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脚本家って何読んでるの?(出張いまいまさこカフェ20杯目)

2006年9月から5年にわたって季刊フリーペーパー「buku」に連載していたエッセイ「出張いまいまさこカフェ」の20杯目。vol.29(SUMMER2011)に掲載。表紙は『犬飼さんちの犬』主演の小日向文世さん。

「脚本家って何読んでるの?」今井雅子

出張いまいまさこカフェ19杯目の原稿を提出した4日後、あの震災に見舞われた。自宅兼仕事場である東京のマンションは大きく揺れたが、棚から本一冊落ちることなく、わたしの被害は揺れが鎮まるまでの恐怖と家族の無事を確認するまでの不安だけだった。

けれど、動揺と混乱という名の心の余震は続き、その揺れ幅は日を追うごとに大きくなった。圧倒的な現実を前に、どんな言葉も空しく思えた。物語を書くことはもちろん、読む気持ちにもなれなかった。

そんな日が何週間か続いた頃、テレビの書評番組からゲスト出演の依頼が舞い込んだ。お薦めの本を三冊紹介して欲しい、そのうち一冊は半年以内に刊行されたものをということで、本屋へ出かけた。

本屋は脚本家にとってネタの宝庫だ。平積みを見て、世間でどんな作品が支持されているかを知り、背表紙の海から、まだ掘り当てられていない鉱脈を探り出す。紙とインクのにおいを嗅いだ瞬間、心が躍った。目に飛び込むタイトルのひとつひとつが、おいしそうに光って見えた。 

物語を食べたい。

心がおなかをすかせていることがわかって、うれしくなった。本たちを連れて帰り、貪るように読んだ。読み終えると、物語を書きたくなっていた。ごちそうを食べ終えて、体に力がみなぎったときのように。

わたしの好きな言葉に"You can take a book anywhere and vice-versa"というものがある。10年以上前に出会った海外の読書週間のキャッチコピーだ。「本はどこへでも連れて行ける。その逆に、あなたをどこにでも連れて行ってくれる」。立ちすくんでいたわたしに、物語の力をあらためて気づかせ、一歩先へ連れ出してくれた本たちを、お薦めの三冊に決めた。

そして、番組収録当日。極度の緊張から言葉の供給不足に陥ったわたしの第一声は「平積みチェックをするのも脚本家の仕事で……目が合った三冊をお持ちしました」。脚本家という職業にも興味を持ってほしいと気負ったのだが、これではまるで適当にジャケ買いしましたと言っているようではないか。

以前、脚本家仲間で飲んでいるとき、「脚本家の本棚」という連載があったら面白いねという話題になった。見たい見たいと一同食いついたが、「でも、自分の本棚は見せたくない」と口をそろえた。

脚本家にとって、何を読んでいるかを披露することは、手の内を明かすことになりかねない。あたためている企画の原作や資料本は、胸にそっとしまっておくものだ。

だが、それ以上に怖いのは、「本から本人が透けて見える」ことである。

写真脚注)書評ゲスト三人のイチオシ三冊。

「フェイスブック 若き天才の野望」(向井万起男さん推薦)、「円卓」(今井推薦)、「日本の素朴絵」(宮田珠己さん推薦)と表紙に共演のお二人のサインをいただいた「週刊ブックレビュー」進行台本。

プロフィール(2011年掲載当時)

今井雅子(いまいまさこ) www.masakoimai.com
大阪府堺市出身。コピーライター勤務の傍らNHK札幌放送局の脚本コンクールで『雪だるまの詩』が入選し、脚本家デビュー。同作品で第26回放送文化基金賞ラジオ番組部門本賞を受賞。映画作品に『パコダテ人』『風の絨毯』『ジェニファ 涙石の恋』『子ぎつねヘレン』『天使の卵』『ぼくとママの黄色い自転車』。テレビ作品に「彼女たちの獣医学入門」(NHK)、「真夜中のアンデルセン」(NHK)、自らの原作『ブレーン・ストーミング・ティーン』をドラマ化した「ブレスト~女子高生、10億円の賭け!」(テレビ朝日)、「快感職人」(テレビ朝日)、「アテンションプリーズ スペシャル〜オーストラリア・シドニー編〜」(フジテレビ)。NHK朝ドラ「つばさ」脚本協力、スピンオフドラマ脚本。朝ドラ「てっぱん」。現在ドラマとケータイ小説を準備中。

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2023.8.11 高坂奈々恵さん


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。