「新しい経済学」はすでにある

先日、TBSの番組サンデーモーニングで寺島実郎氏が「財政赤字で世界の一番悪い見本が日本。借金というのはあくまで後代負担、つまり子どもや孫に借金を押しつけることになる。新しい経済学とルールが必要」といった主旨の発言をし、Twitterでも話題になっていました(例えばこのツイート)。

発言の前半は、財務省HPに掲載されている「債務の増嵩を伴い、将来世代に膨大な財政負担を先送りしている」という認識に沿っています。それに基づき、財政制度等審議会などでは債務を返済するための増税や、債務を増やさないための財政支出抑制が議論されていますが、このように政府債務累積を問題視するのが「これまでの経済学」の考え方と言えるかと思います。

そのような考え方に代わる「新しい経済学」が必要だ、というのが寺島氏の主張だと(好意的に)解釈したとすると、「新しい経済学」はすでにある、ということを整理したいと思います。

世界は変わった

世界的な低金利水準や、昨年からのコロナ禍が続く中で、財政や政務債務に対してはこれまでと違う考え方に基づく経済政策が必要だ、という問題意識を著名な経済学者が最近表明しています。

まず、前連邦準備制度理事会(FRB)議長で米財務長官のジャネット・イエレン氏は2021年1月、次のように述べています(強調は引用者による)。

 前連邦準備制度理事会(FRB)議長であるイエレン氏は金利に関し、「世界は変わった」と明言。「われわれが現在置かれているような超低金利環境では、経済規模に比較して債務残高が増えても、金利負担は増加しないことを目の当たりにしている」と語った。

また、イエレン氏の発言に関する別の記事では、「これまでの経済学」の考え方に基づいて債務を返済するために財政支出削減を行ったギリシャの政策に対する、IMFのチーフエコノミストだったオリビエ・ブランチャード氏の意見が紹介されています(強調は引用者による)。

IMFは後から振り返る形で判断が誤っていたと認め、幅広い検証作業を実施。当時チーフエコノミストだったオリビエ・ブランチャード氏は、特に危機のさなかで総需要が弱い局面では、財政支出の有効性は際立っているとの結論を下したのだ。
それから数年後、かつて経済学上で異端視されていた、財政支出に以前より広範かつ安定した役割を与える現代貨幣理論(MMT)への注目がより高まるようになり、一方で主流派の経済専門家も政府債務の概念を根本から見直し始めた。
ブランチャード氏もその一人だ。同氏が唱え始めたのは、ある国の金利水準が経済成長率より低い場合-これは現在の多くの先進国に当てはまるのだが-その場合は良い使い道だとみなされる公共投資を手控えるべきではないという考え方だ

「これまでの経済学」の考え方の根拠を与えたとも言えるラインハート/ロゴフ『国家は破綻する』は政府債務の対GDP比率の大きさを問題視し、経済政策にも大きな影響力を及ぼしましたが、現在は経済成長率よりも低い金利水準にあるので、債務残高の増加を気にすることなく財政支出を増やすべきと主張する経済学者が、上記のイエレン、ブランチャード氏をはじめ、増えてきています。

また、そもそも債務(国債)残高が問題なのだとすれば、国債を発行しなくとも貨幣(準備預金)の創出によって財政支出を行えばよいし、さらに国債を中央銀行が買い取ってしまえば実質的に貨幣創出と同じことになることから、政府債務を問題視し、財政支出を抑制することの根拠が薄らいできています

必要なのは日本への適用

上記で見たように、寺島氏の発言にあったような「これまでの経済学」の考え方に代わる、「新しい経済学」の考え方はすでに出ており、現実に適用されようとしています。例えばアメリカでは、コロナ禍に対応するために1.9兆ドル(約197億円)という巨額の財政支出が実施される予定となっており、イエレン氏もこれを支持しています。

つまり今の日本に必要なのは、以下の2つだと考えられます。

・国債を将来世代の負担と捉え、政府債務を累積させないようにするためには増税か財政支出抑制が必要、という「これまでの経済学」の考え方を放棄すること。
「新しい経済学」の考え方に基づき、アメリカに導入されようとしているような、コロナ禍に対応するための医療供給体制の拡充や経済不況対策、さらには(寺島氏が問題視している)格差拡大の是正などのために、財政 支出を出し惜しみせずに行うこと。

 追記:関連記事として「なぜ財政支出がもっと必要なのか」を公開しました。

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