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なぜ財政支出がもっと必要なのか

以下の前回の記事の最後に、現在の日本に必要なのは「国債を将来世代の負担と捉え、政府債務を累積させないようにするためには増税か財政支出抑制が必要」という考え方を放棄し、財政支出を出し惜しみせずに行うことだ、と書きました。

では、なぜ財政支出を出し惜しみせずに行うことが必要なのか、本記事で私見を書こうと思います。

必要な消費やインフラ投資を行うためのお金が足りていない

私がなぜ財政支出が必要だと考えているかというと、国民の生活水準の向上や幸福の増大に必要な消費や社会インフラ(医療供給体制も含まれます)への投資を行うためのお金が現在足りていない、と考えるからです。財政支出を行うことで、そのためのお金が創出されます。

なぜお金が現在足りていないと判断するかというと、現在のGDP(国内総生産)が、労働や資本が最大限に利用された時に達成できる潜在GDPと大きく乖離しており、またインフレ率もほぼ0%という低水準にあるためです。国民にとって必要な消費や投資が十分行われていれば、GDPは潜在GDPに近づき、インフレ率は上昇していくはずですが、現在はそのようになっていません。

潜在GDPと実際のGDPの乖離を「需給ギャップ」といいます。直近の日本銀行の推計を基にすると需給ギャップは約20兆円程度と算出されますが、2020年のGDPは2019年より30兆円程度下がるとの推計もあり、この推計はギャップを過小推計している可能性があります。

2020年度のGDPはまだ分かりませんが、2019年度の約552兆円(実質値)よりも30兆円程度下がるとすれば、約520兆円となります。また、インフレ率(コアコアCPI)の2020年平均は0.2%でした。

このような経済状況を、縦軸にインフレ率、横軸にGDPを取ったAD-AS(総需要-総供給)モデルとして図示すると、下のように表せます(なお、一般的なAD-ASモデルではAD曲線は右下がりになりますが、現在のようなゼロ金利時には右上がりとなる場合があり、ここではそれを考慮したモデルを採用しています。このAD-ASモデルの説明はUniversity College DublinのKarl Whelan教授のスライドが分かりやすいです)。

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財政支出を拡大し、医療供給体制整備を含めた社会インフラへの投資などが行われればAD曲線が右シフトし、この需給ギャップは埋まっていくことになります(下図)。なお、定額給付金などの給付金はGDPの増加には直接寄与しない移転的支出ですが、その給付金によって現在の生活水準を維持し、やがて経済活動が自由に行えるようになった際に消費が増加すれば、それはAD曲線を右シフトさせ、GDPが増加することになります。

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なお、財政支出を拡大しすぎると、GDPは潜在GDP以上は増えませんが、インフレ率のみが上昇してしまうことになります。

アメリカでは大規模な財政支出を行おうとしている

コロナ禍によって需給ギャップが拡大したのはアメリカも同様です。前IMFチーフエコノミストでマサチューセッツ工科大学名誉教授のオリビエ・ブランシャール氏は、需給ギャップを最大9,000億ドル(約94.5兆円)と見積もっています。そこで、アメリカはその需給ギャップを埋めるべく、バイデン政権が1.9兆ドルの財政支出を行うことを予定しています。

しかしブランシャール氏は、すでに行った財政支出に加えると、需給ギャップを超える水準の財政支出となり、インフレ率が大きく上昇することを懸念しています。これは、上記の図のAD曲線の右シフトが大きすぎてインフレ率のみが上昇してしまうということに対応します。

また元米財務長官でハーバード大学教授のローレンス・サマーズ氏も、同様の経済過熱に対する懸念を表明しています。それらの懸念に対してノーベル経済学賞受賞者でニューヨーク市立大学教授のポール・クルーグマン氏は、経済が過熱する可能性はあるが、大したことはない、と述べています。

このように、需給ギャップに対して財政支出の規模(AD曲線の右シフトの度合い)が大きすぎるかどうかについての議論がありますが、とにかくアメリカでは需給ギャップを埋めるべく、大規模な財政支出が行われようとしています。

日本でも大規模な財政支出は可能

アメリカで行おうとしているような大規模な財政支出を、日本でも可能なのでしょうか。答えはもちろんYesです。なぜなら、先日のこの記事でも書いたように、貨幣(準備預金)の創出によって財政支出を行えばよいからです(なお、財政支出を行うためには事前にそのための税収を確保する必要がないことにご注意下さい)。

また、ポール・クルーグマン氏も、「財政的な制約はない(There isn't a budget constraint)」と述べています(補足すれば、アメリカや日本のように自国通貨発行権を持つ国が該当します)。

30兆円以上の需給ギャップがある可能性があり、またインフレ率はほぼ0%の状況の日本では、現在の予算措置ではまだ需給ギャップを埋めるに不十分であると考えられます。日本でも、アメリカのように経済の過熱が懸念されるほどの大規模な財政支出を行ってほしいものです。

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