【テンパード・スティール、ランパート・ディール】#4

◆インタビュー・ウィズ・ニンジャ◆

二件も仕事をこなすと、日は高く昇っていた。「昼メシはどうしてるんだ」ブラッディスウェットは助手席のコノメに問う。「オーガニック・トロマグロスシを一度に二つ」彼は顔を顰めた。「嘘です。ドンブリ・ポンなどで済ませています」「庶民的で有難いな」ブラッディスウェットは近場のドンブリ・ポンへと車を走らせる。

カーオーディオからは暗黒鮪飛ぶの『歪み鮫』のアコースティック・ギターソロが流れていた。ジューテイオンから借りたCDだ。「……このバンド好きかもしれません」「だと思ったんだよ!暗い都市部から思想の影響を受けてて、深み朱色のパワーも継承してるんだ。でも二番煎じにしない独特の感性がある」

ブラッディスウェットは結局、コノメと問題なく打ち解けていた。面倒な事件に巻き込まれている警戒が、コノメに対して引いていた一線を掻き消してしまったかのようだ。それに、メタルの話となれば黙っていられないのが性分だ。この日一日の付き合いに、同好の士と出会えたことが何より嬉しかった。

数分後、彼らは無残に破壊されたドンブリ・ポン店舗前に停車していた。「畜生!どうなってやがる」「トラック事故があったみたいですね」数人のマッポが『外して保持』テープを持って歩き回っている。「くそ、別の店行くか」ブラッディスウェットは車を出そうとした。「ちょっと待ちなさい」突然、窓をノックされた。

ノックしたのはマッポの一人だ。窓を開ける。「何だ」「アンタたち何者かな、そんな車」「ブツリュ・トラックだ。名刺出すか?」トランプラーから受け取った偽の名刺を渡す。「フゥーム、ツブシ運送のアセチ=サンね?あ、ちょっと音楽止めて」ブラッディスウェットは渋々曲を止めた。

「フゥーム」マッポは護送車に視線を移す。助手席にはオイラン装束のコノメがいる。彼女は察してか、いつの間にかシート下、ブラッディスウェットの足下に潜り込んで隠れていた。車両窓には特殊加工シートが貼られており、中の様子は見えづらくなっている。が、開いた窓から覗き込まれれば流石に気づかれるだろう。

もしコノメに気づかれても、己の職務態度の不真面目ということで何とか誤魔化せるか。タイヤや車両側面に残る微かな赤い血に気づかれればオシマイだ。殺すか?否、それはトランプラーに迷惑をかけかねず、オイラン護送任務にも支障が出るだろう。額を冷や汗が伝う。何とか穏便に切り抜けるのだ。

「運送屋なら、これナンデ?」マッポは車両側面を見る。ヤバイ。「ナンデ会社名書いてないの?」「緊急運送で車両が足りなくて、レンタカーなんだよ」用意していた言い訳だ。「何運んでるの?」「オーガニック食品!緊急って言ってるだろ?行かせてくれよ」「フゥーム」妙に粘る面倒なマッポだ!

「ここで昨日の昼過ぎに起きたトラック事故知らないかな。タッキュビン社のトラックなんだけど」「知らねえ」「運転手が自我崩壊状態で発見されてね」「知らねえ!」予定が詰まっている。昼食を手早く摂って、次の退廃ホテルへ向かわねばならない。焦りと苛立ちが暴力衝動を増大させる。危険な状態だ。

そのとき、ブラッディスウェットはマッポの手に新しいケジメ跡があることに気づいた。これに賭けるか。「お巡りさん、名刺か何かくれねえかな」「エッ?」「延着証明というか、免罪符というかさ。ほら、俺が遅刻したらケジメ案件だからな?それはお巡りさんの責任だろ」「アイエエエ?それは」

ブラッディスウェットは確信する。押し切れる。「オーガニック食品、ワカル?高級品でカチグミ料亭に運送するんだよ。俺も指二本か三本ケジメしなきゃならねえだろうけど、一本くらいはお巡りさんの責任だろ?」初ケジメ後の人間は己の失態に敏感になる。これ以上失いたくないからだ。「アイエエエ」

目を逸らしたマッポは何かに気づいた。店の前にいる金髪のブラックメタリストに目を向ける。「流石に翌日に再開とはいかぬか」ブラックメタリストは踵を返し立ち去ろうとする。「ちょっと待て君」マッポはその男の方へ駆け寄っていった。「目撃証言があるぞ!昨日ここにいたな?」「人違いだ」

