#女たち Vol.15
シャオホンおばさん(Aunty 小紅)の場合
朝早くから店を開け、その日のチャーシューが終わったら店を閉める。
シンガポール郊外のホーカーセンターに店を構えて20年。
夫と二人三脚で頑張ってきたが、ここ数年、コロナで店を開けられず、その間に夫を亡くした。
以前は行列のできるホーカーズの店を目指して、休みの日は夫と色んなチャーシューライスを食べ歩き、レシピも研究した。
うちのオリジナルチャーシューライスを食べたくて毎日通ってくれる客もいる。
コロナも落ち着き、店を再開したが、
夫亡き今、気力が湧かない。
歳をとったせいか立ち仕事もきつくなってきている。
店を続けるか、畳んでしまうか。
私達に子供がいたらまた違っていたかもしれない。
昼時の忙しい時間帯は客の顔を見る余裕がないくらい次々に注文がくる。
私がかなり深刻にこの店の存続について考えながらチャーシューライスを皿に盛っているなんて誰も想像していないだろう。
おばちゃん、お持ち帰りを一つお願い。
ガチャガチャした昼時の空気の中で、消えてしまいそうなか細い声に思わず顔を上げた。
声とは対称的に、背が高く均整の取れた体型、色が白く陶器のような肌に端正な顔立ち。
どこかで見たことのあるような顔だったが、
思い出す時間もなく、その後立て続けに注文が入り、今日もチャーシューライスは完売した。
何とか1日やり切った。
だけど明日は頑張れるかわからない。
家に帰って、夫のために残しておいたチャーシューライスを供え、ソファに身を沈める。
ほっとする瞬間だ。
テレビをつける。
静かな部屋が少しだけ賑やかになった。
ボーっと画面を見ていたら、さっき店に来たあのか細い声の男性が、ピアノの鍵盤みたいな歯を見せてステージで歌っていた。
声はさっきよりも太くパワフルだった。
そうか、どうりで。
名前は思い出せないが、何回か歌番組やバラエティー番組のコメンテーターとして出演しているのをみたことがあった。
芸能人がホーカーズでご飯を買うことには驚かないが、まさかうちの店に来るとは想像していなかった。
ミーハーな姉に話したらきっと興奮するだろう。
早速、姉に電話をかける。
呼び出し音とテレビから聴こえる彼の歌声。
どちらも今は心地よかった。
…あともう少し頑張るかな。
テレビ台に置かれた写真立ての中にいる夫と
目があった。
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