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【私はマドモアゼル】巨人とマドモアゼル

「風情があるな、この街は。」
 巨人はこもった声で言った。
「ええ、とっても。」
 マドモアゼルは弾んだ声で返した。
「私の住んでた街とは大違い。いつだってカメラ目線、味のしないガムをしがんだような顔をしてたって、そう。それほど雑踏だったわ。夜のネオンサインを遠くから見ることが唯一の安寧。」
「シガニー・ウィーバーか。」
「あら、あなた、肩に糸くず付いてるわよ。」
「ああ、ホントだ。」
 決して届きやしない巨人の肩を見上げて、マドモアゼルは指摘した。目がいいのだ。

「あなたが行った街はどんなんなの?ねぇ、どんなん?」
「オレの行った街の話?あいや、こりゃ困ったな。」
 2人が腰掛けた草原にはそよ風が行ったり来たり。時折、ハチミツが匂いそうなミツバチが1匹円を描き、背中には森いっぱいの山と細い滝、それを繋ぐ山肌が見えた。目の前には、まだ年数の浅い造船所がメルヘンポップな装いをチラつかせながら、汗かく若者達を盛り立てて笑っている。ああ、なんてイイ天気なんだろうと、誰もが口を揃えて言う空というのはいつも、初めて白くなったような光を放つ雲。かき分けて真っ直ぐ進むプロペラ機もあるだろう。
「ねぇ、教えてよ。減るもんじゃないでしょ?」
「あいや、それがその、、、」
「何よ、もったいぶっちゃって。それでも男なの?ありゃ?そもそも、男なの??」
「男が何かは分からないけど、おいらは記憶がとびとびなんだ。」
「あら!そうだったのね!イケナイわ、土足で敷居を跨ぐ私の悪いクセなの。許してちょ?許してちょーよ?」
「大丈夫!でもホントに記憶がとびとびで、それはそれは世界を巡ったはずなんだけど、おいらの故郷も含めて、3〜4箇所しか覚えてないんだ。」
「充分じゃない!聞かせて、聞かせて!」
 マドモアゼルのワンピースはいつも水玉模様。リボンだってそう。何やら、草間彌生なるモノに取り憑かれているらしい。巨人は巨人でゴツゴツしたブロックで体ができているし、目もまん丸い黄色だから、あまり感情が分からない。でも2人とも、喋ってみると優しいんだって、親兄弟以外は言っている。

「へぇ〜、そんなとこに住んでたんだ!私の知らない街ばかりね!やるわね、アンタ!」
「そんなことないさ。巨人って皆そんなものだよ?ひたすら動いてなきゃ、関節がすぐ固まっちゃうんだ。」
「アハハ、アハハ、おもしろい。節々の悩み、お辛いわよね。」
「バカにしてるだろ。バカだけど。」
「アハハ、アハハハハハ!」
「ワッハハ、ワハハハハ!」
 ハチドリは水辺にタッチし、アンスリウムの咲く壺を抱えた中年の姉妹は、麦わら帽子で10歳アンチエイジングして港を歩いていた。
「どう?この街の感想は?さすらいの巨人さん。」
「とってもいいよ、とっても。まるで初めて来た気がしないや。」
「それは、ウソね。」
「そうだね、ウソだね。」
 2人は太陽が雲間に隠れた一時の間を逃さず、でも自然に腰を上げた。もちろん巨人の方が時間がかかったから、マドモアゼルは幾らか待ったんだけれど。
「そいじゃあね、巨人さん。」
「じゃあね。君はどこに泊まってるの?」
「わたし?わたしは、駅前のアパホテル。友達とツインよ。」
「そうかい。アパはいいよね。」
「うん、奇跡的に予約取れたの。巨人っちは?」
「おいらはアソコのカプセルホテル。」
 指差した先に面した道路では、レンタカーが3台連なって、山と海の間のカーブを、法定速度以下でキレイに曲がって見せた。
「カプセル、ウケる。ギャグっしょ。」
「あ、またバカにしたな?バカだけど。」
「アハハ、アハハハハハ!」
「ワッハハ、ワハハハハ!」

 それから2人は、親しい人にするやり方で、ゆっくりと手を振って、反対方向へ歩いていった。マドモアゼルは明日のフェスを楽しむために今日はゆっくりしていたいし、巨人は狭いカプセルホテルに入る前に体をしっかり動かしたい。穏やかで素晴らしい風景の中にあって、考えることが少しずつ違った方が、なんだか幸せなんだ、ということらしい。

 世間は狭い、というのはありがちなスピンオフだけど、2人にとってもそれは例外じゃなかったんだとか。あの街で、この街で、(時にはお互い気付かないまま)いつも新しく出逢って憚らなかった。
「ハロー、マドモアゼル。調子はどう?」
「あらあら、久しい人。アナタなら必ずそう言うと思ったくらい、冴えてるわ。」
「ワッハハ、ワハハハハ!」
「アハハ、アハハハハハ!ッッ!エホっ!エホっ!唾が!ッッエホっ!!喉に!!」

今のところサポートは考えていませんが、もしあった場合は、次の出版等、創作資金といったところでしょうか、、、