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1999年カンヌ広告祭のJAPANESE論争

今アメリカで起きていることをニュースやSNSで追いながら、頭の中で再生されている曲がある。

"Ebony and Ivory" 

1982年、アメリカで一番売れた曲。こんな歌い出しだ。

Ebony and ivory
Live together in perfect harmony
Side by side on my piano keyboard
Oh Lord, why don’t we?

ebonyはピアノの黒鍵。ivoryは白鍵。

「黒と白は僕のピアノの鍵盤で寄り添って、仲良くやっている。なのにどうして人と人はそうなれないのだろう?」

作詞作曲はポール・マッカートニー(Paul McCartney)。スティービー・ワンダー(Stevie Wonder)とのデュエットは、歌詞と重なるようなperfect harmonyを響かせていた。

ピアノの黒鍵と白鍵のように

この歌をわたしが知ったのは、アメリカ留学中の1986年。コミュニティ・カレッジ(地域の市民講座)のASL(American Sign Language)講座で講師の先生が披露してくれた手話歌が"Ebony and Ivory"だった。CDからの曲に合わせて放たれる手話表現の美しさと力強さに釘づけになった。

講師は黒人の女性だった。

すれ違うもどかしさと、それでもわかり合えると信じたい気持ちが、英語も覚束ないのに手話に手を出したわたしに伝わった。いや、英語と手話の合わせ技だから、より伝わったのかもしれない。

一人ではハーモニーは生まれない。互いにないものを持っているから、人と人は響き合える。黒人と白人も。聴者とろう者も。肌の色の違い、あらゆる違いを超えて。そんな祈りを受け止めた。

あのときの胸の震えとともに記憶に刻まれた"Ebony and Ivory"は、振り返るたびにわたしを震わせる。

わたしがホームステイしていたのはカリフォルニアの裕福なベッドタウンで、黒人の住人は少なかった。高校でも黒人の生徒は一割もいなかった。肌の色が近い者同士でグループができていて、白人のグループに黒人の子が混じっているのは珍しかった。上手にすみ分けている感じだった。

トイレの個室の壁では、白人生徒と黒人生徒の罵り合いが繰り広げられていて、わたしはそこで汚い言葉のボキャブラリーを太らせた。

「白人ばっかりいい思いして、黒人は損してる」
「お前らが努力しないからだ」
「勉強したって、どうせ白人しかエラくなれない」
「お前らがバカだからだ」

もちろん一部の生徒のいがみ合いで、全面対決ではなかった。けれど、トイレの壁で言い争っている白人生徒と黒人生徒の間には深い溝があることを、渡米したばかり16歳の日本人留学生に想像させた。

2009年、オバマ大統領が誕生したとき、時代は変わったと思った。肌の色に関わらず、努力が報われるようになったんだと。でも、格差もわだかまりも解消されていなかった。

2020年、コロナ禍で分断が炙り出された。

「白人」対「黒人」という単純な図式ではない。黒人に肩を並べられたら困る白人と、それに反対する白人の対立が絡み、複雑な事情と感情がもつれ合っている。

日本人差別はあるのか

「日本人だってアメリカで差別されている」という声をSNSで目にすることがふえた。

どこの国にも日本人が嫌いな人はいる。わたしも留学中の下校途中に通り過ぎる車から"Yellow monkey,go home!"と叫ばれたことがある。でも、それは泣き止まない赤ちゃんに舌打ちするオッサンに運悪く遭遇するように、社会に根深い差別があるというより「理解が足りないゆえの個人レベルの差別感情」だと感じている。

肌の色が違うことを理由に住むところや就職先を制約され、白人と対等に競争する機会を奪われているとは言い切れない。英語力やコミュニケーション能力が壁になっている人もいる。「日本人ってイケてないよね」と同級生のイケてる女子から聞こえよがしにイヤミをぶつけられたこともあったけど、それはわたしがイケてなかったんだと思う。

というのは、あくまでわたしの個人的な感想だし、その根拠は30年以上前に見たアメリカのほんの一部と、10年あまり勤めた外資系企業での実感だ。

自分が見知ったこと、感じたことがすべてだと思ってしまうのは危うい。自分があからさまに差別された経験がないからといって、「差別がない」証明にはならない。

三島由紀夫は全共闘1000人が待つ東大安田講堂に単独で乗り込み、「言葉と敬意と熱」で対話を成立させようとした。立場の違い、意見の違いを超えて人と人がわかり合うには、「知ろうとする努力」も必要だ。

