「吾輩は犬の原種に近いラサ・アプソである」

吾輩は犬の原種に近いラサ・アプソである

吾輩は犬の原種に近いラサアプソである(小説) 
 ――ネパールとパキスタンで覗き見した、ある外交官の仕事と生活――
 
(その1) ラサ・アプソの出自とその卓越した能力
2024.6.28 記
1.吾輩は犬の原種に近いラサ・アプソである。
ラサ・アプソ(LHASA. Apso)は何百年前にチベットで生まれた犬で、地理的に隔絶したチベット高原で他の犬種からの影響をほとんど受けずに発展した。
仏教の僧院で繫殖・飼育されたことからチベットでは「聖なる犬」として崇拝されて,「雪獅子(snow Lion)」の化身であると信じられていた。
また、ラサ・アプソはヒマラヤ山脈の狼から進化したという伝承もある。
 
確かに、小型ながら、厳しい環境を生き抜くにふさわしい特質を備えた犬である。
ジャンプ力は凄く、ゼロ歳で日本人の背の高さまで飛び上がれる。
ボディは保湿性の高い長い毛でびっしり覆われている。
さらに、顔に被さる長い毛は寒さや風雪の照り返しから目を守ってくれている。
 
ちなみに、ラサ・アプソの「ラサ」は古都ラサに由来することは誰もが推察できるが、「アプソ」の意味はどうか?
筆者が調べたところ、チベットの言葉で「口ひげ」を意味する「apro」とヤギの毛のような「rapso」をつないだチベット語を略したものだという説がある。
ラサ・アプソは非常に知能が高く、強い保護本能と鋭い聴覚とを持っているので、家族やその友人と知らない人間、さらには知らない人間で脅威になりうる者の区別を素早く判断できる才能を有しているとの風評が次第に高まってきた。
例えば、ラサ・アプソは盗賊たちの足音を遠くから聞き分け、独特の吠えかたで飼い主に知らせたとか、また、チベット高原にて雪深くシーズンには雪崩が生ずる予兆を鋭い感覚でつかみ、
独特のジェスチャーと吠え方で貴族たちに知らせ、避難させ大事故を防いだとの美談が語り継がれている。
 
ラサの地の僧院で言い継がれた話によると輪廻転生を信じるラマ僧たちは犬に生まれ変わって王宮の守り神として仕える聖なる犬としてラサ・アプソを宗教儀式ににも参加させたと言われている。
(ラマ僧の写真)

チベットにて宗教儀式に参加しているラマ僧たち


 
そこで、評判の良いラサ・アプソは17世紀チベットの覇権を握ったダライラマによっても目を付けられ、清の皇帝にラサ・アプソの雄犬を献上したところ、皇帝も気に入り以後清朝1908年までラサ・アプソが貢ぎ物として献上される慣例が守られたといわれる。
 参考文献
①世界で一番美しい犬の図鑑 ラサ・アプソの項目
  タムミンピッケラレ 編  岩井木綿子 訳
②新犬種大図鑑  
  ブルース・フォーグル  福山英也 監修

2.吾輩が生まれたところと新しい転居先
吾輩の祖先の宣伝が長すぎたかもしれないが、肝心の吾輩の生まれたところと転居先について簡単に述べてみたい。
吾輩は1992年1月中旬頃、アンナプルナの山麓のポカラという風光明媚な町で生まれた。
生まれた家は普通の民家で、納屋のようなところで2匹一緒に生まれた。
2匹とも雌で良くおしゃべりをして遊んでいた。

吾輩が生まれた家によく似たポカラ空港付近の中流の家

 
 
別棟に倉庫があって大麦、小麦など穀類やピカピカに光る真鍮や銅製の容器が運び込まれたり、出されたりしていた。
飼い主が付き合っている人達が話している言葉の内容はよく分からなかったが、チベットとかムスタンとかシェルパ等といった単語は耳に入った。
飼い主の主人は荷物も載せられる自動車でよく出かけていたが、その細君は家にいることが多かった。恐らく農産物や食器の売買に従事しているのだろう。
 
生後約2か月たったころ、縁のある外国風の帽子をかぶった若い上品な男がやってきて、家の近くで三脚を立て、もう一人のネパール帽をかぶった若者に指図して、長い棒を持たせて左右前後に動かせていた。
その青年は仕事が終わると日の丸のついた4輪駆動車で去っていった。
後で分かったことだが、その青年は測量士で技術指導に来ている日本の青年海外協力隊のメンバーであった。
飼い主はその青年に対し「森田さん」と呼んでいた。
その森田さんが1週間か10日ほど経ったある朝、やってきて吾輩に親しげに近寄り、何やら乾した鶏肉をくれた。吾輩がそれを食べている間に、飼い主と何やらひそひそと話していたが、森田さんはランドクルーザーから金属製の網の箱を取り出してきた。
変だなと思っているうちに頭を撫でられて、いつの間にか抱きかかえられていた。一寸油断し
た隙にするりとその網箱に入れられてしまった。


