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日米の需給ギャップを見てみる

今回は、以下の前回の記事で出てきた「需給ギャップ」のデータを見てみます。

日本の需給ギャップの推計方法

前回の記事でも紹介したアメリカの1.9兆ドルの経済対策について、ポール・クルーグマン氏がアメリカの需給ギャップ(output gap)に触れた後、それ以上の規模の経済対策を行うことが妥当である旨、主張しています。

このように需給ギャップ(=(実際のGDP-潜在GDP)÷潜在GDP)や、その算出に必要な潜在GDPの推計値は、経済政策を実施する際に参考とする指標となっています。日本では、内閣府、日本銀行が需給ギャップや潜在GDPを推計しています。

潜在GDPの推計方法ですが、内閣府では推計方法が記載されているこの論文によると、潜在GDPを「経済の過去のトレンドから見て平均的な水準で生産要素を投入した時に実現可能なGDP」と定義の上、推計しています。

また、日本銀行では推計方法が記載されているこの論文によると、まず観察される生産要素の関連データから労働投入ギャップおよび資本投入ギャップを推計し、労働と資本の平均投入量の成長率および別途推計により求めたTFP(全要素生産性)のトレンド成長率より潜在GDPを推計しています。

そこで、セントルイス連銀提供のデータベースFREDから入手したアメリカの潜在GDP成長率と、日本の内閣府日本銀行がそれぞれ公表している潜在GDP成長率の、2010年以降の四半期データをグラフ化してみました。なお、アメリカ、内閣府推計は前期比年率換算値で、日本銀行推計は前年比の数値です。

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この図を見ると、アメリカと日本銀行推計の潜在GDP成長率は大きく変化はしていませんが、日本銀行推計の潜在GDP成長率は期間中で大きく変化しています。これは、上で示したように潜在GDPを「観察される生産要素の関連データから労働投入ギャップおよび資本投入ギャップを基に推計」しているので、過去の実際の労働投入量や資本投入量の動きに影響されているためと考えられます。

本来潜在GDPは労働や資本が最大限に利用された時に達成できるGDPであり、労働と資本の上限値が短期間に大きく変化するとは考えにくく、短期間に上下に変動する日本銀行の推計値は経済政策の参考指標として活用するのには課題があるように思えます。

日米の需給ギャップの比較

上記の観察より日本銀行推計は採用せず、内閣府推計の需給ギャップとアメリカの需給ギャップの2010年以降の四半期データをグラフ化してみました。

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何と、日本の方が需給ギャップが小さい、という数値になっています!しかも、需給ギャップ=(実際のGDP-潜在GDP)÷潜在GDPなので、基本的に需給ギャップはマイナスの値をとるはずですが、日本では11年間で18四半期もプラスとなっています(アメリカは2018.1Q~2019.4Qの8四半期がプラス)。つまりこのデータだけ見ると、日本の方がアメリカよりも実際のGDPが潜在GDPに近い、ということになります。

しかし、本当にそうなのでしょうか?アメリカはこの10年間の実際のGDP成長率の平均値は約1.9%、食料及びエネルギーを除く消費者物価指数(コアコアCPI)で見たインフレ率の平均値も約1.9%でしたが、日本は実際のGDP成長率の平均値は約1.3%、コアコアCPIに至っては約0%でした(なお、2010年のGDP成長率はリーマンショックからの回復の影響で約4.1%と他の年よりも高い値だったのですが、その年を除くと約1.0%となります)。前回の記事に示したAD-AS曲線の分析に照らせば、GDP成長率もインフレ率も高いアメリカの方が、潜在GDPに近い経済状態にあると考えるのが自然のように思えます。

このような現象が起こるのは、内閣府の潜在GDPの推計方法にも問題があるためと考えられます。上で書いた推計方法より、潜在GDPは経済の過去のトレンドから見て平均的な水準で生産要素を投入した時に実現可能なGDP、との定義より、潜在GDPは実際の経済状況に影響されて推計されることになります。つまり、実際の経済状況が低調に推移すれば、潜在GDPが過小に推計されることが考えられます。

アメリカの需給ギャップも、上記の記事でクルーグマン氏は2019年の値がプラスとなっていることを疑問視したり、オリビエ・ブランシャール氏もこのツイートで需給ギャップはもっと大きいと想定しているなど、その推計値は過小評価されている可能性があるようです。しかし日本の需給ギャップの推計値は、それよりもさらに過小評価されているのではないでしょうか。

需給ギャップ以上の規模の経済対策を!

需給ギャップの推計値は経済政策を行う際の1つの参照値となり、現在アメリカではそれ以上の規模(1.9兆ドル)の支出が予定されている経済対策についての賛否分かれた議論が行われています。

日本でも同様の展開になることを望みますが、上記の考察より日本の経済当局が公表している需給ギャップは、実際よりもその規模を大幅に過小評価している可能性が高いと私は考えています。日本の場合は推計された需給ギャップ(現在の日本銀行の推計を基にすると約20兆円)を目安とするのではなく、それよりも大幅に上回った経済対策(財政支出)を行うことが、コロナ禍(やその直前に行われた消費税増税)による経済規模の縮小を反転させ、潜在GDPに近づけるために必要だと思います。


※2021年6月27日追記:日本の潜在GDP成長率やGDPギャップのデータの表記が、日本銀行と内閣府とで逆になっていましたので修正しました。お恥ずかしい。。。

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