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【私はマドモアゼル】セプテンバー・セプテンバー

 マドモアゼルはここ数年、毎年この時期に月へ向かう。一年で一番、月が丸くなる時なのでそれなりに人も多いはずなのだが、今年は旅行の流行らない時世。不法投棄やら何やらで通行許可も年々厳しくなっていて、セレブか、チケットの当たったノンセレブくらいしかいない有り様。ゲートの管理を任されている天上人でさえも入場枠が回ってくるのは4年に1回程度だとか。今年、抽選に外れたマドモアゼルは、後ろ足の付け根の大手術が重なってしまった天上人の親友のチケットを使った。後ろめたい気持ちもあったし、旅のパートナーは口も聞いてくれなくなるくらい機嫌が悪くなったが、使わなければ次回以降、優先度「低」のリストに載ってしまうので、複雑な気持ちでも行かざるを得なかった。
 月まではエレベーターとシャトルで30分足らずだが、ステーションから「ルナ・シティ」と呼ばれる月の街までは2日かかる。月にはそれはそれは大きな肉食の兎がいるので、移動する時は彼、彼女達を刺激しないよう、大型の輸送船で10ノット程度で進まなければいけない。今では船内の娯楽施設も充実していて退屈はしないのだけれど、巨人以外は万が一に備えて共用部でのボディスーツ着用が必須で、マドモアゼルは特にこれが苦手だった。ヘルメット内の湿度対策は相変わらず進歩がないし、首の部分の素材がマドモアゼルには合わなくて、タオルを2枚重ねる必要があるからだ。四六時中、エントランスでやっているマジックショーを見ながら気を紛らわすことや、とんぺい焼きの大食い選手権に参加してストレス発散することが、なんとなくルーティンとなっていた。

 ルナ・シティで働いているのは、火星からの移住者が8割、2割は地球人。ちなみに地球人の内訳は天上人が5割、巨人が4割、後はマドモアゼルと同じタイプと小人達。筋力の低下が重力に左右されない天上人、ブロック作りの巨人は比較的生活に支障は出にくいが、その他は身体を壊しやすい。特に小人達は心が断続的に哀しくなってしまうケースが多く、異星間移動に関する研究の長年の課題となっている。
 ちなみに火星人達はルナ・シティに移住して、かれこれ100年近く住んでるわけだけど、その前の50年はひっそり地下に潜って暮らしていた。たまたまシティ計画の為、現地調査に訪れたデベロッパーの地球人と鉢合わせ、交流が始まったんだとか。コミュニケーションもすぐ取れるし、もっと早い段階で接触してもよかったんじゃないか、って話なんだけど、
「いやぁ、なんか恥ずかしくて。地球の生活を望遠鏡で覗いたらさ、自分達みたいに足が36本はキモ過ぎるなって思って。それに酸素が身体に合わないのが分かっていたし。色んな意味で、空気が読めないっていうか、、、」
ってことらしい。
 気さくで気を遣い過ぎる火星人をよそ目にルナ・シティは5年で完成。フィジカルの強い火星人に運営を任せることになったんだけど、遠慮がちな性格の為に、どれだけ意見を聞いても彼らは希望を言わず、結局、地球人仕様の街になったことで、火星にはなかった「風邪」をひくことになってしまった。
「実は、、、」
が口癖で、後出しで相談する火星人達に対して、
「だから聞いたじゃん!」
と天上人が怒るシーンが、未だに街のあちらこちらで起きている。

