複合災害では「避難と屋内退避」を組み合わせるという机上の空論
2024年1月10日会見で山中伸介原子力規制委員長は、「木造家屋が多いようなところで屋内退避ができないような状況というのが発生したというのは事実」、「知見をきちっと整理した上で、もし災害対策指針を見直す必要がありましたら、そこはきちっと見直していきたい」(会見録)と述べた(既報)。
にもかかわらず、1ヶ月でその考えは一転した。
できもしない「屋内退避」に論点を矮小化
2月14日、原子力規制委員会は「原子力災害時の屋内退避に関する論点」を討議。少なくともそのタイトルには「原子力災害対策指針」の文字が入るだろうと考えていたが、それすらない。議題を「屋内退避」に矮小化して事務方(原子力規制庁)が出したペーパーに、委員たちは異論を唱えなかった。
複合災害では「避難と屋内退避の組み合わせ」という机上の空論
規制庁がまとめた論点はたった2つ。
複合災害については防災基本計画(2023年5月)で書かれた通り、「人命最優先の観点から自然災害に対する安全が確保された後に、原子力災害に対応することが基本」とすること。
「全面緊急事態」に陥った時の被ばく低減対策は、「避難と屋内退避等を適切に組み合わせる」というもの。
避難も屋内退避もできない。何を組み合わせるのか?
ここでいう「全面緊急事態」とは、全電源を失った次の段階だ。原子力災害対策特措法第15条で「原子力緊急事態宣言」が出る。冷却機能が失われ、メルトダウンする事態のことだ。しかし、能登半島地震では、
停電して、通信が断絶し、道路が寸断され、自治体職員も容易に参集できない事実が突きつけられた。そんな中で、メルトダウンを住民はどう知るのか。
知ったとして、家屋倒壊で屋内退避もできない。道路寸断・海岸隆起・津波で避難所まで辿り着けない。安定ヨウ素剤も取りに行けない、どこへ避難すれば安全かも分からない。「避難と屋内退避等を適切に組み合わせる」というが、組み合わせるべき選択肢がゼロである可能性があることが突きつけられた。
メルトダウンの危機に直面しても5〜30キロ圏内の人間は逃げずに家にとどまれというこれまでの考え方(*)もひどかったが、それすらも「机上の空論」だとわかった今に及んで、これを変える必要がない、「避難と屋内退避等を適切に組み合わせる」というのが、原子力規制委員会の考え方なのだ。
(*)上図の通り、内閣府は、原発事故の事態を、3段階(例:大地震→全電源喪失→冷却機能喪失時)に分けて、住民に求める行動(EAL)を図示している。見ての通り、できるだけ避難をさせないのが政府方針だが、停電と通信断絶等が重なれば、自分がどの事態にさらされているのかが、まず、分からない。
能登半島地震で起きた、放射線モニタリングのデータが自治体にも原子力規制委員会にも届かなかったという事態すら論点に入っていない。
最悪の事態を「検討しない」: 山中委員長、記者に回答
2月14日、原子力規制委員会は、この机上の空論を前提に、1)屋内退避の対象範囲や、2)原発事故の事態の進展、3)屋内退避の解除や避難・一時移転への切り替えの判断を含め、原子力災害時の屋内退避に関する検討をするチームを作ることを決定した。
こうした論点整理や進め方に対しては、午後の会見(私は地方取材で行けなかった)では、疑問を呈する質問が続出した。以下は、その決定的な一例である。
このチームには外部の専門家や自治体からも参加してもらうという方向性が示された。しかし、委員会が矮小化した考え方を飛び出す常識と勇気を持つメンバーは、このままでは選出されないのではないか。
実は「防災基本計画」に沿わない討議
ところで、最後に重要なことを書いておく。防災基本計画(2023年5月)では、複合災害については「人命最優先の観点から自然災害に対する安全が確保された後に、原子力災害に対応することが基本」と書いてある部分を、原子力規制庁は抜粋して資料(P.3)に含めて、委員たちに討議させた。
一方で、この「防災基本計画」には、原子力規制委員会が求められていることも随所に書かれている。例えば次のような論点が、あるが、無視されている。
つまり、防災基本計画に従えば、原子力規制員会は屋内退避や避難誘導計画の策定を行う自治体を支援しなければならない。屋内退避も避難もできない場合があることが分かった以上は、自治体に「組み合わせて考えよ」では済まない。
「防災基本計画」で規制委が求められている任務の放棄
また、以下のようなことも求められている。
これらを「検討の中では考えない」のは、原子力規制委員会が求められている任務の放棄だ。論点整理を原子力規制庁に任せ、防災基本計画を自分たちで読んでいないのではないか。モニタリングについては、2月7日に「令和6年能登半島地震後の志賀原子力発電所の現状及び今後の対応」で規制庁に報告させて、他人事のような議論を展開させただけだ(議事録)。
防災基本計画のくみしやすいところだけ、抜粋して、他は放棄している。
食らいつく記者
この日の会見では、記者が必死に委員長に食らいつき、山中委員長が言葉を失っている場面があったので、リンクを貼り(動画)、一部を紹介する。
原子力規制委員会の結論を縮めて言えば、自然災害は自治体で対処してくださいよ、ということだ。その1点で複合災害を乗り切ろうという考えだ。
実際は自然災害にも太刀打ちできない
しかし、自然災害にすら人間は太刀打ちできないのが実際のところなのだ。1月24日の会見で、山中委員長に私はこう尋ねた。
モニタリングポストについては、「今回、胆振東部地震、2018年の北海道の地震を受けて、多重化をしていたにもかかわらず、要するに、有線、無線、両方やられてしまって欠測が起きた」(2月7日会見録)とも指摘され、東日本大震災で福島第一原発事故が起きている最中も欠測は起きた。
避難も屋内退避もできなければ350mSv被ばく
2月8日には、超党派議員連盟「原発ゼロ・再エネ100の会」で上岡直見さん(『原子力防災の虚構』著者)が指摘した点を私は提起した。つまり、規制庁は「原子力災害時の事前対策における参考レベルについて(第4回)」で「避難も屋内退避もしなかった場合にどのくらい被ばくするか」の試算を行っており、「PAZでは全身実効線量で約350mSv、甲状腺等等価線量で400mSv超というとんでもない数値になる」という点だ(既報)。これに対して、その通りだと規制庁は認めた。
これ自体がとんでもない話だが、さらに、モニタリングポストが機能していなければ、どれくらい被ばくさせられたのかの記録を残す手段が一つ欠けることになるという悪いオマケもついてくる。
どこから見ても、原子力災害対策指針は住民の命と健康を守るためには機能しない。にもかかわらず、「避難と屋内退避等を適切に組み合わせる」と結論した原子力規制委員会は、いったい、誰のための組織なのか。
【タイトル画像】
内閣府「PAZでは、いつ避難するのですか。」 に筆者加筆。
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