今起きていること。それがなぜ引き起こされているのかということ。現状認識と歴史認識。あわせて、「自分はどうなんだ?」「自分たちはどうなんだ?」と省みる視点。

差別って何なのか。

日本人は世界からどう見られているのか。

そのことを突き詰めて考えさせられる出来事が20年前にあった。

そのCMのタイトルは「JAPANESE」

事件はカンヌで起こった。

広告の世界で「カンヌ」といえばCANNES LIONSのこと。映画祭と同じ会場で開かれる国際広告祭で、受賞者にはライオン像が授けられる。日本人が「熱海に似ている」と口をそろえる南仏ののどかな港町に世界中からクリエイターが集まり、お祭り騒ぎになる。

今年は中止になったが、6月22-26日に「LIONS LIVE」というライブ配信を予定とのこと。誰でもエントリーできるので、広告業界のお祭りをのぞいてみるチャンス。

そのカンヌ広告祭で1999年、「JAPANESE」と題したノルウェーの航空会社のCMが賞を取り、物議をかもした。日本からの参加者の間で。

どんなCMだったのか。

何が問題になったのか。

他の国のクリエイターはどう感じたのか。

今のように検索すれば出てくる便利な時代ではなかったが、20年前のわたしには今より行動力と英語力があった。帰国後、色んな人に「どう思う?」と聞いて回り、論文にまとめた。

堺市博物館の学芸員の矢内さんの話に負けないほど長いが、最後まで読んでくれた人と「20年後のJAPANESE論争」ができるとうれしい。

✒︎✒︎✒︎✒︎✒︎ 論文はじめ   ✒︎✒︎✒︎✒︎✒︎       

1. カンヌ番外篇は、最終日の夜に幕を開けた。 

昨年に引き続き、カンヌ国際広告祭へ行った。初めて行ったとき以上の感動と刺激を受けたが、何よりもガツンと衝撃をくれ、後々まで痺れさせてくれたのが〈JAPANESE論争〉だった。

発端は、カンヌ最終日の真夜中、マルチネスホテルで行われた反省会。実際には〈フィルム部門審査員による講評〉というような名前がついていたと記憶しているが、30才以下を対象にしたヤングツアー参加者の間では〈反省会〉が通称になっていた。フィルム部門の表彰が終わった夜に日本人視察団が集まり、その年の日本人審査員から審査の経緯を聞くという会で、何年か前から恒例になっているらしい。

今年は、電通の田中とおる氏が話をされた。そこで突然、JAPANESE論争が勃発したのである。論争の口火を切ったのは、「なぜ〈JAPANESE〉を受賞させてしまったのだ?」という質問だった。槍玉に挙げられた〈JAPANESE〉とは、ノルウェーが出品したBRAATHENS AIRLINEの30秒CMのタイトルで、ストーリーは以下のような流れになっていた。

機内食が配られている客席。通路側に座った東洋人ビジネスマンが、ピーナツバターを塗られたパンのようなものをお手拭きと間違え、それで顔を拭いてしまう。場面が切り替わり、食後のおしぼりが配られるが、ビジネスマンは身振りで「いりません」「おなかいっぱい」と断わる。そこへ字幕スーパー "If you fly with us more often, you will not be the same."(私たちと何度か飛べば、あなたも旅慣れた人になります)が入る。

この作品がTransport, travel & tourism(交通と旅行)部門のゴールドを受賞してしまったことについて意見を求められた田中氏は、「僕以外は全員一致で推していて、審査委員長が気を遣って『いいのか』と聞いてくれたが、特に問題があるとは思わなかった」と答えた。すると、「日本人審査員として、止められなかったのか」「日本人差別だ」「入賞させたことは日本の恥だ」と矢継早に批判的な意見が飛んだ。

突然のバッシングに驚いた田中氏は、「でも実際、日本人が海外でそういう風に見られているという事実はありますし、それを表現として使ったことに目くじら立てて怒るほどのことでしょうか」と反論したが、この発言がますます怒りを買ってしまい、「カンヌは集団で日本人を笑いものにした」「カンヌの歴史に残すのは侮辱だ」「日本人がバカにされているから、賞が取れないんだ」と議論はケンカ腰になってきた。

