【テンパード・スティール、ランパート・ディール】#2

◆リーヴィング・ビューティ◆

「イヤーッ!」危ういほどに美しい光を纏った剣が振り下ろされる。狙われた存在は身を翻し、かわした。「いい、いいね。お前はなかなかいい!」回避者は恍惚として声を漏らす。「何だよ!僕は君なんかと戦う理由は無い!」凛とした少年めいた声は苛立ちを孕む。声の主の手には、闇に煌めく赤光を帯びた絢爛な剣だ。

「何故、何故お前は自覚していない!?お前は芸術的だ!」ツナギ装束のニンジャは大袈裟に両手を広げる。装束には絵の具による汚れが見える。「つまり作品に、私の作品に貢献する義務がある!」「あるわけないだろ!イヤーッ!」剣が夜を赤く切り裂く!だが、またも切り裂いたものは夜だけだった。

「アーッ!なんで当たらないんだよ!」蒼い目の美少年の顔が二度歪む。初めは苛立ち、次は苦痛。剣を握る右手人差し指に、いつの間にかペインティングナイフが突き刺さっている。「グワーッ!」鮮血!「アーッ!」恍惚!「ヘンタイのくせになんてワザマエだ」「ハハ、お褒めに預かり光栄だ!」

少年の視界が揺らぐ。もうどれだけ戦い続けているだろう。疲労が蓄積している。いかなニンジャといえど、体力は無限ではない。まして、こんな奇妙なニンジャに絡まれている以上、精神的にも限界が来る。敵ニンジャは奇妙な文言を吐き出し続けている。不快だ。「僕には大事な用があるんだ……!」

「イヤーッ!」少年は素早く、ナイフの刺さった自らの指をケジメした。痛みによる意識の覚醒。そしてそのまま逃走を図る。「……ああ!待て、待て!」胡乱なツナギのニンジャは演説をやめ、それを追う。ガチャガチャとヘルメットが音を立てる。それは古代ギリシアの男根モチーフめいた意匠であった。

だが少年の逃げ足は予想外に速く、ツナギニンジャは彼を闇に見失った。「なんとしても、なんとしても手に入れないと」彼は芸術的な美しさを持つニンジャであった。青い瞳、よく通る凛とした声、赤光の剣。彼こそ、未だ辿り着けぬ己の作品の完成形への鍵。そんな根拠の無い直感を、彼女、ビジュツケイは盲信していた。

彼女はウバイ・クランなるニンジャ盗賊団の一員であり、並々ならぬ創作衝動を内に宿すニンジャである。彼女は偶然、夜のネオサイタマの裏路地を歩く少年ニンジャをニンジャ視力に捉え、その一瞬後に捕獲を試みた。相手が抵抗したためにイクサにもつれ込んだ。そして、今逃げられた。欲求不満だ。

昂った創作衝動を持て余し、装束に収納された無数の画材から幾つかを取り出す。紙もある。絵の具は無限。ビジュツケイは道端に座り込む。急速に街の騒がしさが遠のいてゆく。人々の雑談。嫌に耳に残る広告音声。誰かと誰かのアイサツ。ノイズ。それらはもはや認識されない。彼女の今にはただ、芸術だけがある。それ以外はすべて、消えていく……。

「……これ、アイツだよな。ビジュツケイ=サン」「そう感知しているが」地面に這いつくばり絵筆を振り回す男根ギリシア風ヘルメットのニンジャを見つめる者が二人。どちらも特徴的な嗄れ声だ。「そのソウル感知、実際便利だ。俺のこともわかったんだろ?」「ウム」「テキナシつけてねーのにな、これでお前がカラテ強者だったらどれだけ厄介だったか」

嗄れ声の女性的な方が続ける。「ビジュツケイ=サンっていやあ、ウバイ・クラン……畜生、嫌なことを思い出す」彼らは以前、ビジュツケイ属するウバイ・クランと、一戦交えた。故に多少の因縁があるのだ。「無防備にもほどがある。この際、今のうちに殺しておくか」女性はカラテを構える。「待て」だが金髪の方が制した。「何だよ」「忌まわしき甘言が下る、備えよ」

【AAAHDDUB】

「しかしオイランの護送ってどういうことだよ」「うちの店のナンバーワンが引退する。ひと財産築いたからネオサイタマ郊外でインキョだ」ブラッディスウェットとトランプラーは水面の個室から場所を移し、非合法オイラン出張サービス店『ウェルカム床』の店舗内応接室で最終ブリーフィングを行っていた。

「インキョ、なあ。でもナンバーワンだとしても護衛にニンジャってのは」トランプラーはブラッディスウェットの言葉を遮るように、一通の物理手紙を見せた。『引退オメデト、そして夜に君をイタダキマス』「昨日届いた。弱いがソウル痕跡がある。ニンジャによるものだ」手紙裏面にはハンコが押されていた。『エンデューロ』。

「エンデューロというニンジャが客にいた記録はない。能力も未知数だ」「エンデューロ……俺も知らねえな」そのとき、ドアがノックされた。「ドーゾ」トランプラーが声をかけると、静かにドアが開き、若く嫋やかなオイランがエントリーした。「ドーモ、コノメドスエ」「ドーモ、ブラッディスウェットです」

「彼女が護送対象だ」非合法ビズに関わっている影の存在に関わらず、彼女のその立ち振る舞いの奥ゆかしさはキョートめいている。ブラッディスウェットは努めてその豊満な胸を見ないようにした。「まだ若いのにもう引退なのか」「それだけ稼ぎがいいってことだ。試してみるか?」「ンラーッ!」「冗談だ」

「それに予約も埋まっている」トランプラーはブラッディスウェットにスケジュール帳と携帯IRC端末を持たせた。「エッ」「コノメ=サンの引退は今日24時。それまでお前がボディガードだ。私では目立ちすぎる」ブラッディスウェットはスケジュール帳を開いた。隙間なく埋まっている。「エッ」「ヨロシクドスエ」

最初の予約相手の待つ退廃ホテルへ向かうべく店を出た二人を、ネオサイタマの薄い朝日が出迎えた。「こんな朝っぱらから予約あんのか」「最終日ですから。お話だけされる方もいます」「アー……」「音楽をされているのですか?」コノメが彼の背のギターケースを見て問う。「ンアア、メタルをな、ちょっと」

「メタル……」コノメは黙り込む。「アーわかんねえか、なんかすまない」「暗い都市部」「エッ」コノメが呟いた言葉を、彼のニンジャ聴力が捉えた。「暗い都市部とか、深み朱色とかですか」「知ってんのか」「ハイ」「意外だな」「私もたまに暴れたくなるんですよ」コノメは悪戯っぽく微笑む。

コノメはメタル・ニュービーながら、ブラッディスウェットと話が合った。感性や趣味の面だ。さすがに一部ライブハウスでしか活動していないマイナーなテッコジョなどは知らなかったが、彼女は興味を示した。それを心地よく感じると同時に、職業病的リップサービスなのではと勘ぐっている自身を自覚し、考えることをやめた。

辿り着いた店の裏手の駐車場、二人は武装オイラン護送車に乗り込んだ。傍目には運送トラックのように見える。車両後部には快適なオイラン休息用スペースがあるが、コノメは助手席に座った。今日だけだと言った。考えることはやめた。「行くか」「はい」ブラッディスウェットはハンドルを握りこんだ。

【続く】

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