見出し画像

とぶ映画 とばないドラマ(出張いまいまさこカフェ17杯目)

2006年9月から5年にわたって季刊フリーペーパー「buku」に連載していたエッセイ「出張いまいまさこカフェ」の17杯目。vol.26(AUTUMN2010)に掲載。表紙は岡田将生さん。

「とぶ映画 とばないドラマ」今井雅子

9月27日から放送が始まるNHK朝ドラ(正式名称は連続テレビ小説)「てっぱん」の脚本執筆に追われている。一回の放送が15分。これを月曜から土曜までやるので、一週間分の6話で90分。長編映画一本分のボリュームはある。それを全26週。お正月休みを挟む週は2話のみだが、半年で映画26本を作る感覚である。世界観や登場人物は共通しているから、シリーズものの映画を26本と考えればいいだろうか。一本の映画脚本を練るのに半年から一年はかけることを考えると、驚異的なペースだ。 

映画や単発ドラマの場合、脱稿すると脚本家は「はいお疲れさま」と解放され、大船に乗った気持ちで差し入れを持って撮影現場に遊びに行けばいい。だが、連続ドラマの場合、撮影が始まっても締切に追われる。放送が半年間続く朝ドラはその極端な例だ。

そのことを脚本家仲間の飲み会で話したら、一人がしみじみと言った。「でも、いいじゃない。ドラマはとばないから」。その言葉に一同大きくうなずき、しんみりとなった。

企画が「とぶ」とは立ち消えになる、お流れになることを指す。漢字は「飛ぶ」をあてるのだろう。「まず脚本を作ってから役者や出資者を口説く」映画と「予算やスケジュールなどの枠組みが決まってから脚本を作る」ことが多いドラマでは、脚本の立ち位置は大きく違う。

脚本ありきで出発する映画の場合、時間に追われない代わりにゴールが見えないので、下手すると二年三年と引っ張られる。けれど、時間をかけたから報われるとは限らない。口説くために直しを重ねた末に口説けなかったときの痛手は大きい。手塩にかけた盆栽に枯れられるようなもので、どうせ枯れるなら買ったときに枯れてよ、と恨み節を言いたくもなる。

企画がとぶのは脚本家一人の責任ではないけれど、口説けなかったのは自分の力不足でもある。二度三度と続くと、書いたのが自分じゃなかったらあの役者を落とせたかもと悔やんだりして、精神衛生上、非常によろしくない。

売り物に化けることが叶わなかった脚本には、ギャラも満足に支払われなかったりする。いくらかでも出れば、まったく無駄な作業ではなかったよと自分を慰められる。原稿料というより慰謝料、見舞金のようなものだ。

「三一(さん・いち)だよ」「甘いね、五一(ごー・いち)だよ」「いや僕は十一(じゅう・いち)」と脚本家たちが競い合うのは、映画脚本を何本書いたら形になるかの確率。一本の公開作品の陰には、その何倍もの「とんだ映画」とそれに泣かされた脚本家がいる。

企画がとぶ悲哀を思えば、寝不足だろうと腰痛だろうと喜んで、と自分を励まして書いている朝ドラ「てっぱん」。「名前もいいよね」と脚本家仲間は応援してくれている。 

とびそうもない手堅い企画のことを「てっぱん企画」と呼ぶ。

写真脚注)「てっぱん」は共同脚本。今井雅子は第3週(10/11〜16)以降登板。

プロフィール(2010年当時)

今井雅子(いまいまさこ) www.masakoimai.com
大阪府堺市出身。コピーライター勤務の傍らNHK札幌放送局の脚本コンクールで『雪だるまの詩』が入選し、脚本家デビュー。同作品で第26回放送文化基金賞ラジオ番組部門本賞を受賞。映画作品に『パコダテ人』『風の絨毯』『ジェニファ 涙石の恋』『子ぎつねヘレン』『天使の卵』『ぼくとママの黄色い自転車』。テレビ作品に「彼女たちの獣医学入門」(NHK)、「真夜中のアンデルセン」(NHK)、自らの原作『ブレーン・ストーミング・ティーン』をドラマ化した「ブレスト~女子高生、10億円の賭け!」(テレビ朝日)、「快感職人」(テレビ朝日)、「アテンションプリーズ スペシャル〜オーストラリア・シドニー編〜」(フジテレビ)。NHK朝ドラ「つばさ」脚本協力、スピンオフドラマ脚本。最新作は朝ドラ「てっぱん」。

clubhouse朗読をreplayで

2023.3.24 宮村麻未さん


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。