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膝蹴りから開いた花─耳ビジ1周年と「たゆたう花」

Clubhouseで平日のほぼ毎朝開かれている「耳で読むビジネス書(愛称「耳ビジ」)」ルームが2022年4月1日に1周年を迎える(当日朝8時からお祝いルームを開催。replayあり)と聞いて、「あれからもう1年経ったのか!」と驚いた。

「1年早かった!」と同時に、「なんと濃い1年だったのか!」という驚き。

「耳ビジ」を立ち上げ、引っ張ってきたナレーターの下間都代子さんと出会って以来、Clubhouseを拠点に世界がどんどん広がっている。

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「これが欲しいんです」と伝えられる人

2021年4月1日、都代子さんはまだ名前のなかった「耳ビジ」ルームを始めた。1冊目の『ザ・マイクロコピー』(山本琢磨)を読むルームを寝坊で1時間遅刻して開いた日、いつもとは違う顔ぶれがオーディエンスに集まった。

「マイクロコピーってなんだろ?」とルームに入った元コピーライターのわたしもその一人だった。

都代子さんのことは「みくとよ道場」というナレーション特訓ルームを聴いて、知っていた。遠慮はないけれど愛のある的確な指摘に「この人ただ者じゃない」と注目していた。

朗読が終わって感想タイムになり、手を挙げたオーディエンスがスピーカーに上がった。「次に読むビジネス書を探している」と言う都代子さんに、「今聴きに来ている今井さん、色々書いてますよ」とClubhouseで知り合って親しくなった藤本幸利さん(『嘘八百 京町ロワイヤル』出演)がつないでくれた。

憧れの都代子さんとお話しできて舞い上がったのだが、「ビジネス書は書いてないんですね?」とハッキリ言われ、「お呼びでない!?」と焦った。

「わたしは書いてないですが、ビジネス書を書いている人を紹介できます!」

閉まりかけた電車のドアに足をねじ込むようにして、都代子号に滑り込んだ。

都代子さんは、何が欲しい、何が要らないを瞬時に判断して、それを伝えられる人だ。

初対面、しかも声だけで会っている相手には遠慮や気遣いが発生してしまうが、それが邪魔して、本当は欲しいものを頼めなかったり、本当は欲しくないものを頼んでしまったりする。

その点、都代子さんは話が早かった。今この人が探しているのは「ビジネス書を朗読させてくれる著者」なんだとはっきりわかったので、すぐに動けた。

頭に浮かんだのは大阪府堺市の泉北ニュータウンつながりで知り合った「泉北会」メンバーの川上徹也さんと鶴野充茂さんと高橋朋宏さん。Clubhouseで都代子さんと初めて話したのが4月5日。その日のうちに3人に連絡を取り、次の日の夜に都合がついた川上徹也さんと鶴野充茂さんをClubhouseのクローズドルーム(鍵つき部屋)で都代子さんにつないだ。

「ないものねだり」を「ないもの作り」に

川上徹也さんと鶴野充茂さんはふたつ返事で「はいはいどうぞ読んでください」「本送ります」となった。

図太い、厚かましいとは違うのだけど、都代子さんの話の持って行き方には、うなずかせる力があった。

実際には「読ませてもらうのに、著者さんに本を贈呈していただいて良いのだろうか」と恐縮されていたし、遠慮も気遣いも働いていたのだが、迷いを感じさせないまっすぐな声と語尾のチカラで、頼まれたほうは迷いなく「やります!」と答えてしまう。

ビジネス書を読ませてもらう交渉が成立した後で「ルーム名はこれで決まりなんですか?」という話になったとき、都代子さんはすかさず「何かいいのあります?」と聞いた。

アイデア出しが始まり、「耳で読むビジネス書は?」「反対の意味の言葉を組み合わせるコピーは強いですね」「愛称は『耳ビジ』で」と決まっていった。「『耳ビジ』って言いにくい」と都代子さんが言うと、「名前は言い続けていると、なじみます!」「い行が続くので、引っ掛かりがあって印象に残ります!」と3人で強くおすすめした。

現役コピーライターで「売れるコピー」論のベストセラーを連発している川上徹也さん。「頭のいい説明すぐできるコツ」シリーズが70万部超え(当時)の鶴野充茂さん。コピーライター出身脚本家のわたし。3人が集まった機会をつかまえてその場でネーミング会議に持ち込む。

