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現代芸術に古典手法の習得は必要か

note初投稿記事になります。

初投稿に関する前置きとしてなぜnoteを始めようと思ったか、簡単に書きたいと思います。

まず一つは、自分の考えがだんだん貯まってきた中で、それを書きとめるツールが無かったことです。記憶の中にとどめておいてはすぐ手元から去ってしまうことを残しておくことも大切だと思いました。ただ、記憶は重要な考えと、不必要な考えを選別してくれる機構でもありますので、全てを書き留めることが絶対必要か、といえばそうでもないかもしれません。ある程度、私の中で考えがまとまったことのみを記していきたいと思います。

そして、こちらのほうが重要かもしれませんが、私は書くことがとにかく大好きだからです。書くことにより、自分の考えがまとまっていきすっきりする過程も好きですし、なにより創作の原点にして最終形であるように思います。

第一回目は、いきなり堅苦しく始めてみようと思います。もし芸術系に携わる人であれば・・・芸術だけでなくても、あらゆる学問において立ち止まって考えてしまうことがあるだろう問題について考えます。

現代芸術に古典手法の習得は必要か

私の専門は音楽です。特に大学時代は作曲科にいたため、古典的な音楽理論についてはかなり勉強してきました。そして、その古典音楽理論自体は大好きでした。とはいえ、書くのは古典的な音楽ではなく、いわゆる現代音楽と言われる部類のものです。古典音楽理論が大好きであった私はそれにかなりとらわれてしまい、現代音楽を自由に書く妨げになっていたのは確かでした。結果、私は現代音楽をあまり書くことができませんでした。

では、古典理論は現代の創作において害であって利はないのでしょうか。

結果的に私のたどり着いた結論は「いいえ、利はある」です。それに至った一つの思考の道筋をお見せしましょう。

冒頭の絵画、これはもうこれを見ただけですぐに作者が誰であるかわかる方も多いでしょう。私はフランス在住ですが、この作者に影響されているカフェ・雑貨店・町のデザイン、等はしばしば見ます。

カフェ・モンドリアン。このコンポジション(構成という意。作曲という意もある単語)という絵画は非常に抽象的で、しかし整然としていて、あるいは誰にでも思いつきさえすれば書けそう、という印象があります。独特な線の太さ、バランス、色の配置などはなかなか真似しようと思ってもうまくいかなかったりもしますが、モンドリアン風に書いて、と言われればまず誰にでも書けると思います。

ではこのコンポジションを書くのに、果たして古典的な絵画の技術は必要ないのでしょうか。均一に色を塗ること、直線を引く技術、等の筆の使い方はもしかしたらそれも非常に難しいのかもしれませんが、また少し別の角度から、見ていきたいと思います。

まず、モンドリアンの経歴をかるく振り返ってみます。
1872年 生誕
1892年-1895年 オランダ国立美術アカデミーに入校 (20歳)
1911年 キュビズムに触れる (39歳)
1912年-1914年 パリに滞在 (40歳)
1917年 新造形主義を唱える (45歳)
1919年 再びパリに住む (47歳)
1938年 ロンドンに移住 (66歳)
1940年 ニューヨークに移住 (68歳)
1942年 初の個展をニューヨークにて開催 (70歳)
1944年 死去 (71歳)

これだけ見るとかなり遅咲きの芸術家という印象を受けますね。

さて、1908-1910年に描かれた有名な木の絵があります。
Red Tree

赤と青がグロテスクに絡み合い、一種の異様さを出しています。私はこの絵を(インターネット上で)初めて見たとき、ああ上手い絵だ、と思いました。引き込まれるような雰囲気。植物の朴訥さ。もし、1000枚の絵画が並べられている美術館に行ったら、10秒は足が止まるだろうな、と思います。

さて、次の絵はわずかこの1年後1911年に書かれた絵です。
Gray Tree

同じく木の絵ですが、モノトーンの中に、グロテスクさが閉じ込められています。また木の枝の線が背景を支配しているのが印象的です。抽象度が前の絵に比べればかなり上がった気がします。木の朴訥さは自然のものというより、むしろ構成になかに吸収されているようです。

そして、1913年の絵です。
Tableau No. 2/Composition No. VII

キュビズムの影響がはっきりと見て取れます。1912年にパリに来て、木の絵という原点は残りながらも、より抽象的になりました。自然の朴訥さは、直線や曲線の筆遣いの中に残っていて、色彩にもよく出ています。

そして、これぞモンドリアンという絵。1921年、
Tableau I

1913年の絵からの連続性を考えると、これも木の絵に見えてきます。幹はなくなり枝だけになり、それは背景を支配し、枝に囲まれた部分にそれぞれ個性が与えられている、というのがよくわかります。1908年から10数年でここまで抽象化されるというのは、おそらく他の画家や芸術家たちの運動に強く影響されてのことでしょうが、それにおいても自分の原点をしっかり持ち続ける態度、物事から本質を見続ける審美眼、そして、それを支える構成力と技術というものがよく表れていると思います。

Red TreeとGray Treeがなければ少なくともこのTableau Iにはたどり着けなかったのではないかと思います。他の誰かが別のアプローチで同じ最終形にたどり着く可能性はあったかもしれませんが、私はモンドリアンが成し遂げた、ということが非常に大事なことのように思われます。

何か抽象化して新しい構造を生み出すときに必要な審美眼と構想力というのは、古典的な技術の上に成り立っている、ということは音楽の世界でもしばしば見られることです。今回はnoteという記事の性質上私の専門ではない絵画を例に出しましたが、ほとんど同じことが、同じ時代を生きたシェーンベルク(1874年-1951年)にも言えると思います。シェーンベルクは和声学と対位法と楽器法に非常に精通していたから十二音技法という抽象度の高い技術を完成させたと言えるでしょう。今回はそれについては触れずに終えたいと思います。

モンドリアンの経歴は私に、古典的な理論と技術を学ぶ大きな動機になっています。この絵画の変遷は、自分に確固たる芸術観を持ち続ける根拠になっています。一つの事項から何を得るかというのは人それぞれだと思いますが、私がモンドリアンから得た信条の一つです。

現代芸術に古典技術の習得は必要である


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