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丸いこと

父さんは言った
この世は丸い
とんと丸いと

水平線の彼方の曲線美
見果てぬ向こう側を追って走れば
いずれ元いたところに
立ち返る
海岸線を横に走ったとて同じ

父さんの手は温かった
きっと興奮していたに違いない

私はその日から
丸い物を追い
丸い事を求めた
延々と丸を描き続けた年頃もあった
丸い部分を探しては
触らずにはいられなかった

特に目玉が好きだった
魚や鳥
犬や猫
飽き足らず
友の目玉に触れた時の
喜びは忘れられない

ある日唐突に
私が父の子でなく
亡き母の子でもないと
告げられた夜も
丸いことさえあれば
他に何もいらない私にとっては
何かの記念日にしかならなかった

逆に丸くない物や
丸くないことについては
大きく興味の外にあったが
年を重ねるにつれ
丸いことは
減っていったように思われる
0以外の数字は数えられず
丸みのない漢字は読む気にならない
なぜ丸くないことが
必要なのだろうか

中学生の頃
丸を人間に具現化したような
美しき女性を2人
愛したことがあった
もう少しのところで
目玉をもらえるはずだったのに
願いは叶わなかった

そのことで世間からは隔絶され
狭いところで暮らすようになった
丸い物がほとんどなく
どん底のような気持ちだったが
丸くない物もあまり目につかず
その点は平穏だった

再び世間様の背中が見えた時は
もう迷いはなかった
父さんの言ったとおり
見果てぬ向こう側を追って
自分ができる精一杯
丸いものを追い
丸い事で心を覆いたい
そのことだけを考えた

父にも同じ景色を見てもらいたい
そう思い
私は父の目玉を携えて
あの日2人で見た景色
元いた場所を目指して
一生懸命に
走り出したのだった

今のところサポートは考えていませんが、もしあった場合は、次の出版等、創作資金といったところでしょうか、、、