2. 〈JAPANESE〉が気に入らない日本人たち

どんどん過激になっていく声を、いやぁな気持ちで聞いていた。
理由は、いくつかあった。

1)そこまで糾弾するほどの作品なのか。
私はそのCMには日本人への差別や侮蔑を感じなかった。アメリカに留学していた間に、日本人嫌いな人たちにたくさん出会ったし、日本人をコケにしたテレビ番組もたくさん見たが、〈JAPANESE〉での日本人の描き方には悪意よりむしろ好意のようなものを感じた。その違いがわからない人がこんなにいるのかというのが残念であり悲しかった。

2)なぜ審査が終わった今頃になって怒り出すのか。
オールリスト、ショートリストで上映されていたときは、特にその作品を問題視する意見を聞かなかった。作品一覧が載ったカタログは一人一冊配られているが、それと照らし合わせて上映を見る人は少ない。私も含めてほとんどの人が、受賞式でタイトルが紹介されるまでは「このCMの東洋人は日本人なんだ」と知らなかったのである。広告の内容そのものよりJAPANESEというタイトルが許せない、というのが引っかかった。他の東洋人ならいいというなら、その考え方こそ差別なのではという気がした。

3)日本が賞を取れなかった負け惜しみなのでは。
今年、日本はショートリストに一本残っただけで受賞はゼロという結果に終わった。なぜ日本が入賞しなかったかを議論するのは建設的なことだが、「日本人蔑視のCMに賞をやるようなカンヌでは勝てるものも勝てない」というのは、こじつけの言い訳に思えた。例えは悪いかもしれないが、オリンピックやワールドカップで日本が負けた後の不毛な非難のようだと思った。

4)なぜ日本人が日本人審査員を責めるのか。
人には好き嫌いというものがあるから、ノルウェーのあのCMが嫌いだとかけしからんとか言うのは自由だ。だが、それを審査員に訴えてどうなるのだろう。文句を言う相手を間違っているのではないか。しかも、カンヌの審査員は公正な立場のはずである。日本を背負って、日本の作品を入賞させるための日本代表だと勘違いしているのではないか、という不愉快さがあった。

そして、カンヌ最後の夜なのに、こんなことしてる場合じゃないという思いが私を落ち着かなくさせていた。ホテルの外では花火が打ち上げられ、カンヌに名残を惜しむ人々が歓声を上げていた。だが、笑顔で集う人々の中に日本人の姿はなく、ホテルの一室で難しい顔をして集まっている。それが有意義な出会いや情報交換の場ならいいのだが、日本人どうしがいがみ合っているのはどうしたことか。パーティを抜け出して〈反省会〉へ向かう田中氏に、審査員の一人が「君たち日本人は不思議だな。もうカンヌは終わったじゃないか」と言ったそうだが、私が見ても変な光景だった。

気まずいムードを破ったのは、S社長だった。「要はさ、俺たち、帰りの飛行機でピーナツバターとおしぼりを間違えなきゃいいんだよ」。張り詰めていた空気が笑いとともに緩んだところで反省会はお開きとなった。自分の会社の社長を褒めるのは身びいきみたいで気が進まないが、このジョークがなければ、救いのない会になっていたのではないかと思う。

3. 「日本人とは」+「広告表現とは」

マルチネスホテルを出た私の頭の中では、JAPANESE論争が続いていた。他の人たちはどう思ったのか聞いてみたくなり、目の前にいたヤングツアー参加者の一人、A君をつかまえ、「頭固い人がいるなあって、びっくりしちゃった」と話しかけると、私よりもずっと若い彼は「僕は腹わた煮えくり返ってますよ」と顔を上気させているではないか。意外な思いがして、「どうして? どうして?」と自分たちの宿泊先まで歩く間、問いかけ続けた。

