【テンパード・スティール、ランパート・ディール】#3

◆ビジネス・ウォー……ビギニング◆

ビジュツケイは49枚目の「彼」の絵を破り捨てた。「アーッ!やはり!やはり実物が無くては!」懐から新たな画用紙を取り出そうとして、ストックが切れたことに気づく。そして急激に世界を取り戻し、自身が見知らぬ簡素な部屋にいることを知った。「サップーケイだね」「飾れど見えぬものでな」

声の主は部屋の主であった。「ドーモ、ブルータルブラインドビーストです」「ドーモ、ビジュツケイです。何故私はここに居るのかな」「あの後、忌まわしき法雨が降ったのだ」彼女は装束が湿っていることに気づいた。「お前が私を運んだってこと」「配慮はした」部屋の隅で、足を伸ばし座る女性に目がいった。

「ン、目が覚めたか。ドーモ、インコンパラブルです。運んだのは俺だ、感謝しろ」女性は欠伸しつつアイサツした。「ブルータルブラインドビーストに、インコンパラブル……フーン、あのときいたね?」「いた」「ではおかしいね。記憶ではお前たちとは敵同士だったと思うけど」「それで間違いない」

昨夜……といっても日付はとうに変わっていたが、偶然出会った嗄れ声の二人は、道端で狂ったように少年の絵を描き続けるビジュツケイを見つけた。その直後、ゲリラ重金属酸性雨が降り出したにもかかわらず、ビジュツケイは雨に打たれながら描画をやめなかった。ブルータルブラインドビーストが提案し、彼女をアパートに運んだ。

「運んだ理由に興味があるわけでもないから、いい」平静を装いつつも、ビジュツケイは身体に違和感を覚えていた。雨の影響か、『肌が荒れている』。幸い、ヘルムは取られていないらしく、気づかれてはいない。「風呂か?向かいにセントーあったぜ」インコンパラブルが声をかけた。「ああ、アリガト」

ビジュツケイが足早に部屋を出て行くと、インコンパラブルは破り捨てられた無数の絵を丸めてゴミ箱に捨てた。あふれかえったので足で押し込んだ。「ガサツな」「うるせえ。どうするつもりだったんだ、アイツが襲ってきたら」「幸い、奴には我のジツが効く。カラテは任せるつもりだった」インコンパラブルは溜息をついた。

ブルータルブラインドビーストのボンノ・ジツは、対象の認識を操作し、特定のモノに注意を向けさせたり、逆に注意を逸らしたりすることが可能だ。当然、精神ファイアウォールの強固なニンジャに対しては効果が薄い。だが、偏執的に一つのことにのめり込むタイプのニンジャに対しては、実際かなり有効に働く。

「創作ニンジャ同士のシンパシーってか」「エンパシーだ」「どっちでもいい。もう日も昇ったし、俺は帰る」彼女はビジュツケイの油断ならぬカラテを警戒し眠っていなかったのだ。「助力、有難かった」ブルータルブラインドビーストはアンタイ合掌し謝意を示した。「ああ、カラテのある方のメタル野郎にもよろしくな」彼女は部屋を出て行こうとした。突然ドアが崩れ去った。「エ」

目の前で消失したドアの向こうに、ビジュツケイがいた。彼女は床に堆積したドアの残骸を、自らのジツで瞬く間に木材に再構築した。そして驚嘆すべき手際とニンジャ器用さで、独自の美麗な装飾の施されたドアを完成させた。ワザマエ!「うん、まずまず。部屋のサップーケイとはミスマッチで芸術性がある」

ビジュツケイは頷き、新調したドアを取り付け、再び入室した。「ドーモ、あれは心ばかりのお礼とでも思って欲しい」「賃貸なのだが」「気にしない。それより、探しているニンジャがいるんだけど」どこで描いていたのか、懐から肖像画めいた似顔絵を取り出す。「ハッピープリンスという芸術的なニンジャだが」

「知らねえな」インコンパラブルはまたも欠伸した。「そう、それでだ。探すのを手伝ってくれないかな」ビジュツケイは二人に問う。ヘルムから覗く目はシリアス。「勿論だよ、タダとは言わない。報酬を出せるだけは資産があるものでね」ブルータルブラインドビーストに目があれば光っただろう。「了解した」

