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ホッケーと私

私が(アイス)ホッケーに目覚めたのは今からちょうど50年前のこと。

1972年。

16歳。
高校2年生のときでした。

世界は「東西冷戦」のまっただ中にありました。
「東西」というよりもアメリカとソ連の対立と言って良かったのかもしれません。
その二大国の「冷戦(Cold War)」。
武力衝突はしない「戦争」の時代でした。
しかし、この二つの国が直接戦火を交えることはなくても、ベトナム戦争は続いており、また、ソ連がアフガニスタンに侵攻するなど、世界は緊張状態にありました。

そのような中、ホッケーの世界で歴史的な「戦争」がありました。
“Cold War on the Ice”、”Summit Series(サミット・シリーズ)”などと呼ばれている戦い。

1972年9月。
カナダのプロホッケー(NHL:National Hockey League)とソ連が初めて対戦しました。

このころのホッケー界ではソ連が圧倒的な強さをほこっていました。
オリンピックでは1964年のインスブルック大会から1976年の同じくインスブルック大会まで4連覇を果たし、また、ほぼ毎年おこなわれる世界選手権では1963年から1971年まで8大会連続で優勝していました。

この間、ホッケーを国技とするカナダは何をしていたのか、というと、カナダの一流選手はすべてプロのため、プロの出場を認めていなかった当時のオリンピックにも世界選手権にも出場できず、アマチュア選手でチームを組むしかなかったのです。
いくらホッケーが国技とはいえ、アマチュア・チームでは当時のソ連にかなうわけはありません。
一方、ソ連の選手は「アマチュア」とはいえ、ほぼ全員が陸軍の軍人。
しかし、この選手たちが実際に戦争にゆくことはなく、ホッケーが仕事といっても良かったでしょう。
これはソ連の他のスポーツや芸術の世界でも同じだったようです。

それでは、プロ、アマを問わず、最強の陣容だったらどちらが強いのか。
「世界一を決めようじゃないか」ということでおこなわれたのが1972年のサミット・シリーズだったのです。
カナダの4都市で1試合ずつ、そして、ソビエトのモスクワで4試合、合計8試合のシリーズでした。
「自分たちが世界一に決まっている」「カナダが圧勝するに違いない」とカナダの誰もが疑わなかったシリーズ。
選手たちも緊張感を持つことなく、シリーズ前の練習も試合前のロッカールームでも笑顔すら見られる和やかな雰囲気でした。

ところが、モントリオールでの初戦、ソ連が7対3で圧勝したのです。

試合会場となったモントリオール・フォーラムは、だらしのないカナダチームにブーイングの嵐。
「こんなはずじゃなかった」と大あわてのカナダの選手や関係者たち。
第2試合のロッカールームは重苦しい雰囲気に包まれていたことがこのシリーズのドキュメンタリー映像からもうかがい知ることができます。

その後、奮起したカナダが挽回し、最終的にはカナダが4勝3敗1分でなんとかプロの面目を保ったのでした。

日本ではこのシリーズのうちの何試合かが、何ヶ月か後に放送されました。
偶然それを見た私は一気にホッケー、それも、カナダのプロホッケーに惹かれてしまったのです。
それまで漠然としか知らなかったホッケー。
そのころの私といえば、スポーツは日本のプロ野球や相撲はよく見ていましたが、ホッケーとは無縁でした。
それが、途端にホッケー熱を発症してしまったのですから、いかにこのシリーズが素晴らしいものだったか、ということです。

それから私の生活はホッケーを中心に回り始めました。
寝ても覚めても「ホッケー、ホッケー」。
あのような素晴らしい選手たちが活躍しているカナダのプロホッケー(NHL)とはどんなものなのだろう。
どんなチームがあって、どんな選手がいるのだろう。
あんな試合を見ることができないものか。

ホッケーの情報など皆無に等しいのに、「ホッケーを中心に」した生活とはどういうものなのか、と思われるでしょうね。

まず目をつけたのは日本で発行されている英字新聞でした。
日本国内のニュースがほとんどですが、日本語の新聞よりは海外のニュース報道が多くありました。
スポーツ面にもわずかながら海外のスポーツに関する記事が載っていました。
毎日ではありませんが、NHLの試合結果や記事が載ることもありました。
それを、どんなに小さな記事でも、ホッケーに関する記事を切り抜き、スクラップブックに貼っていました。

次にやったことは、都内に何ヶ所かあった洋書店を巡り歩き、ホッケー関係の本を探しました。
しかし、今もそうですが、日本ではまったくと言って良いほど人気のないスポーツ。
まして海外のホッケーの本などあるわけはありません。
それでも時間を見つけて洋書店巡りを続けるうちに、ごく稀にNHL関連の本を見つけては大喜びで買ったものです。

