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クリント・イーストウッド監督『愛のそよ風』

 俳優、そして映画監督として不動の地位を築いたクリント・イーストウッド。1971年の『恐怖のメロディ』を皮切りに、監督作を次々に発表してきた。監督・出演を兼任することが多い彼が監督のみに専念した作品がいくつかある。1988年の『バード』、1997年の『真夜中のサバナ』、2003年の『ミスティック・リバー』、2006年の『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』、2008年の『チェンジリング』、2009年の『インビクタス 負けざる者たち』、2010年の『ヒアアフター』、2011年の『J・エドガー』、2014年の『ジャージー・ボーイズ』『アメリカン・スナイパー』、2016年の『ハドソン川の奇跡』、2018年の『15時17分、パリ行き』、2019年の『リチャード・ジュエル』。
 そして、初めて監督に専念した作品が1973年のウィリアム・ホールデンとケイ・レンツ(1974年度ゴールデン・グローブ賞ノミネート)共演のラブストーリー『愛のそよ風(原題・Breezy)』だ。今では必ず劇場公開されるイーストウッド監督作品だが、日本では劇場未公開で、テレビ初放送は1982年5月のフジテレビ『金曜洋画劇場』。ウィリアム・ホールデン=黒沢良さん、ケイ・レンツ=木藤玲子さん、ロジャー・C・カーメル=峰恵研さんというボイスキャストで、廉価版のDVDとブルーレイにはその吹替版が収録され、現在、観ることができる。
 ヒッピーのような生活をするレンツ演じる少女ブリージーが、妻と泥沼離婚し、不動産業を営みながら孤独な生活を送るホールデン演じる中年男性フランクと出会う。最初は自由奔放に振る舞うブリージーに対して冷たい態度を取るフランクだったが、そんな彼女に次第にひかれ、ふたりは恋に落ちる。半同棲を始め、楽しい時を過ごすが、前妻になじられ、旧友にもうらやましがられた彼は分別を取り戻そうとブリージーを冷たく突き放してしまう……というのが物語の流れだ。当初はイーストウッドをフランク役に想定して脚本が書かれたが、自分はまだ若すぎるということでホールデンが演じることになり、監督だけをすることになった。初監督作『恐怖の~』ではサイコサスペンス、第2作『荒野のストレンジャー』では西部劇というジャンルを映画化したイーストウッド監督が第3作に選んだのはラブストーリー。中年男性とヒッピーの少女の年齢差のある恋愛を実に丁寧に、繊細に描いて見せる。初めて海を見に行ったふたりの距離が次第に近くなっていくシーンの美しさ、それまでは少女の顔をしていたブリージーがフランクを愛することによって次第に女性の顔になっていく心境の変化、若い彼女との恋愛に葛藤するフランクの姿など、イーストウッド監督は実に巧みな手腕で浮かび上がらせ、ふたりの会話で終わるラストシーンも実に清々しい。正直、最初はあまり魅力的には見えなかったレンツが映画が進むにしたがってそう見えてくるのもイーストウッドマジックと言えるだろう。さらに、音楽を担当するのはジャック・ドゥミ監督の『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人たち』といったミュージカル作品で有名なミシェル・ルグラン。彼の音楽はゴールデン・グローブ賞にノミネートされ、劇中で何度となく流れるテーマ曲も印象に残る。
 今作では監督に専念したイーストウッドだが、劇中では中盤の桟橋のシーンで白いジャケットを着て海を眺めている男としてほんの少しだけカメオ出演していて、フランクとブリージーが観に行く映画がイーストウッド監督・主演の『荒野のストレンジャー』だったりするなど、遊びも見られる。今から考えると、この映画が日本で劇場公開されなかったのが不思議でならない。小品ながら良作と言えるこの作品が日本でもっと評価されるべきだと個人的に思う。

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