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『九十歳。何がめでたい』をめでられてめでたい

映画『九十歳。何がめでたい』を観てきた。

監督は、わたしの映画脚本デビュー作『パコダテ人』の前田哲さん。函館港イルミナシオン映画祭に応募した原稿を見つけてくれ、表紙にあった電話番号にかけてくれ、映画化までこぎつけてくれ、いろんな人につなげてくれた。

音楽は『嘘八百』シリーズの富貴晴美さん。出会ったときから巨匠の仕事ぶりだけど素顔の天然っぷりとのギャップが最高。会うとたくさん笑わせてくれ、本人もケラケラとよく笑う。

企画・プロデューサーは『子ぎつねヘレン』で出会った石塚慶生さん。コロナ禍にはユニバーサル・オーディション企画「ルーツ」に巻き込んでもらい、熱い日々を共に駆け抜けた(詳しくはこちらのnoteマガジンに)。

脚本はシナリオ講座を一緒に担当したことのある大島里美さん。脚本も人柄も安定感バツグン。

作品をめでる理由はすでに揃っていた。

佐藤愛子さんの原作は未読だったがamazon audibleで耳から読み、めでる理由がさらにふえた。

めでる準備万端、気合い満タンで劇場に向かったのだが、「めでたーい」と両手を広げて言いたくなる映画だった。


発電する乾電池エリア

『パコダテ人』の現場で仲良くなり、交流が続いている3人組で観に行った。

去年の今頃は前田監督の『大名倒産』を一緒に楽しみ、映画とタイアップした鮭御膳目当てに新潟県村上市への日帰り旅を敢行した追っかけトリオだ。

東京での「大名行列」トークイベントでのお話が楽しかった「能登新」さんの鮭御膳。鮭のいろんな食べ方を堪能。
「能登新」さんの座敷から庭を望む。首吊りにしないよう尾を上に、切腹にならないよう腹の皮をつなげ、大切に扱われる村上の鮭…と映画『大名倒産』で学んだ上で味わった眺め。

座席は各自で取って、観終わったら集合するスタイル。わたしは中ほどの列が好みで、あとのふたりは前寄り、後ろ寄りと好みが分かれている。気は合うけど合わせすぎないのが気楽でいい。

予想以上にヒット中と聞いていたが、ネットの予約状況を見ると、かなり余裕がある。当日劇場でチケットを購入する人が多いのかもしれない。

真ん中あたりに16席かためて予約が入っていた。5席かける3列と、飛び出した1席。

この形は、乾電池だ。

16人ひとまとまりの団体だろうか。それとも、たまたま真ん中にギュッと固まったのだろうか。

当日、乾電池エリア近くの右前方の席を取った。

予告が流れる間、左後ろからリアクションの声が聞こえた。「まあ」「あら」といった感嘆詞が口々に上がる。

乾電池エリアだ。やはり団体だろうか。

映画の上映中も感嘆詞が放たれるのか。それはそれでにぎやかで楽しいかもと思ったが、本編が始まると、放電は止んだ。オンとオフを使い分けている。

そして、99分の本編が終わると感嘆詞が解き放たれ、乾電池エリアは再び存在感を表した。始まる前よりも声が明るく弾んでいる。

乾電池エリアだけではない。客席全体が元気になっている。

「よかったね」
「面白かった」
「お友だちにもすすめなくちゃ」

階段を降りながら言い合う感想がはっきり聞こえるのは、声が大きくなっているからではないか。

ヤクザ映画を観た客が肩をそびやかして劇場から出てくるように、ハツラツな九十歳の映画を観た客は顔つきも足取りも若返る。集団アンチエイジング現象が起きている。

前田哲監督追っかけの贔屓目を引き算しても、観客満足度、かなり高いのではないか。日本全国津々浦々で上映して、健康寿命を伸ばしてもらいたい。

「桃が食べたい」が叶う

とにかく佐藤愛子さん役の草笛光子さんがチャーミングで、目が離せない。90歳が90歳を演じる、実年齢のリアリティと説得力‼︎  

冒頭に「草笛光子生誕90年記念作品」とテロップが入っていたが、同時代に居合わせられたのは、なんともめでたい。

物書きとしては、唐沢寿明さん演じる編集者・吉川との関係を面白く見た。原稿を待ってもらい、読んでもらい、感想をもらい、読者に届けてもらう。編集者がもたらした張り合いが、引退宣言をした作家を生き返らせる。

張り合いは、生きがい。何歳になっても。
むしろ、歳を重ねれば重ねるほど。

好きな台詞、好きなシーンはたくさんあるが、劇場で観てのお楽しみに。

愛子先生の気を引こうと、おいしそうな食べものがたくさん出てくる。わが故郷、堺の「けし餅」も登場する。包みだけではなく、「けし餅です」とセリフでも言ってくれている。

