【私はマドモアゼル】翔べない鳥の話

 平均台よりは少し幅の広い水平線を歩いていたときのこと(こう見えてもマドモアゼルはバランス感覚が良いのだ)。
「少し休まないかい?」
 後ろを歩いていた天上人に声をかけられ、マドモアゼルはパッと振り返った。
「あら、いいわよ。4本足には険しい道を選んでしまって、ごめんなさい。反省してるわ。」
 天上人は下半身がポニー。マドモアゼルのように軽やかな足取り、とはいかなかった。
「いや、大丈夫。多少、首が凝って、背中が張っているくらい。」
「あら、そう。日常の範囲内ね。」
 天上人が首を回すと、頭に乗っかっているじょうろから、水が飛び散った。跳ねた水をマドモアゼルは怪訝な顔で見ていたが、言葉に発して触れるほどのことではなかったようだ。

 2人はもう1本先の水平線の方を向いて腰かけた。足下の海には使われなくなった多くのアクリル板が行き場を求めて流れていた(きっと魚礁になりたいのだろう)。空には立派な形をしたカモメの群れ。1羽だけ、上下左右に蛇行している。
「ハロー!ジョナサン!」
 突然大声を発したマドモアゼルに驚き、天上人は海に落ちかけたが、すぐに体勢を整えた(天上人も負けず劣らずバランス感覚が良いのだ)。
「なんだったっけな。ああ、そうだ、翔べない鳥の話を知っている?」
「ううん、知らないわ。」
「翔べない鳥が、大空を自由に駆け回る鳥達を見て、どう思ってるかって話。」
「全然知らない。けど、翔べない鳥なんて、そもそも自分のことを鳥だと思っていないんじゃないの?」
「あら、正解。話終わっちゃうじゃない。」
「そんなこと、ダラダラ聞く話でもないわよ。鳥だって決めたのは周りのさじ加減、つまり、いい加減さの最たるものなんだから。翔べない鳥には、翔びたいとか、翔ばないとか、もともとないのよ。」
「全部言わないでよ。」
 天上人は下唇をMAXで伸ばし、ベソかきの様相。
「結局、嫉妬とかジェラシーとか、卑下とか自己否定とか、それはストーリーを求めたがるパパラッチ的欲求だもの。あなたも自分の人生から現実逃避がしたくて、そんなことを考えるんじゃなくって?」
「そんなに言わなくてもいいじゃないか。」
 天上人はつい、ウォンウォンと泣き出してしまった。
「あら、ごめんなさい。私の悪いとこ。もう一回、最初からじっくり話を聞かせてちょうだい?」
 泣き止むまでしばしの時間を要したが、天上人はさざ波を出囃子に、もう一度、翔べない鳥の話を始めた。最初は自信なさげだった口調も、次第に抑揚がつくようになり、話のピークでは勢い余って海に落ちてしまうほどだった。マドモアゼルはマドモアゼルで、多少気になる表現があったとて口を挟むことはなかったし、的確な相槌と微笑みを持って、自分の性格を戒めていた。

「そういや、マドンナのボンテージ姿、見た?」
「マドンナ?MTVの?」
「さすがのクールビューティーだったね。」
「そうね!確かに!ビックリしちゃったわ。」
 天上人が余談を話し始めた時は時間を気にしなければいけない。マドモアゼルがこの街で学んだ重要なことの1つだ。
「さ、いきましょ。目指せ、オーバー・ザ・レインボーよ。まずはあそこのダイナーで腹ごしらえね。」
「マジ?虹を越えるのかい?やれやれ、日が暮れそうだな。」
「やれやれ、じゃないわよ。パッシブな男はモテないわよ?あれ、あなたって男だったかしら?」
 まだまだ日中は暑いけれど、夜は急に冷え込むことも増えてきた。マドモアゼルはワンピースだし、天上人はそもそも服を着ない。日没までに辿り着くかは分からなかったが、それでも2人は焦らず進むことを選んだ。

今のところサポートは考えていませんが、もしあった場合は、次の出版等、創作資金といったところでしょうか、、、