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老人と海

ずっと昔、ヘミングウェイの『老人と海』を読んだ。父の本だった。
父に、「あの本いいなぁ」と言ったら、「ええやろ」と父はちょっと嬉しそうな得意げな顔をした。
大人になってから母と本の話をしていたとき、
「老人と海、読んだことある?」と聞くと、
母はちょっと考えるような顔をした。
「読んだことあると思うけど、忘れたわ」
「お父さん、あの本、好きやよね」
私が言うと母は、
「お母さんはあれの何がいいんか、わからんわ」と半分笑いながら言った。
多分、こういう感覚は頑張ってもわかるものではないんだろうなと思う。
何がどういいのか、なんていうのは言葉ではなかなか説明できないもんだ。
このセリフが好き、とか、ここで泣いた、とかせいぜいそんな程度のものでしかいい表せないし、伝わらない。
あれ、いいよね、と話せる仲間がいたらそれはもう奇跡みたいなもんだし、父と母みたいに全く分かり合えなくても夫婦にはなれる。それでもなんとかやっていけるんだと思う。
共有できればもちろんいいけれど、好きなフレーズはいつまでも自分の中で宝物みたいに抱きしめておきたい。
こんな風に本との思い出は何かの拍子にふいに浮かび上がってくる。
それに意味があってもなくてもちゃんとすくい取ってあげたいと思っている。

ーー老人はライオンの夢を見ていた。

#エッセイ #老人と海 #本

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