【AAAHDDUB】

この時間に営業している退廃ホテルはそう多くない。ブラッディスウェットは車を走らせる。「アー、曲かけていいか?」「深み朱色がいいです」「よし」CDをコノメに渡し、カーオーディオに挿入させた。爆音の『火消』が流れ始めた。ブラッディスウェットが音量を下げた。コノメが上げなおした。

「ホテル近辺に着いたら止めてください、あとは徒歩で向かいます」「着いていくか」「いえ、男の人と一緒にいるのを見られると萎えるお客様もいるので」「面倒くせえな」「ビジネスのルールみたいなものです」そしてコノメはブラッディスウェットをまじまじと見つめ、「女装します?」「ヤメロ」「冗談です」

「でも、似合うかもしれませんよ?髪とか綺麗。ご自分で編まれたのですか?」「ああ、そうだ!」「休憩スペースに替えの衣装がありますけど」「飛ばすぞ!掴まってろ!」「ンアーッ!」ブラッディスウェットはスピードを上げ、荒々しい運転でホテル近くに到着、停車。「気をつけて行ってこい!」「ウー」

「調子が狂うな……ナンデあんな」車内に一人となった彼は、コノメがホテルに入るのを見届けてから、ハンドルを再び握った。自宅にギターを置いて、ついでに別のCDを持ってこようと思ったのだ。「深み朱色と……暗い都市部だったか?」助手席ドアが開いた。「それなら暗黒鮪飛ぶもだな」ジューテイオンがそこにいた。

「暗黒鮪飛ぶか、なるほどな」ブラッディスウェットは納得し、「で、ナンデいるんだジューテイオン=サン」ジューテイオンはホテルの通りにある焼肉屋チェーン『サンチョク』を指差した。「あの後帰ったかと思ってたら、まだ食ってたのか」「美味かった」ジューテイオンは助手席に勝手に乗り込んだ。

「ビズの調子はどうだ?彼女とヨロシクやってたようじゃねえか」「余計なお世話だ。ナンバーワンオイランなんだ、誰とでもヨロシクするだろ」ジューテイオンはカーオーディオを指さす。『燃焼する』が再生中だ。「けっこう激しいの聞いてるじゃねえか」「俺の趣味だ、放っておいてくれ」ブラッディスウェットは再生を止めた。

「それに、ビズはまだ始まったばかりだ」「てぇことはホットスタートだな」ジューテイオンがサイドミラーを指差した。後方から迫るヤクザベンツ、乗り手は一様に同じ顔。クローンヤクザだ。窓から出された手にはこちらを向くチャカ・ガン!「クローンヤクザ?ナンデ」「狙いはオイランか、あるいは……車出せ!」

ブラッディスウェットはアクセルを踏み込む!発車と同時に、クローンヤクザ達が発砲!「ザッケンナコラー!」BLAMBLAM!弾丸は外れ地面に。明らかにタイヤを狙われている!「朝っぱらから何だよ!」「前からも来るぜ!」2台目ヤクザベンツ!乗り手はやはりクローンヤクザ!「クソッ!」「ザッケンナコラー!」

BLAMBLAM!「ンラーッ!」ブラッディスウェットはハンドルを切る!道路にタイヤ跡を焦げ付かせながら90度回転!護送車の側面装甲は凄く硬く、両側からの弾丸を弾く!そして転回の勢いのまま、車両側面でぶつかりに行く!「ンラーッ!」KRAAASH!重衝撃!「グワーッ!」2台目無惨!

これぞブラッディスウェットの持つもう一つのカラテである。彼のニンジャ運転技術により、その車両は鋼鉄のカラテ戦士と化す。「やるじゃねえか!」ジューテイオンが歓喜に叫び、カーオーディオを再び再生した。『燃焼する』のハイテンポに乗せ、オイラン護送車が狂い舞う!「イエー!」

「もう一台はどうする!」「こうだ!ンラーッ!」ハンドルを切り、無理矢理さらに90度回転!もう一台に真正面から突っ込む!「でも正面はマズくねーか?」実際マズイ!敵の銃口はフロントガラスを向く!直接運転手を狙う気だ!「ンラーッ!」ブラッディスウェットはハンドル横のボタン群から『鼻上げ』を選び、押した!

車両に搭載された平衡維持機構を利用し、車両重心を後方へ移動させる!更にアクセル・ブレーキが自動制御される!結果としてもたらされるものは、超重量級車両の意図的ウィリー状態!「すげえ!」ジューテイオンは眼下のヤクザベンツを見た!「ンラーッ!」前輪でトランプル!「グワーッ!」ヤクザベンツ無惨!