映画を観てから見るも良し、先に見るも良し、のお待たせおやつ図鑑。

お腹のすく映画だ。食欲が刺激され空腹を感じる、生きるチカラ増進効果を実感。

桃がとてもおいしそうで桃欲が高まった。

桃が食べたい。

願いはランチで叶えられた。おまかせのコースの一皿に桃がどっさり。

黄桃とヨーグルトのサラダ。

「桃だ!」
「桃だ!」
「桃だ!」

3人で歓声を上げた。

今観てきた映画に出ていた食べものがテーブルに出る。それだけのことがうれしい、楽しい。

映画では白桃で、ランチに出てきたのは黄桃だったのだが、桃は桃。

老後は未知との遭遇

ランチを食べながら映画の感想を言いあった。3人が出会った『パコダテ人』の思い出がちょいちょい顔を出す。

「パコにもあんなシーンあったよね」
「あったあった」

昨日のことのようにパコの話をするのだが、撮影は2001年、公開は2002年。共通の話題の映画は故郷のようなもので、そこでの思い出は何十年経ってもピカピカしている。

パコはポップでカラフルな映画だったので、余計に色褪せないのかもしれない。

ある日突然しっぽが生えてどうしよう。
気がついたら90歳になっていてどうしよう。

設定は全く違うけれど、どちらも「思っている自分と違って、思うようにいかない自分」に戸惑いながら折り合いをつけていく話で、深刻な状況を愛嬌とユーモアでくるんでいるのが前田監督らしいと思う。

『九十歳。何がめでたい』のインタビューでも『パコダテ人』のことを語ってくれている。

しっぽが生えても、わたしはわたし。
90歳まで生きても、わたしはわたし。

ファンタジーかもしれないけど、そう思えたら幸せだ。

人生は一方向にしか進まない。「老後」は、その手前を生きている人にとって、ある意味、未知との遭遇。『老後の資金がありません!』も前田監督の作品。

映画の感想は、いつしか自分たちの親の話題になった。

あちこち痛くて面倒くさいとぼやきつつ身の回りのことを自分でできて一人で出かけられる90歳は稀有で、当たり前のことをこなせるだけで勇者だと親世代を見ていて思う。

90歳を生きるのは、しっぽと生きるより大変かもしれない。

忘れていたサプライズ

コースの最後のデザートは希望を聞かれるはずだったが、大きなデザートプレートが運ばれてきた。

誰かの誕生日だっけとなり、テーブルに置かれたプレートのメッセージを見て、「‼︎」となった。

かぼちゃのチーズケーキとガトーショコラとカシスのシャーベットのデザートプレート。お皿にメッセージ。

「九十歳。何がめでたい」とチョコペンで書かれていた。

あとのふたりと一緒に驚き、「お店の人にこの映画観に行くこと伝えてたっけ?」と動揺してから、「わたしが予約のときに頼んだんだった」と思い出した。

オプションのデザートプレートを注文し、メッセージも指定していた。店を予約してから数週間経つ間に忘れていたおかげで、わたしまでサプライズを受け取った。

「忘れることがプレゼントになるって、いいね」

ふふふと笑い合った。

3人合わせて90歳⁉︎

デザートプレートは一人分のデザートをアップグレードする形で、あとのふたり分のデザートを別に注文できた。

白桃のコンポートがあったので迷わず選んだ。

映画に出てきたのと同じ色の桃‼︎

デザートプレートの左に白桃のコンポート。その奥にピスタチオのジェラート。

桃と『九十歳、何がめでたい』のタイトルが並ぶ眺め。関係者打ち上げのテーブルみたいだ。けし餅も並べたくなる。

「これ、映画のタイトルって知らないと、この中の誰かの90歳祝いの会だと思われるよね」
「たしかに」
「3人あわせて90歳って思ってくれたかも」

いやいやいやいや。

でも、出会った頃なら。

『パコダテ人』の撮影から23年。3人合わせた年齢は69歳ふえたことになる。

「そんなに経ってる?」
「自覚ないんだけど」
「ほんとほんと」

何十年経っても、同じことを言っている気がする。

あと7年で、出会ってから30年。3人あわせると、「出会ったときの年齢から90歳プラス」になる。

この調子だと、「九十歳。何がめでたい」に年齢が追いついて、自分たちのこととしてデザートプレートを分け合う日を迎えられるかも。

90歳まで生きるって、しっぽが生えるのに負けないくらい異次元で想像がつかないけれど、そこまで辿り着けたら「何がめでたい!」と威勢良く言って笑い合いたい。

という超老後の楽しみができた。

おまけのしっぽ

『パコダテ人』を関係者の証言でつないだ小説版をnoteに少しずつ公開していたのが証言4で止まっていたことを思い出した。

締切がないと、編集者がいないと、ついつい後回しに。

途中まででも読みものとして楽しめるので、おまけにどうぞ。


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。