私たちの会話は、以下のような内容であった。

A君「あの作品は日本人いじめです。それを世界が認めたことに日本人は憤るべきです」
今井「私はいじめとは思わない」
A君「いじめは、本人がいじめだと感じた時点で、いじめなんです」
今井「それって被害妄想なんじゃないの? カンヌで日本人は孤立しているっていうコンプレックスがあるから、過敏になっているんじゃない?」
A君「日本で見たら印象は違ったかもしれませんが、あのタイトルは許せません」
今井「同じ人が出ていても、タイトルがCHINESEだと許せて、JAPANESEだと許せないというのは、プライドの問題なの?」
A君「JAPANESEというタイトルをつける必要があったのかということです」
今井「JAPANESEって言ったほうが意図がわかりやすかったんだろうね」
A君「あんな日本人はいません」
今井「でも、海外で恥ずかしい日本人見るでしょ? 一緒にされたくないなって、目を反らすのはどうして?」
A君「そういうのはあるかもしれませんが、あのCMは行き過ぎです」

A君と話しているうち、面白いことに気づいた。このJAPANESE論争は「日本人とは」と「広告表現とは」が複雑に絡みあっているから話が難しくなっているのだ。最初は「あのCMに腹を立てる人は頭が固い!」と頭ごなしに決めつけていたのだが、広告制作者という視点でとらえれば、表現の幅を狭めていると言えても、日本人という視点で見れば、自分たちのことを笑いものにされて平気でいろというのもおかしい。 どうやらいろんな人に意見を聞いてみる必要がありそうだと思い、カンヌの宿題として持ち帰ることに決めた。

4. あるドイツ人が見た〈JAPANESE〉

翌日、ニースの空港でドイツのDaniel(ミュージックビデオディレクター 20代男)に会ったので、早速、前夜のマルチネスホテルでの一件を話し、「ヨーロッパの人間から見て、どう思う?」と聞いてみた。彼とは10分ほど話したが、まとめると、以下のような内容である。

1)ステレオタイプとしての日本人
CMという制約された時間の中でシャープに意味を伝えるには、記号を使う必要がある。日本人ビジネスマンは旅慣れていない人の記号としてわかりやすいから採用されただけなのでは。同様に黒人やインディアンにもステレオタイプはあるし、日本人も各民族にそれを持っているのは否めないはずだ。ただ、「ステレオタイプは記号であって事実とは違う」というのはみんなわかっている。そこを頭ごなしに否定するのはJust a jokeが通じないガンコ者という気がする。

2)広告表現への拍手
会場の拍手と審査員の評価は、日本人への偏見に賛同したのではなく、広告の手法としての記号の使い方に対する「よくやった」「その手があったか」である。ステレオタイプを使った広告の中には、当事者以外の人が見ても不快に思うものも多い。とくに障害者や老人、民族や人種の使い方は難しい。あのCMは僕たちから見ると、素直にくすっと笑えるチャーミングなものに仕上がっていた。日本人ツアー客ではなく上品なビジネスマンを使ったのもよかったと思う。

3)LOOK DOWN(軽蔑)ではなくLOOK UP(尊敬)
ヨーロッパ人、少なくともドイツ人は日本人をバカにしていないし、テクノロジーの面では尊敬している。みんなで日本人をバカにしているとか差別だとか考えるのは被害妄想ではないか。(余談だが、僕たちがバカにしているのは、自分たちの国がピザの発祥地だと勘違いしていたり、オーストリアとオーストラリアの区別がつかないアメリカ人のほうだ)

4)パワーをもらう場なのに
カンヌは広告という同じ仕事に携わっている人たちが互いの健闘をたたえあい、「みんなも同じ問題や悩みを抱えているけど頑張っているんだな」とパワーをもらって帰る場。限られた予算、得意先の注文、媒体の制約、世論の壁……もろもろの関門をクリアし、アイデアを形にして世に出した人に対して、その苦労がわかっているからこそ、惜しみない拍手を送るのだ。ネタにされたことを悔しがるより、どんなネタなら拍手がもらえるのかを考えるべきではないか。

最後にDanielは「何より驚くのは、お祭りの最終日の真夜中に君たちが会議をしていたという事実だね。日本人は、ほんとに仕事が好きなんだなあ」と笑った後で、「同じ国とはいえ、代理店の違う者どうしが反省会をするのは変だね」と言った。ヨーロッパでは国境という線引きが曖昧になっていて、ドイツのA広告代理店にいた人がオランダのB代理店に移籍するということも珍しくない。国というよりは代理店の名誉と威信にかけてカンヌを戦っているから、敵である代理店どうしが一同に会して戦いぶりを振り返ることは考えられない。言われてみると、確かに不思議である。日本にいるときはライバルなのに、カンヌでは一緒に反省してしまう。日本人特有の連帯感なのだろうか。

