

「ヨージンボ」立ち上がりかけたブルータルブラインドビーストを、ジューテイオンが頭を掴んで座らせた。「お前、見た感じカラテ無いだろ。なら無理だ。こういうのは」そしてブラッディスウェットの方を見た後、声を張った。「オーイ、トランプラー=サン!こいつとかどうだ!カラテ野郎だぜ!」

声に気付いたトランプラーがゆっくりと歩み寄る。威圧感!「オイ酔ってんのかジューテイオン=サン!」「トランプラー=サン、ビズ内容は」「オイランの護送、その護衛だ」「じゃあ護送車の防音は万全にしろよ」「了解だ」「了解じゃねえ!」水面に声が反響し、店主がじっとりと声の主を睨めた。

トランプラーはブラッディスウェットを見下ろした。「冗談はさておき、この若造を推薦とはどういうことだ。私としてはジューテイオン=サン自身が来てくれた方が安心なんだが」「この若造はタダの若造じゃねえ、メタルの解る若造だ。つまりカラテが強い」ジューテイオンの手の下で金髪がもがいた。

「ブラッディスウェット=サン、と言ったか」トランプラーの視線がブラッディスウェットを貫く。多少酔いが回りかけている彼も、その眼にはシリアスを感じた。「ジューテイオン=サンの実力は確かで、まあ理屈はどうあれ、その目も信用できる。ならば、これだけ聞くぞ。己のカラテに自信はあるか」「ある」ブラッディスウェットは即答した。

「フッ」トランプラーは少し笑ったように見えた。「場所を変えてブリーフィングだ。ウェットランジェリー=サン、個室空いてるか」「どうぞ」トランプラーは店の関係者用ドアの方へ歩みだし、「ついてこい」とブラッディスウェットにジェスチャーした。ブラッディスウェットはそれに応える。

「あ、そういえばこの後俺予定あったんだわ……、勘定」ジューテイオンも立ち上がり、万札を数枚店主に渡す。「釣りは要らね……いや、やっぱり貰っとく」「ハイハイ」ウェットランジェリーが釣銭を用意している間に、ジューテイオンはブルータルブラインドビーストに向かって声を飛ばした。「あー。後はガンバレ」

十数分後、先ほどのテーブルには金髪だけが残されていた。携帯端末が震えた。IRCメッセージが二件。『BBB:Mass 歌詞は予定通りできそうだ 完成日に合わせようぜ』『SMSN:Amami サイバー馬パーツ発注 高いぞ 修理完了3日後な』「アアアダブ」彼はテーブルに突っ伏した。

【続く】

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