【私はマドモアゼル】理由
マドモアゼルは、それはそれは高い城壁の上に腰掛け、夕凪に重なって滑る風を真正面から受け、目を細めて微笑んだ。
「おばあちゃんの前で言ったのよ。『病に伏している人が羨ましい、生きる理由に足るから』って。」
横並びで腰掛けていた小人達は、それを聞いて喚き始めた。異国の言葉でよく分からなかったが、怒っていたのは理解できたし、誰もが共感するところに言語の壁は薄い。
「みんな、そんな反応ね。だから驚きもしないし、否定もしないわ。」
小人達は(一番端っこは除いて)両隣の小人とそれぞれ顔を見合わせた。
目の前では天上人が地上での買い物を済ませ、ロープウェイで帰宅していた。昨今の事情で、1回あたりのゴンドラ乗車率は50%に抑えられていて、そのせいで駅には行列ができている。それでも天上人は地上に降りてくるのだが、新鮮な野菜を手に取って選びたい気持ちは、重力や気圧とは関係ないらしい。
「私は超健康なの。健康診断なんかずっと調子が良くて、メンタルヘルスだって、『少しぐらい気落ちした方がいいのでは?』ってコンピュータが言うぐらい。」
秋空のグラデーション、その境い目には私達に興味がある星から順番に光を放ち始める。小人は星を見ることが好きだ、と一般的には言われている。けど、涙が流れないように空を見上げている小人がどれだけいるか、私達は知ろうとしてこなった。
「この前なんか、お医者さんが血液検査の結果を見てビックリしていたわ。そんじょそこらの水よりミネラルが豊富だって!」
潮の満ち引きが今日はゆるやかだって情報は今朝のニュース。それを知ってか知らずか、この城の警備はうたた寝が上手だ。
「だけどね、苦しい唄は苦しい思いをしていないと唄えない。」
顔を伏せてしまったマドモアゼルの肩を、小人の小さな小さな手がさすった。
「大丈夫、ありがとう。、、、おばあちゃんはね、私の自分勝手をありのまま受け入れてくれたの。『人の心は量れないねぇ。裕福そうに見えたって思い悩む影を持っていたり、体がボロボロになってたって明るく明日を見る瞳もある。つまりはどうやら、生きる理由を探していること自体、生きてるに足る、ってことなんじゃあないのかね?』って。」
彼女の祖母は続けて『そいじゃあ、ブーゲンビリアの咲く頃に、一度答え合わせでもしようかね?』という言葉を残して、生きる場所を家族の心に移した。
「さ、帰りましょう!明日はお祭りね!」
マドモアゼルの掛け声に愛らしく反応した小人達。羽根のあるものは今より高く、家の用事があるものは心持ち速く、足の悪いものは同志の肩を借りて帰っていった。
マドモアゼルはまだ少し憂うつだったけれど、それは共に旅する友人とのルールをこの街では守れなかったからだ。ホテルの部屋をツインで取れず、別々で寝泊まりすることを友人はひどく怒っている。
「ケセラセラ。おばあちゃん、よろしく頼む!」
ホテルまでの短い道のり、その時間が、生きている意味をまた一つ考えさせてくれた。
今のところサポートは考えていませんが、もしあった場合は、次の出版等、創作資金といったところでしょうか、、、