5. 誰でも自分の国にプライドがある

帰国すると早速、会う人ごとに〈JAPANESE〉の話をした。広告関係者以外の知人にも意見を聞いたが、大抵の人は「ひどいCMだ」と反射的に言った。海外経験の長い人も例外ではなく、これが日本人として素直な感覚なのだと発見した。興味深かったのは、「そういうCMはあるだろうね」と受け入れる傾向が、単身で海外留学をした人たちに見られたこと。私もその部類に入るが、日本人が海外でどう見られているかを肌で感じ、苦労した経験があるので、免疫ができているのかもしれない。

広告関係者の中では、外資系企業と仕事をしている人ほど、日本人をネタにした広告へのアレルギーは見られなかった。ただ、これは諦めも含んだ開き直りともいえる。外国人の中での日本人がよくわかっているからこそ、ネタにされてもしょうがないと思ってしまうのではないだろうか。

留学経験があり外資系広告代理店で働いている私の〈JAPANESE〉への反応は、平均的な日本人のそれとは多少温度差があったといえる。また、カンヌは日本人に冷たいというのは負け惜しみではないかと先に述べたが、「事務局長のハッチェル氏は日本人が嫌いで、日本人審査員には握手をしないらしい」という話をある広告関係者から聞き、被害妄想とは言い切れないのか、とショックを受けたりもした。

一方、カンヌで知り合った海外のクリエーターたちには、メールを送り、私見を入れない形でJAPANESE論争の経緯を報告し、反応を見てみた。

今回は二人のドイツ人Danielと知り合いになったのだが、もう一人のDaniel(コピーライター 20代男)は「そのCMは覚えてないんだけど」と前置きした上で、こう答えた。「そんなに気分を悪くすることはないんじゃないかな。広告は面白くしようと思って作るものだから。ただステレオタイプを使っているだけだと思うよ。ドイツにも似たような議論があって、あるCMを巡って目くじら立ててる人たちがいるけど、面白いんだから一緒に笑えばいいのにと思う。だってアメリカ人であれドイツ人であれ日本人であれ、人間はどこかしらおかしな存在であり、だからこそ愛せる生き物なのだから。でもドイツ人は自分たちのことを笑われるのが耐えられないし、この国ではドイツ人のおかしさをネタにした広告は作りにくいんだ」

彼の意見の中にも〈民族のプライド〉と〈広告表現の自由〉の葛藤がうかがえる。日本人だけでなく、どの国の人も自分たちのことをネタにされるのは愉快ではないらしい。 だが、極論を言うと、メキシコのAlan(コピーライター 20代男)が指摘するように、「広告というのは誰かの問題を見せて他の人を巻き込んで笑わせるユーモアが基本にあるのだから、それを否定するのは広告の根本を否定するものじゃないかなあ」と、広告制作者にとっては窮屈なことになってしまう。

ドイツ人の怒りを買った広告の例は、ポーランドのEla(クリエイティブ ディレクター 30代女)からも報告された。

そのCMは見たけど、日本人に対してひどいとか傲慢だとかは感じなかったわ。むしろ日本人という記号を上品にお洒落に表現していた印象を受けたし、そこがよかったと思う。去年ポーランドではKREATURAという広告賞でトヨタのCMが大議論を呼んだの。ドイツ人をbunch of idiots(バカ集団)として見せた作品だったんだけど、それがグランプリを取っちゃったの。ポーランドにはポーランド人自身をからかった広告がたくさんあるけど、品よくやっているものに関しては上質のユーモアとして受け止められるから、人を傷つけないんじゃないかしら。

この意見については私も同感だ。今までに見た日本人を題材にしたユーモアの中で、〈JAPANESE〉は最も品のいいものだった。おかしな英語を発音させることなくジェスチャーで会話させたことも、気がきいていた。