天性のプロデューサーだと思った。

「お金はないけど映画を作りたい。クオリティも妥協したくない」。そんな「ないものねだり」な企画の場合、大抵は「時間もない」。そこで「人」で何とかすることになる。

実際はお金と時間を捻出するよりも、人を動かすほうが難しいのだが、話の持って行きようで人は動く。人を動かせたら、「ないものねだり」を「ないもの作り」にできる。

都代子さんは「何が足りないのか」と、その足りない部分を「誰にどう補ってもらうのがいいか」を見極め、ピンポイントで「あなたにはこれをお願い!」と言える人だった。

それを反射的、瞬発的に、直感でやってのける。

思えばあれも膝蹴りだった

「今井さんにもお願いしたいことがあるんです」

ビジネス書を書いていないわたしに、都代子さんが切り出した。

「『迷ナレーター達が紡ぐ朗読の世界』で読む作品を書いて欲しい」という依頼だった。わたしはそのルームのファンでもあったし、あのルームでいつか自分の作品を読んでもらえたらと思っていた。しかも、「みくとよ道場」の広瀬未来さんとの二人朗読だという。

声を知っている。掛け合いの雰囲気も知っている。あて書きのイメージが広がった。

「書けます! いつの迷ナレーター部屋ですか?」と聞くと、「今度の土曜日です」。

本番まで4日。15分の作品を書き下ろすには時間がなさすぎるが、「やります!」と飛びついた。

4月7日に初稿を送り、4月8日にモノローグを足し、4月9日にリハーサルを聴いたら15分に収まらないことがわかり、4000字から3300字にカット。4月10日が本番だった。発注から上演までの最速記録だったかもしれない。

切羽詰まった火事場の馬鹿力とは違う。張り切ったのだ。この人と何かやりたい、作りたい。そう思わせる都代子さんの巻き込み力に気持ちよく巻き込まれた。

温泉を舞台にというリクエスト、都代子さんと未来さんの声と桜の季節へのあて書きで生まれた朗読作品に「たゆたう花」とタイトルをつけた。

蕾がほころんで花が開くように、温泉でくつろいで元気が出るように、都代子さんに物語を引き出された。

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2021年5月31日から続いている「膝枕」朗読リレー(通称「膝枕リレー」)では、都代子さんは初日に3番手として朗読した後、「この話読みたい人、今手を挙げないと読めないよ」と呼びかけ、後に続く16人の読み手を捕獲した。「女王の膝蹴り」と今でも語り継がれているが、思えば「たゆたう花」も膝蹴りから開いた花だったのだ。

今井雅子作「たゆたう花」

登場人物は高校の演劇部で一緒だったトヨコとミク。あて書きしたお二人の名前を役名にしているが、演じる人の名前に代えていただければ。Clubhouseでの朗読どうぞ。ものがたり交差点からルームを立てていただくのも歓迎。ト書きで指定している湯のちゃぷちゃぷ音は、なければなしでOKだけど、たらいに水を張って手でかき回すと、いい音が出る。温泉感がグッと増すのでお試しあれ。

トヨコM「女湯の露天風呂には、誰もいなかった」

ミク「トヨコさん、貸切だよ」
トヨコ「やった。二人占め」

トヨコM「枝垂れ桜と温泉を目当てに、高校時代の同級生、ミクと女二人旅。私はザブンと湯しぶきを散らし、ミクはちゃぷんと可愛い音を立てて、湯に入る」

ちゃぷん、ちゃぷんと湯が音を立てる。

ミク「やっぱり、お客さん少ないのかな」
トヨコ「そうだよね。予約すんなり取れたし」
ミク「いつもの年だったら、この時期、直前で滑り込めないよね」
トヨコ「まあ、でも、終わりかけだしね」
ミク「え? 何が?」
トヨコ「桜」
ミク「あ……ああ……桜か」
トヨコ「なんだと思った?」
ミク「ううん」