 マドモアゼルは火星の文通相手と交流する為、ここを訪れる。と言っても、まだ一度も会えた試しがない。毎回待ち合わせをするが、必ずと言っていいほど時間の認識が合わない。しかし、それはマドモアゼルに限った話ではなく、火星では皆、自分の時間で生きている為、個々人と時間の帳尻を合わせるまでには各々、長い人間関係が必要だそうだ。
 待ち合わせ場所として提供される、この空へ細く伸びた透明なパイプ状の施設は「コネクトルーム」と呼ばれている。細長い空間に長椅子が一定間隔で置かれ、向こう側は火星からの輸送船の離発着場所になっている。ルナ・シティに入るには火星人には苦手な「手続き」が必要で、情に厚い割にはめんどくさがりな火星人にとっては、ここでの交流がザラザラした肌に合うらしい。
 敷居も個室もないこの空間だが、不思議と隣の椅子で話している声は聞こえない。どんなに大声で笑ったとしても、楽しそうなサイレンムービーが流れるだけなのだ。だから、思う存分、それぞれの交流を楽しむことができる。ちなみに、24時間、フリードリンク付。
 マドモアゼルは今回も期待せず、炭酸オフのコーラを右手に、予約した番号の椅子に座った。この座席の次の予約は3日後とのことだったので、気長に待つことにした。隣の席ではビシッと決めて赤い花束を抱えた火星人が誰かを待っている。(背筋がどこかはよく分からないけど、)ピンっとして真正面を向いていた。
 案の定、待てど暮らせど相手は来なくて、マドモアゼルはいったんホテルへ帰り、翌朝は早い時間に起きてコネクトルームに向かった。横の(たぶん)紳士は昨日から一切姿勢を崩していなかった。その日の終わり、紳士は突然動き、マドモアゼルの横に座った。
「なんですか?なんでしょう?あなた、サリーじゃないわよね?」
「サリーか。あなたは4ブロックのサリーさんをお待ちになってたんですね。」
 火星は大きい割には4つのブロックにしか分かれておらず、火星人の曖昧さをよく表している。
「サリーをしってるの?」
「ええ、まぁ知ってるというか、火星人は皆、頭の中に火星に住む全ての人の顔と名前を覚えますから。もちろん、直接会ったことはありませんよ。」
「あなたは誰を待ってるの?」
「あ、これは失礼。わたくし、1ブロックのローゼン・ペペックと申します。はじめまして。」
「はじめまして、マドモアゼルと申します。」
「ごきげんようでございます。わたくしは、ユタ州にお住まいの双子の姉妹、ヘレン&エレンと文通をしておりまして、かれこれ5年ほど会うチャレンジをしてございます。」
「そうなのね、、、花束を持ってるってことは、2人からアプローチされてる、ってこと?」
「そうなんでございます。かれこれ5年、この場でどちらにするか決めてちょーだい、と言われていまして、大変に困っているのですが、毎回かくはずもない汗を身体に感じながら、どちらかに花束を渡さなければ、と思っている次第でして。」
「そうなのね!それは大変なご苦労をされているのね。」
「ええ、時にあなた、あなたも文通相手となかなか出会えていないようか出立ちですねぇ。」
「そうなの。サリーも時間を合わせようと頑張ってるんだと思うんだけど。」
「それはきっと、絶対にそうですよ!火星人にとって待ち合わせて会うのってめちゃ難しいんですから。あ、このコネクトルームで1日あたり、何組が会えるか知ってます?」
「えー、全然知らない。いつも1,200席が予約でいっぱいだってのは知ってるけど。」
「5組です。」
「5組!!そんなに少ないの!?」
「そうなんですよ。でも不思議ですよね。それでも皆、ここで待つんですから。あ、僕達もですけどね。ワラワラ。たぶん、火星人は根が真面目過ぎるんでしょうね。でも地球人ほど知能を使いこなせていないし、色々大雑把ですから。」
「そうね。私が思うに、地球人は逆に不確定なものを感じに来てるのかも。」
「不確定?」
「そう。何もかもが自動化されて、効率化された世界を心と体が嫌がってるんだと思うのよ。手間や不測が枯渇しているのよ。」
「ありゃりゃ、それは気難しい話で。」
 2人とも、人の身の上話が好きなようで、長い雑談の隣では2組が交流を終えていた。
「こりゃこりゃ、今年もお互い、厳しそうですなぁ。」
「そうね。また次回チャレンジすればいいじゃない。」
「わたくしめは、そうもいかなんでござい。」
「え?どうして?」
「わたくしめ、もう命がいくばくもないんで。」
 ローゼン・ペペックは、痛みを伴わずに足を失う火星の流行り病に侵されていた。
「36本の足が24本未満になりますとね、我々は意識を失ってそのまま消えちまうんでさ。」
「そうなの、、、とても哀しいのね。」
「いやいや!わたくしとしては、ただ眠るように消えていくだけなんで、何も不安になっちゃあいないんですよ!まぁ、やり残したことは色々ございやすけども。」
 そうは言っても、マドモアゼルは俯いた気持ちに取り込まれてしまったようだ。大事な家族や友達の終末セレモニーが最近続いたせいも、もしかするとあるかもしれない。
「それでね、今回はヘレン&エレンへの手紙を誰かに託そうと思ったんですが、あなた!あなた、お願いできません?」
「そんな大事なもの、私でいいのかしら。」
「管理局の人に渡そうかと思ったんですが、あなたなら信頼できる。お願いします。」
「わかりました。」
 双子への手紙を、両手で丁重に受け取るマドモアゼル。ローゼン・ペペックは少し萎れはじめた花から花弁を一枚ずつ取り、息を吹きかけて凍らせ、それぞれの手紙に貼り付けた。
「それじゃあ、わたくしはそろそろ時間いっぱいなんで。これでお暇します。」
 ローゼン・ペペックは後ろ手を振り、一度も振り返ることはなかった。マドモアゼルの足元には彼の足が1本落ちていて、彼が見えなくなる頃には霧散していった。
 最終日、当然のように来なかったサリーに少し憎い気持ちが生まれたマドモアゼル。それでも信じる心を保たなければ、大事な手紙を届ける者の心構えとしてなっていないぞ、と自分に言い聞かせた。