JAPANESE論争は朝日新聞の社会面でも「こんな日本人、現実か侮辱か」という見出しで取り上げられたが、記事を読んで「そんなひどい広告が受賞したとは!」と憤慨した人が問題のCMをビデオで見て、「なんだ、こんな表現ならいいじゃない」と拍子抜けしたという話も聞いた。

6. カンヌの中のJAPAN

今、とても残念に思うのは、〈JAPANESE〉の制作者たちの意図を確かめる機会を逃してしまったことだ。もっとも、そのことに気づいたのは、オランダのLasse(アートディレクター 20代男)からのメールを読んだときである。

カンヌにいるうちにノルウェー人をつかまえて、何であんなCM作ったんだ、どんなつもりで日本人を使ったんだって問いつめればよかったのに。

カンヌは戦いの場なのだから、ぶつかりあえばいい。話せばはっきりすることなのに、身内だけで怒りをぶつけあうのは逃げていることにしかならない、と言う。最後に彼はこう締めくくった。

それでも納得いかなきゃ、ノルウェー人が機内で生鮭を丸かぶりしているCM作って来年カンヌに出せばいい。ウケると思うよ。

カンヌのいいところは、広告だけではなく、それを作った人間が集まっていること。だが、日本からの参加者は、輪の外から眺めているだけで、中に入りこんでいない印象を受ける。言葉の壁が大きいとは思うが、英語が不自由なのは日本人だけではない。今年、ベネズエラやコロンビアやメキシコといった南米のクリエーターたちと初めて友達になった。文法も発音も決して正しくはないが、気持ちの伝わる英語を話す人たちだ。

ベネズエラのSebastian(アートディレクター 20代男)は帰国後、「日本のことはよく知らないけど、友達ができたから、日本の広告の見方が変わる気がするよ」とメールをくれた。私もベネズエラの広告について、同じように感じている。審査員一人の力をあれこれ言うより、カンヌ参加者全体に日本への親近感や好感を広げていくことが大切なのではないか、という気がしてならない。一回のカンヌでは劇的な変化は望めなくても、日本人シンパが毎回少しずつ増えていけば、五年先、十年先のカンヌは変わってくると思う。

7. JAPANの広告もガンバレ

日本の広告についての疑問や違和感も、友達になれば聞き出したり説明したりできる。ここ数年、カンヌで日本は低迷しているが、賞をいくつも取っていた時代もあった。当時と今で何が違うのか。バブル後の不況が日本の広告を変えてしまったように思う。物が売れなくなって、企業はブランドをじっくり育てることより新製品を乱発してその場しのぎをするようになった。さらに広告費が締めつけられた結果、15秒という短い秒数に情報を詰め込むCMが増えた。一方的にセールスポイントをまくしたてるCMでは想像力はかきたてられないし、シンプルで強いコミュニケーションはしにくくなる。

日本の広告は商品名は頭に残るけど、商品の顔や性格が残らない。まるで、名刺だけは押しつけられたものの顔を思い出せない日本人みたいだ。

とスペイン人のクリエイターに言われたが、鋭い指摘である。名刺は欧米では〈もう一度会いたい相手に連絡先を教えるもの〉であり、再会の約束。名刺を渡しただけで安心する感覚が企業の人柄が見えない広告に結びついているのではないか。そう言われて海外のCMを見直すと、新発売の商品名を連呼するときも、どこかユーモラスだったり、気になる演出があったり、〈愛せる性格〉のためのひと工夫が見られる。商品を売りながらブランドを作っているのである。

得意先があれもこれも言いたがる状況は、僕らの国も同じ。でも、詰め込むだけなら誰だってできる。メッセージをシャープに絞りこんでチャーミングな表現に仕上げるのが僕らクリエイターの仕事だよ。いちばん大変なのは、それを得意先に売ることだけど。

とオランダのLasseは言う。彼は入社一年目ということもあって、「一年のほとんどはパッとしない仕事のチラシやPOSを作っている」のだが、「たまに舞い込んでくるチャンスに食らいついて、モノにしてやる」という意気込みは年中無休だ。 日本と海外のクリエイターの力量に大きな差はないと思うが、日本に足りないものがあるとしたら、〈アイデアを貫き通す情熱〉ではないだろうか。