「なんだかわからねえが今のうちか」マッポがブラックメタリストに気を取られているうちに、ブラッディスウェットは静かに車を動かし、その場から離れていった。あそこにいたのは紛れもなくブルータルブラインドビーストだったが、無視することにした。さっきの怪しげなジツ行使の気配も無視だ。今はビズ中なのだ。

走り去る護送車を影から見つめる存在が二人。少年めいた風貌のニンジャと、ミラーゴーグルをつけた細身のニンジャだ。「今行ってはいけないのか」「バカ!彼女はまだビジネス中だぞ!邪魔をしてはいけない」少年は昼食のヨーカンを齧る。もう一人もヨーカンを口に含み、顔を顰めた。「うまくない」

「要らないなら返せ、勿体無い」少年はヨーカンを奪い取り、一口に頬張った。「ウンマーイ」「趣味が合わないようだ」もう一人は首を振る。「そうか。分かっているな?引退後、だ。彼女を連れてオキナワに高飛びだ。もう少し手を貸してもらうぞ、エンデューロ=サン」「ヨロコンデー」

【AAAHDDUB】

「イヤーッ!」「アバーッ!」トランプラーのビッグ・カラテが胡乱なヨタモノを壁に叩きつけた。「うちのオイランへの暴力は禁止と言ったはずだ」「アイエエエ!?ニンジャ!ニンジャナンデ!」「サヨナラ・イン・ファッキング趣味か?ファック野郎」ヨタモノは床に倒れ、恐怖で失禁していた。

トランプラーは、昨夜、店のオイランを瀕死になるまで殴りつけた異常性癖者への制裁を行っている。「契約違反については分かっているな」「アイエエエ!カネが無い!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「為せば成る、成らせる方法もある」「アバアイエエエ!!」「腹を括れ」インガオホーである!

『後処理』を済ませた後、トランプラーはIRCを確認した。ブラッディスウェットからの定期連絡だ。コノメは無事。仕事も時間通り進行。金髪が職務質問。「よくやってるようじゃないか」止むを得ない場合の暴力は許可する、但し要報告、と返信した。非合法でやっている身、多少のことなら揉消す後ろ盾はあるのだ。

そのままトランプラーは『水面』へと足を運んだ。「あら、トランプラー=サン、ドーモ」水面はまだ開店していなかったが、「ゴボボボ」路地裏でモヒカンを相手にしているウェットランジェリーを見つけた。彼女のスイトン・ジツにより、モヒカンの頭は宇宙服めいた水の球に包まれている。「ドーモ」

「ゴボボーッ!」モヒカンは足をばたつかせ、手で必死に顔の周りの水を掻き出そうとしている。しかし超自然の力で球状に成形された水は、崩れてもすぐに元の形に戻ってしまう。無意味だ。「ゴ、ゴボボ……」四肢の力が弱まっていく。やがて抵抗する力も無くなり、モヒカンは意識を失った。「あら」

ウェットランジェリーは軽くモヒカンを叩く。「ゴボッ」意識を取り戻すモヒカン。そしてまた暴れ始める。「ゴボボーッ!」「フフフ」ウェットランジェリーは水球に指を突き入れくるくると回す。単なる手慰みだ。モヒカンの足掻きがまた力を失っていき、再び意識を失った。再び叩いてみるが、意識は戻らない。

ウェットランジェリーはジツを解いた。水球が重力に従い地面を濡らす。そして彼女は救急救命プロセスを開始した。「悪趣味なことだ」「可愛いものよ」モヒカンが息を吹き返すと、ウェットランジェリーはそれを放置したまま店へ戻った。トランプラーも続く。「情報が欲しいのよね?」「そうだ、妙な噂などは無いか。ニンジャ絡みでだ」

ウェットランジェリーは酒場の女店主に戻り、手早くチャを立てて差し出す。トランプラーは作法に則り、ユノミを回しながら飲んだ。「護送車がクローンヤクザに襲われた」「ヤクザクランかメガコーポに因縁は無いのね?」「無い。私の記憶の限りではな」チャを飲み干した。「どうもキナ臭い」

トランプラーは万札をウェットランジェリーに掴ませる。「エンデューロというニンジャはどこの所属だ」「フリーランスという説が有力ね。昔はソウカイヤだったみたいだけど」「元ソウカイヤならジューテイオン=サンをあたってみるか」トランプラーは密会を終え、店を出た。「イテラシャイマセー」

店の外で、トランプラーは妙なニンジャと対面した。メンポのつもりか、顔の大半を覆うヘルムを被り、汚れたツナギを着たニンジャだ。「『水面』ならまだ準備中だぞ」「うん?いや、入る気は無いよ。湿っていて肌が荒れるからね。先ほどケアが終わったばかりだ」「なら何の用だ」「人を探している」

【続く】

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