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みかん

3月に他界した祖母のことをよく思い出す。わたしは仕事をしていなかったので、母と一緒に、可能な限り祖母のいる施設に足を運んでいた。
2月の誕生日には母と3人でお祝いした。わたしが半分残したチーズケーキを祖母はペロリと平らげていた。
老いるとはどういうことなんだろうと最近考える。
ひとだけが老いていく。始まったばかりの超高齢化社会で、誰もがその意味を見つけられずにいる。
老いていくその人を介護する人も、老いていく。する側もされる側も、必死で意味を探している。
「死にたいのに、死ねんのよな」
祖母は絞り出すように言った。私も母も無言になった。
目だけが見えず、体は悪くない。頭もしっかりしている。
生きていて欲しいと言っても何の慰めにもならない。それはわたしのエゴだからだ。
暗い世界で終わりのない生活をしなければいけないのは祖母なのだ。
いつも祖母が座っている椅子の横に袋を下げておいて、みかんを入れておく。祖母はみかんを喜んで食べた。みかんの皮は自分で剥く。ゴミは落ちるからわたしが捨てた。
「生きてたら美味しいもん食べられるやん」
胃腸が丈夫なことだけが救いだった。そやな、と祖母は口を動かしながら答える。
帰りの車の中で、母はしきりに繰り返す。
「かわいそうや。かわいそう。なんでおばあちゃんが」
わたしたちが、答えを探す意味はない。
答えは創っていかなくてはいけないだろうから。
人が作ったものが人を置き去りにしてしまったから、この世界にはもう、何も見つからないんじゃないかという気がしている。
最近、白髪が目立ってきて、鏡の前で何とも言えない気持ちになる。
わたしも白髪増えてきたー、と夫に言ったら、
「真っ白にすれば?」
と意地悪く返ってきた。息子が、
「そんなことしたら生えてきたとき、黒いの生えてくるし大変やん」
と大きな声を出した。
ミルクプリンやな。二人で笑った。

#エッセイ #老いる #祖母

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