そうするうちに、いつも書店に置かれている雑誌に目が留まりました。
表紙がホッケー選手だったのです。
“Sports Illustrated”という、アメリカで発行されているスポーツ雑誌です。
綺麗な写真に深く掘り下げた記事。
毎号ホッケーの記事があるわけではないので、書店に行っては中身を見て、ホッケーの記事が出ているときには買うようになりました。

また、大学生のころに知り合ったカナダ人から”The Hockey News”というホッケー専門の新聞があることを聞きました。
シーズン中は毎週、オフシーズンには月に1度発行される新聞です。
ホッケー以外のことは一切書かれていない新聞です。
そのカナダ人は日本で生活していて、その新聞を定期購読しているという話を聞き、私もそうすることにしました。
しかし、一つ問題がありました。
支払いです。
まだクレジットカードが普及していなかったころ。
海外へ支払いをする手段は「送金小切手」というものしか見つかりませんでした。
当時、外国為替を扱っていたのは「東京銀行」だけでした。
余談ですが、今の「三菱UFJ銀行」は数年前まで「三菱東京UFJ銀行」という社名でしたね。
この「東京」は「東京銀行」の「東京」です。

閑話休題。
新宿にあった東京銀行の支店に行き、数千円の手数料を払って送金小切手を作り、それを郵便で送る。
そんな面倒くささも厭わないほど情報に飢えていたのです。

そうして毎週届くようになった”The Hockey News”。
隅から隅まで貪るように読みました。
ホッケーの情報が満載のこの新聞のおかげでNHLのことをどんどん知るようになりました。
そして、知れば知るほど「試合を見たい」という思いが強くなっていきました。

この”The Hockey News”とともに私の大きな情報源になっていたものがもう一つあります。
FENというラジオ局です。
FEN、Far East Network(極東放送網)は在日米軍向けのテレビ・ラジオ放送です。
現在はAFN(American Forces Network)と名称が変わっています。

この放送網のテレビは米軍基地の中でしか見られないようですが、ラジオは誰でも聴くことができます。
このFENで18時から放送されるニュースに続くスポーツニュースを毎日カセットテープに録音して聴きました。
もちろん、お目当てはNHLの試合結果と関連するちょっとしたニュースです。
一言も聴き漏らすまいとテープを何度も巻き戻しては聴くということを繰り返し、それを書き写しました。

また、FENではスポーツの試合の中継放送もしていました。
ほとんどがアメリカ大リーグの野球でしたが、ごくたま~にNHLの試合が放送されることがありました。
プレーオフの時期になるとその頻度が増え、決勝は生中継されていました。
試合中継は日曜日の午後に放送されることが多かったので、毎週日曜日にはホッケーの放送がないかを確認するのが習慣になっていました。
また、決勝が平日のときには仕事を休んでラジオに聴き入っていました。
そして、そのような試合の放送はすべて録音し、家で過ごすときには音楽ではなく試合の実況放送が私のBGMでした。

時が進み、1980年ころに家庭用のビデオが普及し始めました。
私がビデオデッキを買ったのは、忘れもしません、1979年の年末でした。
まだ高価だったビデオデッキ。
冬のボーナスのほとんどを使ったような気がします。
そこまでして買ったのは、1980年2月、アメリカのレイク・プラシッド・オリンピックのホッケーの試合を録画するためです。
私にとっては、北米のプロホッケーが一番の関心事ではありましたが、世界のトップレベルのホッケーにも興味を持っていました。
当時、アマチュアホッケーの二強であったソ連とチェコスロバキアの決勝戦を期待してのことでしたが、大方の予想に反した大番狂わせの結果となったのがこの年のオリンピックでした。
このオリンピックについて書き始めるとキリがないので、それはまた別の機会に譲ることにします。

このビデオの普及が私のホッケー熱に拍車をかけました。
カナダに住む友人たちに試合の録画を頼んだのです。
テレビで放送される試合をそのまま。
ホッケーの試合は1試合あたり2時間半くらいですので、120分のVHSテープに3倍速で2試合撮ることができます。
ありがたいことに、友人たちは快く引き受けてくれ、これでようやく選手たちの動く姿を見ることができるようになったのです。
ホッケーに目覚めてから8年後のことです。
こうして集まったビデオテープは100本を超えました。

その後、NHK BSで週に1度、NHLの試合が放送されるようになりましたが、それも1、2年(だったかな)で終わってしまいました。
また、ケーブルテレビのスポーツチャンネルで放送されていた時期もありますが、それも今はなくなりました。
野球はもちろん、バスケットやフットボール、サッカーなどは海外のものがさかんに放送されているのに、ホッケーはない。

日本では人気の出ないスポーツなのだ、ということを痛感しています。

でも、私は相変わらず大好きです。

参考に。
今、NHLの試合を見るには、私が知る限り、NHL自身が提供している配信サービスだけです。
すべての試合をライブで見ることができますが、月額2,000円から3,000円の料金がかかります。