海外のクリエイターは会社に属していても個人として勝負しているのに対し、日本の広告制作者はクリエイターである前に会社員である。会社の立場という縛りと、会社に守られているという安心感。それがあるから、通らないアイデアに見切りをつけるのが早いのではないか。「このアイデア、どうやって通したんだろう」という作品には去年のカンヌでもたくさん出会ったが、「きっと海外の得意先は物わかりがいいんだな」と理解していた。だが実際そこには、得意先と信頼関係を築き、あの手この手で説得し、予算を確保し、制作までこぎつけたクリエイターの粘りがあるのだ。「いいものを作ってやる」という意地の結晶であり、時には奇跡なのである。

日本の広告を見渡して、そのような苦労の跡が見られるものが果たしてどれくらいあるだろうか。「優秀なクリエイターというのは優秀なコミュニケーターでなくてはならない。消費者を引きつける前に上司や得意先を引き込めないと」。私より若いクリエイターたちに当り前のようにそう言われると、私も含めて日本の広告業界はその努力を怠っているなと反省してしまう。

8. ブーイングされるJAPAN

今年よく聞かれたのは、「日本は出品料が安いのか」ということだった。半分は皮肉であるが、「これで賞を取る気なのか」と首を傾げるような作品が目に余ると言うのである。日本の作品がブーイングを浴びるのは、カルチャーの違いで理解が難しいからというよりも、日本人が見ても「どういうつもりで出してきたのか」と疑問に思うものを平気で出してくる姿勢を非難しているのだ。海外では賞ひとつで給料が、椅子が、会社のランクが変わる。南米はとくにその傾向があると聞く。大出世がかかっているから賞を狙う気迫が違う。

カンヌは未来をかけたシビアな戦いであり、甘い気持ちでは同じ土俵に上がれない。「どうだ、いいアイデアだろ」「これを通すのは大変だったんだぞ」「こんなの作れないだろう」と火花を散らしている作品の中に、「あわよくばひっかかるかも」という作品が混じると白けてしまう。それをする者は国籍に関係なく疎まれるし、自分の国の出品作でもブーイングの対象となる。

日本に限っていえば、「出してみただけ」の作品のあまりの多さに、本気で出している作品までもが悪いレッテルを貼られている印象がある。今のままの〈甘い出品〉を続ける限り、カンヌでの日本が厳しい目で見られ、孤立する傾向は避けられないのかもしれない。もちろん、これは日本人差別云々とは別問題である。

カンヌで世界と肩を並べようとするなら、出品姿勢そのものを見直す必要があるのではないか。日本は本気だとアピールしなくては、入賞どころか審査対象にもされないだろう。ただし、あくまでも日本に通用するものを作った先にカンヌがなくてはならないし、賞を取れないからダメな広告とは断言できない。

今年のカンヌで泣けた作品がひとつだけあった。JRの「そうだ 京都 行こう」の桜のバージョンだ。もともと好きなCMだが、カンヌのスクリーンで見たとき、涙がこぼれた。英語の字幕スーパーではニュアンスが伝わらなかったのか、それとも桜への思い入れが少ないのか、回りにいる外国人は無反応だった。日本人にしかわからない感動というのが余計に贅沢なことに思えた。

賞を取れなくても世界に誇れるものであれば、堂々と出せばいい。見てもらえばいい。その姿勢や心意気は通じるはずだし、「あのCMわからないよ」と言われても胸を張って説明すればいいのだから。

9. 日本人の広告人として進む道

カンヌから帰ってからの数か月、いつも頭のどこかにJAPANESE論争があった。日本人であることを普段は意識しないように、広告人であるという感覚も入社七年目ともなると新鮮ではなくなってくるのだが、論争をきっかけに「日本人とは」「広告表現とは」を考え、国内外の人たちと意見を交したことは、いいカンフル剤になった。広告関係者からも、関係者以外の人たちからも、いい刺激をもらった。

「広告を受け止める大多数の日本人は国際人ではないし、外国に行ったことがない人もいる。海外に目を向けすぎると、日本人の感覚とは離れていくのでは」という友人(メーカー勤務 20代女)の言葉は帰国直後の私を冷静にさせたし、「同じメッセージを発信しても笑う人と傷つく人がいること、いろんな受け止め方があることは知っておくべきです。視聴者の顔色をうかがえというわけではないけれど、情報を一方的に作って送りつける立場にある人間として、謙虚な姿勢を忘れてはならない」というテレビ局ディレクター(30代男)の言葉には、背筋を正される思いがした。

