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ハエ取り紙

ハエ取り紙を知っている世代はどこまでなんだろうか。旦那に聞いたら、
「家にはなかったけど、店にはあったなぁ」と返ってきた。ねじめ正一さんの『六月の蠅取り紙』を思い出す。国語の教科書で習ったのは中学校の頃だったか。
実家の近くに牛舎があり、開けっ放しの玄関からはハエがいくらでも入ってきた。ただでさえ狭い台所に茶色いハエ取り紙が気味悪く垂れ下がっていた。子供の背でも椅子に立つと届く位置だ。うっかり髪に付いたりして、何度も洗面所で髪を洗う。きっと友達の家にはこんなものはない。耳につくハエの飛ぶ音にも苛立った。私は少ししか経験していないけれど、昭和の産物なのでないかと思っている、ハエ取り紙。
石油ストーブでお湯を沸かしたり、庭のドラム缶でゴミを燃やしていたのも、なんだか違う時代の話のような気がしてくる。
今から思えば危険なものがたくさんあった。時にはガラスで足を切ったり、うっかりサボテンに触って棘にさされたり、豆炭のコタツも熱い。
小さい頃に経験したたくさんのことは、体が覚えているのかもしれない。
ハエ取り紙の匂いもあのネバネバも、垂れ下がっていたあの台所の暗さも忘れてはいない。
ときどき蜃気楼のように、まるで手の届くところにあるかのように、目の前で怪しく揺れている、昭和のカケラたち。
あの時代だったからなのか、私が幼かったからなのか。あのとき身を置いていた時間に、私はときたま会いたくなることがある。
何か忘れ物をしてきてしまったのかもしれないなぁ。

#エッセイ #ハエ取り紙 #昭和

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