トヨコM「『終わりかけ』という言葉に、ミクがやけに反応した。盛りがあるものは、やがて下り坂に差し掛かり、終わりを迎える。花も、女も」

トヨコ「……弾かなくなったよね」
ミク「え?」
トヨコ「若い頃はさ、肌の上で水滴が玉になったじゃない?」
ミク「なったよね」

お湯をすくって、腕にかけながら、

トヨコ「今はさ、ほら、水滴がだらんって広がる」
ミク「肌の弾力が重力に負けちゃってる」
トヨコ「重力って、あるよね。ニュートンはリンゴが落ちるのを見て重力を発見したけど、私は、我が身で重力を思い知るね。肉という肉が地球に引っ張られてるなって」
ミク「(ぽつり)バネで弾む春スプリング」
トヨコ「それ、どっかで聞いたことある」
ミク「一緒に受けたよね? マウマウの英語」
トヨコ「それだ! ダジャレ大好きイングリッシュティーチャー、マウマウ」
ミク「イエース。(マウマウ口調で)Repeat after me! バネで弾む春spring」
トヨコ「バネで弾む春spring。覚えやすい! 私なんで忘れちゃったんだろ」
ミク「忘れたくてもなかなか忘れられないよ、マウマウのダジャレ英語。しつこい油汚れみたいに、こびりついてる」
トヨコ「(ウケて)しつこい油汚れ」
ミク「何?」
トヨコ「ミクのたとえが主婦だなって」
ミク「あーダメダメ。旅行に生活感持ち込むの禁止」
トヨコ「マウマウって、なんでマウマウなんだっけ」
ミク「苗字が山口だから、マウンテン・マウスでマウマウ。もう、演劇部の顧問の名前、忘れちゃダメでしょ」
トヨコ「だってマウマウはマウマウだから」
ミク「トヨコさんて、なんでも忘れちゃうんだね。(ポツリ)羨ましい」
トヨコ「え?」
ミク「ううん、なんでもない」

トヨコM「ミクが黙ると、私も黙る。湯船のゴツゴツした岩肌に背中を預け、なんとなく同じ方向を見ている。目隠しの竹垣の上に月が出ている。三日月。そんな題名の戯曲を演じた高校3年生の文化祭。部長の私は、いつものように男役で、副部長のミクが、これもいつものように恋人役だった」

ちゃぷん、ちゃぷんと湯が音を立てる。

トヨコ「……ミク、何かあった?」
ミク「え?」
トヨコ「突然、温泉行こう、なんて」
ミク「迷惑だった?」
トヨコ「ううん全然。でも、いつもだったら何か月も前から段取りするじゃない?」
ミク「卒業旅行のこと、思い出してさ」
トヨコ「卒業旅行?」
ミク「トヨコさんと福島の枝垂れ桜並木歩いたなあって。花が散る前に、もう一度、トヨコさんと歩いてみたかった」

トヨコM「花が散る前に、もう一度。ミクが何気なく放った言葉が、桜ではなく、自分のことを指しているように聞こえる。胸を揺さぶるさざ波を打ち消すように、目の前の湯をかき混ぜた」

ちゃぷんと湯が音を立てる。

ミク「トヨコさん、どうしたの?」
トヨコ「え?」
ミク「今、遠い目をしてた」
トヨコ「ミクが卒業旅行なんて言うから、あれから何度目の桜かなって」
ミク「昔の恋を思い出す目だったよ」
トヨコ「(ドキッ)何それ」
ミク「図星だ。私の知ってる人?」
トヨコ「ミクが先に話してよ」
ミク「何を?」
トヨコ「私に言うことあるでしょ?」
ミク「トヨコさん見て! 桜の花びら、降ってきた」
トヨコ「話そらした」
ミク「花見湯だー。お酒飲みたーい」
トヨコ「さっき、けっこう飲んだよね?」
ミク「見て見て。あの花びら、あっちの花びらを追いかけてるみたい。(花びらにアフレコ)『待って。私を置いてかないで。聞いて欲しいの、胸に秘めた、この想い』。(自分に戻って)よーし、ミクちゃんが波を起こして、キミの恋を後押ししてあげよう。行け行けー」

手でお湯を送ると、波立つ音が鳴る。

トヨコ「(ため息)話したくないんだったら、いいよ。私、髪洗って来る」

ザバッと湯から上がる。

ミク「キスしよう」
トヨコ「え?」
ミク「って、トヨコさん言ったよね? 枝垂れ桜の下で」

ちゃぷんと湯が音を立てる。

ミク「不意にトヨコさんが立ち止まって、枝垂れ桜のカーテンに閉じ込められて、二人きりで、誰も見てなくて、トヨコさんの顔が近づいて、いい香りがして」

ちゃぷんと湯が音を立てる。

ミク「覚えてない、か。『バネで弾む春スプリング』も演劇部顧問の名前も忘れちゃってたもんね。安心して。未遂だから。私の青春の甘酸っぱい思い出。あのときキスしてたら、今、トヨコさんと旅行してない」

トヨコM「私が何か言うのを待たずに、ミクは言葉を続ける。まるで、自分に言い聞かせているように」

ミク「結婚式のスピーチで、トヨコさん、感極まって泣いちゃったじゃない? 私のドレス姿見て、ミク、きれいだよって言ってくれて、後はもう言葉が続かなくて。みんなは祝福の涙だって思ってたけど、私はトヨコさんが悔し泣きしてるんだって思った。私の涙も、うれし涙なんかじゃなかった。好きな人と結婚したはずなのに、これで良かったのかなって。枝垂れ桜の下でトヨコさんとキスしてたら違う未来があったのかなって。桜の季節が巡って来るたび、苦しくて……」