びっくりしたが、飼い主が「ティクチャ」と言ってくれるので、少し抵抗したものの、大丈夫らしいのでどこかピクニックにでも連れいくのだろうと我慢することにした。
森田さんは優しそうな人なので心配することはなさそうだった。
山か森の方向へ行くのかと思ったが美しい湖の傍を通ってコンクリートで固めている大きな広場に出た。しかし、鳥よりも大型の翼つきの物体が空中に飛び上がったりしていた。
ポカラ空港付近から見えるヒマラヤの雪
 


ポカラ空港付近の小さな湖に映ったヒマラヤの雪

 
何故あのような大きな物体が浮き上がるのか不思議でじっと見とれていた。
 
森田さんが「フェリ ペトウラ」と言って、駅のような建物の中に消えた。
また戻るのかと思っていると、そこで働いてる制服姿の人がやってきて、網箱をスーツケースなどと一緒に巨大な鳥の如き物体の中に乗せられた。
 
しばらくして、車よりも大きなエンジンの音がしたかと思うとふわーと浮き上がりこれまた驚いた。不思議なことにランドクルーザーよりは揺れが少ない。
モーターが超スピードで回転しているらしく物凄い音がする。景色もなにも見えない。
人間にはヒマラヤ山脈が見える筈だが・・・。
(ヒマラヤの写真)
カトマンズ上空から見たヒマラヤ連峰


小型飛行機から撮影したヒマラヤ連峰

 
しかし、東南の方向に進んでいることはテレパシーで分かる。ハトなど鳥類は犬よりも
方位感覚が優れているが、犬でも体内時計や磁場の変化など感知できるのである。
とはいってもどこに行くのやら正直のところ分からない。
30分ほどで飛行機が降下し始めドスンと揺れたかと思うとすぐ止まった。
無事だった。急に倉庫のようなところから外に運び出されたので眩しく眼球が痛い。失明しそうだ。
 
もともとラサ・アプソは高原に住んでいたので、紫外線から目を守るためか額も目も隠されるように前髪が長いのだが、吾輩は生後2ケ月ぐらいなのでそれほど伸びていないからクラクラとするほどだ。それに喉が非常に乾いている。。出発したポカラよりも涼しい。
 
でも先祖代々、高原向きの密度の高い毛でくるまっているお陰で問題ない。
温度は問題ないのだが、標高が高いのか耳も少しボーとする感じである。
何十名か人間たちも飛行体から降りてきて、そのなかのハンサムな青年がヤーヤーと声をかけてくれた。よく見ると森田さんだと気付きほっとした。同じ歩行物体に乗ったのだった。
 
彼は、手際よく水筒から茶碗のような容器に水を注いでくれた。この水のおいしかったこと!
忘れられない。 これで疲れも吹っ飛んだ。。
 
森田さんは「さ~行こう」と、網箱を手に取り出口に向かった。出てみると見覚えのある日の丸のついたジープの如き車から降りた、ネパール人が「ナマステ」と言って出迎えてくれた。
森田さんとよく家に来ていたネパール人の運転手であった。
見知らぬところへ
空港からは、西方向に向かって車は走った。
車は好きであるが凄いスピードで目が回る。
道路は住んでいたポカラよりも幅広いが、対向車も飛ばしているので衝突するのではないかとひやひやして緊張の連続だ。
運転手はするりとハンドルをさばいて衝突はせずに済んでいる。後で聞いたところによると自動車事故は自動車数の割合に比し極めて少ないそうだ。ネパール人は結構器用な人種かもしれない。
町中に入ると、道が曲がりくねって車のスピードも急に落ちてきた。なんだか
これまで住んでいたところよりも大きな邸宅が並んでいる住宅街に入ったらしい。
 
非常に遠くにヒマラヤの山脈がチラッと見えたがなんだか、これまで住んでいたポカラの空気と違うなと鼻をひくひくさせていると大きな門構えの所に停まった。
すぐネパール人の門番が出てきて、大きな鉄製の扉が開かれた。
すると内部は公園のように広く、緑の木もあり花壇には種々の花が咲き誇っていた。
テニスコートもあり、これは別世界だと思う間もなく一番奥の家の玄関に停まった。
(了)
(次回に続く)

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