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春から夏の

春から大学院で 新しい学びを始めました。
今はまだ正規学生扱いではない
とのことですが、
ガッツリお勉強させていただいています。

3ヶ月間みっちりハードな授業では、
これまた運良く
同業の大先輩と同じチームでご一緒。
間近で百戦錬磨っぷりのお仕事を感じることができて
うまーい、はやーいと感動でした。
こんなタイミングでこのクオリティを繰り出すん!

異業種・異世代・多国籍の

まだ、完全オンライン授業のみ。

一度もお会いできていないチームの皆様とも連日連夜ワイワイと。。。
この授業の趣旨でもあるのでしょうが、
業種・世代・国籍も違う方々と共にこんなに深く熱くのめり込むことができたことが嬉しい。と同時に、もっと貢献できたと悔やむ部分も多い。
何より、最初の1ヶ月はこのご時世バタバタだったので、私は受講が確定しているのかも分からず自分自身のマインドが整っていなかったという反省。受講許可がおりててもおりてなくても、ブチ進めば良いってだけなのに。チームの方々にはご迷惑をかけたなぁ。

話は戻りますが、
大人になって、しかも、こんなに優秀な方々の仕事への取組み方を間近で勉強させていただく機会ってなかなか無いので、
本当に貴重だったこと。
授業のお題もかなり上位のテーマ設定で、これまでもこれ以降もこんな幸せなお題をいただける日がくるかっ!と思うほど贅沢な。
ひとことで、「豊かな時間」だったな。

とにかくこの春は徹底的にオンラインコミュニケーションの特訓期だったので
気づく点がいくつか。

リアルの時より非言語表現を言語化する必要があり、
短時間で初対面の方とラポールを築くには、ひとひねり工夫が必要。
また、発言者の表現の先が何を指すのかを
画面の向こうへキッチリ伝えるのは至難の技。
感じ取ってくれっと画面の向こうの方に委ねるのはちょっと無責任かもです。
また、受ける側も意識して意思統一を図るほうが良いのかもと感じました。

対話とかの

オンラインツールを使用してのお話するは、けっこう対話的。
もともと画面に向かっての会話なので、自分の空間で受信できることや、自分の受け取りたい解釈で受け取るので都合のいいように理解できる。(齟齬もありますが)


さらに、意見と人を同一にしか解釈できない人にとっても「コトバ」と「ヒト」を客観的に理解できるので、「あの人にこう言われたから、嫌い」「この人って、いつもこう言うよね」となりにくい。

熱量が画面を通じて届く間に数%削ぎ落とされることもあるのか、ケンカにはなりにくいかな。険悪になることはあるかもですが。

さてさて、
これまで3ヶ月間の道のりをかみしめて。
山積みの読みたかった本もかみしめて。
1年後には英語がペラペラ話せるように。
満月に祈ります。


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