ちゃぷんと湯が音を立てる。

トヨコM「忘れたくても忘れられなかった。忘れられるわけがなかった。枝垂れ桜のカーテン。抱き寄せたミクの髪のにおい。ささやくようなミクの声。形のいい唇。頭の中のビデオテープを何度も巻き戻して、再生した。テープが擦り切れるくらい」

ちゃぷんと湯が音を立てる。

ミク「きれいだった。あのときの桜。あのときのトヨコさんも。今もきれい。肌もバストも。重力に負けてない」
トヨコ「ミク、酔ってる?」
ミク「酔ってないよ。お酒の力は借りてるけど」
トヨコ「湯当たりしちゃうね。出よっか」

ザバッと湯から上がる。

ミク「トヨコさん、キスしよ」
トヨコ「え……」
ミク「誰も見てない」
トヨコ「ちょっとミク、どうしたの?」
ミク「今日、枝垂れ桜の下歩きながら、ずっと言いたかった」
トヨコ「とにかく上がろ。ねっ」
ミク「ダンナがね、浮気してたの」
トヨコ「(息を飲む)」
ミク「それ知ったとき、私、これでトヨコさんに会えるって思ったんだよね」

トヨコM「ミクが私を見た」

ミク「トヨコさんと何かあっても、おあいこだから」
トヨコ「ハダカでする話じゃないよ。部屋で話そ」
ミク「あの日の続き、しよ」
トヨコ「ミク……」

二人が近づき、湯が音を立てる。

ミク「(髪の香りを嗅いで)あのときと同じ。トヨコさんの髪、桜の香りがする」
トヨコ「(息を詰めて)」
ミク「私の髪も、桜の香りする?」
トヨコ「(髪の香りを嗅いで)うん……してる」
ミク「今、トヨコさんの息が耳にかかった」
トヨコ「ミク……」
ミク「トヨコさん……忘れさせて。全部」

トヨコM「ミクの唇が迫ってきた。息ができなかった」

ミク「(息遣い)」
トヨコ「(息遣い)」
ミク「なーんてね。冗談に決まってるじゃない。……やだ、トヨコさん、本気にしてた?」
トヨコ「……まさか! ミクが熱演だったから」
ミク「ふふ。久しぶりに演劇部ごっこしてみたかったんだ」
トヨコ「あの唇は反則」
ミク「『忘れさせて。全部』。やったよねー。3年のときの文化祭」

トヨコM「文化祭で演じた劇に、そんなセリフはなかった。ミクが再現したのは、枝垂れ桜の下で私が口にした言葉だった。『冗談に決まってるじゃない』とあの日の私もはぐらかした。明るすぎる声で」

ミク「あ、さっきの花びら、追いついた。良かったね。やっと会えたね」

トヨコM「湯にたゆたう桜の花びらを見ながら、私の心も、たゆたう。今起きたことの、どこからどこまでが冗談なのだろう、と」

2年ぶりの里帰り

初演から2年経った春、再び「迷ナレーター達が紡ぐ朗読の世界」で「たゆたう花」が読まれることになった。Twitterで都代子さんに「また読んで欲しいです」とおねだりしたところ「誰か他に読まないかな?」と都代子さん。そのやりとりを見て、宮村麻未さんと堀部由加里さんが手を挙げてくれたが、わたしと都代子さんもこのふたりを思い浮かべていた。

replayはこちら。

桜井ういよさんの力作アイコン。

桜井ういよさんの「たゆたうアイコン」は背景の桜の絵を何枚も重ねて奥行きを出し、相変わらず愛と熱量が半端ない。

都代子さんと未来さんの「初演」の録音を公開しましょうとなり、動画用のタイトル画像を同じデザインで作っていただいた。

当時はまだclubhouseにreplayがなく、わたしがスマホから流れる音声を朗読したので、ノイズが入っている。それが気にならなくなるくらい、だんだん、どんどん引き込まれる。とくに、3人目の出演者、「水」の演技が出色。

clubhouse朗読をreplayで

2023.7.6 宮村麻未さん×堀部由加里さん

2023.8.26 おもにゃんさん

2023.10.21  高坂奈々恵さん×鈴木順子さん

2023.11.8 おもにゃん


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。