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日本人の2人に1人はかかると噂のあの病気になった経験を通じて知れたこと、気づいたこと、…

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日本人の2人に1人はかかると噂のあの病気になった経験を通じて知れたこと、気づいたこと、感じたことを記録【※個人の感想です】 ▶30代で卵巣嚢腫(子宮内膜症)発覚▶経過観察(二度の出産)▶40代ラストで卵巣がん疑い▶手術で全摘出▶明細胞がんステージⅠA▶化学療法6クール▶経過観察中

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【はじめまして】卵巣がん治療の記録、やっと書く気になった理由。

30代で子宮内膜症による卵巣嚢腫が発覚。2度の出産を経て、半年ごとの経過観察中、40代ラストで卵巣の様子が悪性疑いに変わり、卵管・子宮もいっしょにお別れしました。術後の病理検査で「明細胞がんステージⅠA」と診断され、化学療法6クール(←イマココ!) 想定の斜め上を行き続けた怒涛の数カ月のことを中心に、これまでの治療について記録していきたいと思います。 現在の状況:やっとたどり着いた、術後化学療法6クール(ラスト!)2日目 「卵巣癌疑い」の診断で手術を受けたのが今年の3月

    • 一年前には見えなかった景色

      闘病中(という言葉はあまり使いたくないけれど)抗がん剤治療で引きこもっていた時期に、お守りを2ついただいた。 そのうちの1つをくださった方と、横浜成田山へお礼参りに。約束した日、たまたま御護摩というご祈祷(真言密教の行事)があった。1本500円の護摩木(白木のお札)に願いを込めて住所と名前を書き、炎で炊き上げていただく。私は「御禮(お礼)」と「身体健全」の2本をチョイス。 僧侶たちの声が素敵で、お経(御真言)が何かの音楽のように聞こえた。不思議と落ち着く。お守りをいただくと

      • ウイッグ卒業

        卵巣がん治療の記録をあれこれ綴る…と決め、少し書いてから半年経ってしまった……(汗) 運動不足と、おそらく(いや、確実に!)更年期からくる節々の痛みはあるものの、内科的には元気に経過観察期間を過ごしています。 先日、美容院でウイッグの下でモサモサになっていた髪の毛を整えてもらい、ショートヘア(地毛)再デビューしました。 私の場合、タキサン系の抗がん剤がアレルギーにより途中で使えなくなってしまったため、治療が終わる前から少しずつ、髪の毛が生えてきていたのです。その頃から、週

        • 家族のコロナとインフルと…【6クール終了間際のゴタゴタ記録】

          3月に卵巣がん疑いで手術を受けてから半年。6クールに渡る抗がん剤投与もなんとか終了し、あとは体力&諸々の回復を待って社会復帰へ…というところまできた。 開腹手術、そしてその後の引きこもり生活で、体力・筋力の低下がとにかく半端ない。回復を目指して、少しでも歩くようにしている今日この頃。 朝散歩へGO!もう聞き飽きた気分のコロナに加えて、季節性ではなくなりつつあるインフルエンザ、そのほか諸々のウイルスも流行っているから…ということで、この数カ月は主治医から「人混みNG」と口酸っ

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        【はじめまして】卵巣がん治療の記録、やっと書く気になった理由。

          家族の疲れとオットの手料理

          3月に卵巣がん疑いで手術を受けてから、まもなく半年。「得意料理は豚汁とポトフ」だったオットの料理のレパートリーが劇的に増えている。 結婚生活13年。家事分担のルールは「料理しなかったほうが片付け(皿洗い)をする」。実際は、朝食はオット(起床が早い)、夕食は私(帰宅が早い)が作るのがほとんどだった。 療養生活を送る妻を抱えた彼は、平日も休日も忙しい。料理以外にも子ども2人の対外的な用事(習い事送迎や学校行事)、買い物(日々の食材に子ども関係のあれこれ)、さらに通院の付き添い

          家族の疲れとオットの手料理

          えっ、卵巣が?①卵巣嚢腫からの妊活

          40代ラストで卵巣脳腫が悪性に変化し、手術⇒化学療法となった私。 それまでの経緯を振り返っていきます。 タイムリミットは半年! 卵巣嚢腫から突然の選択を迫られる 振り返れば十数年前の話。たいした人生設計なんてなかったけど、予想よりちょっと遅めの30代後半で結婚した翌年、東日本大震災が起きた。 放射能の子どもへの影響がささやかれる状況となり、友人の妊娠や出産の話を聞くたび「この状況が落ち着くまで、2~3年は心配だよね」なんてオットは言うのだが、落ち着く頃に私たちは何歳? 「

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