 地球に帰り、双子の姉ヘレンの住む家に向かった。
「どちらさま〜?」
 あけすけな声の主は手元に赤子を抱え、足元に幼児を携えて出てきた。その事実を目の当たりにしたマドモアゼルの気持ちは察するに余りある。
「あの、これ、ことづかってきました。」
「あ!ペペックじゃーん、元気かな?あれ、あなた、もしかして月へ行ったの?」
「ええ、、、あなた、結婚してるのね。」
「え!?見てのとおりよ?もしかしてペペック、本気にしてた?、、、ククク、、ハハ、ハハハハ!ウケるんだけど!なんであんなキモチ悪いのと、しかもあんな遠いのにいい感じにならなきゃいけないのよ!キャッ!キャッ!マジ、ウケる!、、、なに、なにするのよ?」
 マドモアゼルは赤子をそっと地面に寝かせ、幼児を少し母親から離した後、ヘレンをただ痛めつけた。後にも先にも、テコンドーの使い方を誤ったのはこの時だけだった。
 翌日訪れたもう一つの邸宅からは、姉のことを聞いていた妹が恐る恐る玄関から出てきた。
「わ、わたしは何度も、姉さんにもうやめようって、言ったのよ、、、」
「昨日、お姉さんに渡しそびれたから、あなたに託します。」
 手渡した2通の手紙の上では、星の気候に合わないのか、花弁が溶けて固まっていた。

 その夜、家のポストには火星から一通の手紙。疑心暗鬼まっしぐら、人間不信が和らぐまで時間のかかったマドモアゼルがその手紙を開封できたのは1ヶ月後。目を通したマドモアゼルは泣きに泣いたそうだ。遠い星の友人を信じ切れなかった自分の心の貧しさに落胆し、また一から信じることの訓練を始めようと思った。
『マド!そしてモアゼル!!ハローーー!今日、ローゼン・ペペックっていう人が私の前に現れて、素敵なことを教えてくれたの!〈セプテンバーに会いましょう〉って私達の約束、あれはあなた達の月が一番丸くなる時期だったのね!火星でのセプテンバーは、新月が最も黒い時のことなの!。説明不足、確認不足でテヘペロ。ほんとにごめんなさい、、、』


今のところサポートは考えていませんが、もしあった場合は、次の出版等、創作資金といったところでしょうか、、、