「片付いたか!」ブラッディスウェットは汗を拭う。後方に二台の潰れベンツ。緑の血。巻き込まれた通行人などは無し。場所と時間帯が幸いしたか。「狙いは何だったんだ、奴ら」「さあな、それよりもだ」ジューテイオンはオイランスペースを覗く。「酷いもんだ。掃除が必要だな、付き人さんよ」「畜生」吐き捨てる。

「しかし早朝から狙ってくるとはなぁ」ジューテイオンが窓から顔を出し周囲を見渡す。「人通りは少ないにしろ、大胆が過ぎるぜ」「どっかのヤクザクランか?」「見られても困らない連中ってことも考えられる、メガコーポの連中とかだ」ジューテイオンの言葉はシリアスだ。「一応オイランの彼女には黙っとくか」「わかった」

【AAAHDDUB】

インコンパラブルはガレージで目を覚ました。あの後ブルータルブラインドビースト宅から帰り、すぐにフートンに倒れこんだのだ。「もう昼か」ガレージに格納されているのは彼女のサイバネ外骨格装甲、テキナシMKα。「終わりました!マム!」整備クルーの一人が報告に来た。「ご苦労、確認する」

インコンパラブルはテキナシを着装した。彼女はこれにより、3m近い鋼の身体を得る。「イヤーッ!」右腕モーター良好。左腕関節各部良好。カラテブースター出力良好。装備異常無し。カラテ栄養素定期供給機構異常無し。高揚感、「遥かに良い」インコンパラブルは装甲の下、密かに口元を歪める。

インコンパラブルは巨体を追い求める。それは彼女の意思か、或いは別のものが混濁しているのか、彼女自身すらそれは分からない。確かなのは、こうしてテキナシの身体を動かしているときの高揚感と充足感だ。生身で戦えないわけではない。だが巨体で戦いたいのだ。それを人に狂気と評されたこともある。

インコンパラブルは巨体を追い求める。今はこのテキナシに満足している。だが、もし、いつしか、この大きさにすら昂りを感じなくなってしまったら?自分は何を目指している?何を求めている?何故、自分はこうして生き返り、今も……否、これ以上は不要なセンチメントだろう。「マム!」声がする。

「マム!お客様です!」「通せ!」整備クルーに案内され、サラリマンらしき男がガレージにエントリーした。「ドーモ」ヘコヘコとオジギする彼は、インコンパラブルを明らかに恐れている。「名刺をお渡ししたいのですが」「そいつに渡しな」巨大な左手でクルーを指差す。巻き起こる風!「アイエエ!」男のカツラが飛ぶ!

サラリマンはカツラを戻し、改めて自己紹介を済ませるとビズの内容を説明しはじめた。「貴方をフリーランスのニンジャと見込んで、頼みたい仕事があるのです」サラリマンは全身から汗を噴き出させ震えている。ニンジャと対峙するモータルなら、誰もこんなものか。だがそれにしても妙に緊張しすぎではないか?インコンパラブルは引っかかりを覚えた。

「で、内容は」「襲っていただきたい集団がいるのです」「襲う?殺さねえのか」「殺していただいても構いません」「面倒くさい言い方だな。で、ターゲットは」一呼吸おいて、サラリマンは言った。「非合法オイランサービス店、『ウェルカム床』一味。今日、24時に」

【続く】


◆おまけ◆

登場人物が増えているので簡単な一覧です。すみゆ忍のみ。

《すみゆ忍》
ブルータルブラインドビースト
 アンタイブディズムブラックメタリストニンジャ。金髪。ノーカラテ。素寒貧。
ブラッディスウェット メタリストニンジャ。筋肉。カラテ有。
ジューテイオン メタリストニンジャ。元ソウカイヤ、現フリーランス。筋肉。カラテ強者。
ウェットランジェリー パブ『水面』店主。妖艶。
トランプラー 非合法オイラン出張サービス店『ウェルカム床』ヨージンボ。ビッグニンジャ。右足が巨大なサイバネ。
ビジュツケイ ウバイ・クラン所属。男根ヘルムとツナギ装束。カラテ強者。
インコンパラブル フリーランス。テキナシMKαなる巨大サイバネ外骨格を持つ。
エンデューロ ??????
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