コピーライターのDanielは、「僕たちは第三の目を持つべきだ」と言う。右目と左目と、もうひとつの目。得意先や消費者のほうだけを向くのではなく、別の角度から広告をとらえてみると、見え方が変わってくる。たとえば、これをカンヌに出したらどんな反応をされるか。よくやったと拍手されるか。本当にこれが作りたかったのかと首を傾げられるか。作ったヤツの顔が見たいと思われるか。そんな視点が加わるだけで、日々の仕事の取り組みが変わってくる。

マルチネスホテルの一室でむくむくと湧いた疑問に、たくさんの人がそれぞれの言葉で答えを出してくれた。そのひとつひとつが私には、新しい視点の発見だった。長い宿題にひと区切りつけた今、日本人として、広告人として、あらためて誇りと希望を持てたように思う。1999年カンヌの思いがけない収穫を、これからの仕事、次のカンヌ、21世紀の日本の広告に活かしていくこと。それが、今回インタビューさせていただいた方々への「ありがとう」になると信じている。

✒︎✒︎✒︎✒︎✒︎ 論文終わり   ✒︎✒︎✒︎✒︎✒︎

SNSがあったら炎上してた

読み返してみての第一印象は「とはいえ、あんたも欧米向いてるやん」。

文中で繰り返される「海外」というざっくりしたくくりは「欧米」を意味しているし、欧米だってひとくくりにはできない。

決定的なのは、日本以外のアジア諸国からの参加者の声を聞いていないことだ。

それには理由がある。現地での交流がなかったのだ。中国や韓国や台湾、さらに東南アジアの国々からの参加者と一言も交わしていない。参加者はいたのだろうと思うけれど、視界に入っていなかった。記念写真に写っているのは白人ばかりだ。

取材し直して来い、というか、カンヌからやり直して来い。と言えるのは、当時より数十年生きた今だからで、まだまだ若い、青い、視野が狭い。

そこは致命的だけど、偏りがありながらも色んな意見を聞いて、《カンヌで日本人が存在感を発揮するには》まで考えを巡らせられたのは収穫だったと思う。

差別は利害関係と結びついている。肌の色、性別、障害の有無で権利や機会を制限することは、「制限されない側」にはアドバンテージになる。「差別で損をしている人」がいるということは、「差別がなくなると損をする人」がいるということだ。「日本人差別の作品を受賞させるような広告祭だから、日本の作品は賞を取れなかった」と考える人がいても不思議ではない。

それにしても、Twitterやfacebookが登場する前で良かった。対面で、お互いに名前もどの会社の所属かもわかり合っている会合でもあれだけヒートアップしたのだ。良いニュースも悪いニュースもねじ曲がったニュースもあっという間に広まる今だったら、「ノルウェー人が日本人をバカにした」という表面的な情報が一人歩きして、ノルウェー製品不買運動が起きていたかもしれない。

リプ欄は「こんなの許したら日本人じゃない派」と「ユーモアがわからなんてますます国際社会でバカにされる派」が火花を散らし、大荒れになっただろう。

でも、どちらが正しい、どちらが間違っていると白黒決着つけたところで、相手を制した側の満足以上のものは生まれない。

肌の色に優劣をつけることが差別を生むように、自分と異なる色の意見に優劣をつけようとすると、相手を引きずり下ろし、マウントを取ろうとする上下の争いになってしまう。相手を自分の色に染めるのではなく、カラフルな議論をしたい。その先に不協和音ではなくハーモニーが生まれることを願っている。"Ebony and Ivory"の楽曲と手話歌を頭の中で奏でながら。

1999年のJAPANESE論争の論文は、その年のJAAA(日本広告業協会)の広告懸賞に応募して(長すぎたので大幅にカットした)、何かの賞をいただいた。受賞論文集を読んだ片岡弘氏から「本の原稿を書きませんか」と連絡があり、『広告マンになるには』という本の執筆に参加させてもらった。

古本がamazonで200円からなぜか1万円超え。広告業界がこの20年でどれだけ変わったかわかる。歴史書か!



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