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交通事故多発のため⬜︎が不足しております

大学4年のことだったと思う。高校卒業まで住んでいた堺(大阪府堺市)の家に帰ると、リビングのテレビがついていた。

「交通事故多発のためホニャララが不足しています」

ん?とテレビに目をやると、月亭八方の番組だった。空欄のひと文字を当てるクイズが出されていた。

交通事故多発のため
⬜︎が不足しております。
⬜︎の節約にご協力ください。

フリップボードが大写しになり、へ?と声が出た。

クイズになったその文言を知っていた。答えも知っていた。わたしが書いた標語だったからだ。

空欄の一文字が2か所あるが、同じ漢字一文字が入りますと説明があった。

ゲストが次々と回答する。

「金」

ブブー。

「血」

ブブー。

「命」

ブブー。

たしかに「金」も「血」も「命」も失われるなとわたしは思った。テレビの中でもそんな反応があった。

答えは「涙」。

涙かー。なるほどーとテレビの中で感心するようなリアクションがあり、ほめられたようなくすぐったさを覚えた。

クイズ番組で使われるという連絡は来ていなかったし、当時下宿していたアパートの部屋にはテレビがなかった。たまたまテレビがついているところに遭遇して、放送をつかまえられた。

交通事故多発のため
涙が不足しております。
涙の節約にご協力ください。

その標語は日本民間放送連盟が主催した「交通事故撲滅・ラジオ10秒提言」に応募したもので、18000通の中から最優秀賞に選ばれた。

1991年。大学3年の夏だった。ひと月ほどシンガポールを旅行していて、旅先で受賞を知った。

賞金は30万円。仕送り半年分。東京での表彰式に呼んでもらえたのもご褒美だった。

審査員の一人、秋元康さんが「食べにくい人参を食べやすくした」と受賞作をほめてくださった。水不足、電力不足のように、涙をかけがえのない資源になぞらえたことを評価された。「おニャン子クラブで誰が好き?」の時代だったので、「おニャン子クラブを仕掛けた人にほめられた!」と舞い上がった。おニャン子クラブと人参の株がわたしの中で急上昇した。

標語はわたしのナレーションでラジオCMになり、全国放送された。地声より一オクターブほど高い声を出した。聴いた友人からは「なんでよそ行きの声出してるん?」と突っ込まれた。

桂三枝さん(今は文枝さん)が司会をしていたABCテレビの番組「ナイト・イン・ナイト」に「公募名人」として呼んでもらえたり、京都のα(アルファ)ステーションというラジオ局に取材され、その後、番組作りに関わらせてもらったりもした。今でいうガクチカ(学生時代に力を入れたこと)を十分積ませてもらい、広告代理店のコピーライターに新卒採用された。

広告代理店を入社12年目の夏に退職するまで数えきれないコピーを書いたが、賞には縁がなかった。マイベストを聞かれる機会があったら、これを選ぶと思う。コピーがクイズになったことも他にない。たぶん。

時は流れ、受賞から30年あまり。所属組合の日本シナリオ作家協会で著作権を担当することになり、民放連の方々との打ち合わせがあった。学生時代に賞をいただき、コピーライターになり、その経験があって脚本家になれ、今がありますとお礼を伝えることができた。

著作権といえば、先日、広告関係の人たちと会食する機会があり、「コピーには著作権がないんですよ」という話になった。許諾の必要がないから番組で使う連絡がなかったのかもしれない。

コピーの著作権について、こちらのサイトにまとめられていた。キャッチコピーは「似たようなものが生まれやすい」という理由で著作物として認められにくいと言うことのよう。

確かに「hungry?」や「やっちゃえ」に著作権を認めるのは難しい。「交通事故多発のため涙が不足しております。涙の節約にご協力ください」はある程度の長さがあるけど、資源不足を訴えて節約を呼びかける定型文(「猛暑のため水が不足しております。水の節約にご協力ください」など)のパロディなので、この標語の著作権を主張すると、元ネタの著作権はどうなる、という話になってしまう。

「金」や「血」や「命」が失われる場面には「涙」をともなう。「金」や「血」や「命」を失う本人だけでなく、「涙」は胸を痛める人たちも巻き込む。事故であっても、災害であっても。そして、戦争や紛争も。

「交通事故」を伏せ字にしたら、どんな答えが出るだろうか。

⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎多発のため
涙が不足しております。
涙の節約にご協力ください。

目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。