[書評]村上臣『転職2.0』「キャリア形成なんて特別なこと」と思っている/思っていない全ての人へ。
私が自身のキャリアを意識し始めたのは35歳の時だった。私には「転職、もとい、キャリアアップなんて、特別な人がするもの」という思い込みがあった。でも、実際にやってみると、実は転職が私にとって可能であっただけでなく、転職に挑戦することそれ自体に価値があるということも感じた。自分の市場価値を試すといった大仰な態度でなくても、転職にはまず社会科見学的な意味がある。転職活動は、異業種交流会のように多彩な仕事に携わる人と触れ合える場だ。大前提として、転職するとかしないとか以前に「してみる」こと自体を私はお勧めする。し、本書が転職を後押ししてくれる。
転職1.0から転職2.0へ。思い込みにとらわれないで
「転職2.0」とは何か。大きな枠組みでいえば、終身雇用の文化をいまだ引きずり続ける部分がある現在の人材市場において、あくまで「会社に雇われる身として」だけのマインドのまま次の職場を探すことが「転職1.0」になる。それに対し、むしろすでに(実際は)地殻変動が起きている人材市場で、自分を「会社を選ぶ側の人間」と設定し、そのマインドでキャリア形成していくスタイルを転職2.0と表現する。転職のアップデート版だ。だが、この本はそこだけにとどまらず、そもそも転職に、より広範な機能を持つ市民権を与える。
私は、今年40歳になる身だ。私自身は、先にも述べたように「転職は特別なこと」と思っていた。まして「キャリアアップ」などといえば、意識高い系か、あるいはハイクラス層の世界の話だと思っていた。しかし、周囲を見回してみると、同級生で、新卒から同じ企業に勤め続けている友人はほぼいない。多くは転職を経験している(しかも20代ですでに転職を経験した友も多い)。私が通っていた学校は、特段、偏差値的に優秀なところではない。ごくごく普通のレベルだ。その学舎を出た旧友のほとんどが、転職している。
アラフォーの私たちも多くは転職経験者、なのに……。
なのに、私だけでなく、実は多くの同級生もまた「転職は特別なこと」だと思っている。少なくとも2021年現在の20代のように転職はせず、「いざ、転職しよう」とするなら、相当な気持ちの奮起と覚悟を要する、と、思っている。実際、そうだった人もいるだろうけれど、一方で、少なからぬ同級生が20代ですでに転職をしていた。おそらく10年前から、キャリアアップは想像以上に特別なことではなかったのだろう。それでも、その時代を生きた私たちは、なぜか「キャリアアップは特別」と思い込んでいる。
40歳といえば、世間的にはいちばん油がのる世代だろう。その私たちが「キャリアアップは、ハイクラスの人間がするもの」と思い込んでいるのだとしたら、転職はまだ市民権を得ていないと言えそうだ。少なくとももっと下の世代に、キャリア形成をうまく語ることはできないかもしれない。
もしこの仮説が正しいなら、本書は、転職をより身近なものにし、転職に市民権を与え、転職をうまく使うことで今の人材市場の波を乗りこなす術を教える指南書になる(仮説が正しくなくても、価値ある本というのは前提として)。
「でも私、強みも実績もないんです……」
本書の語りは丁寧だ。私がもっとも心配していた、転職に対する特別感について、本書はのっけから触れている。著者はこのような声をよく聞くという。
「でも私、強みも実績もないんです……」(同書7頁)
本書には、「あなたの強み」を可視化する方法論が目白押しだ。自分への「タグづけ」はその一つ。最後方のページにはタグ一覧の表までついている。表と対照しながら、自分の仕事の棚卸しだってできる。しかし、それでも重たい腰が上げられない読者を意識してか、著者はこう書く。
「『自分のタグなんて見つけられるのかな……』と不安に思った方もいるでしょう。しかし、安心してください」「読者の皆さんが実際に自分のタグを明確にし、また次にどんなタグと掛け合わせて市場価値を高めていけばいいのか、誰でもできるフレームワークを第2章以降で詳しく解説していきます」(43頁)
仕事といえば「総合職」という考えも、いまだにあるかもしれない。だが、時代は変わっている。市場は、いろいろな形で人の「求め方」を多彩にしている。総合職であっても、転職市場では「総合」自体が細かに要素分解されていて、それらごとに求人があったりする。それらに合わせて、あなたが自分のキャラクターやスキルを棚卸ししてPRすれば、想像以上に転職は進められるのだ。「私には特別なスキルなんてない」とはいうものの、私の感想としては、むしろ本書のタグづけ表を活用しても強みが見つけられないという人は、おそらくいない。みなが何かしらの武器を持っている。ただ、あなたがそれを武器だと認識できていないだけ、という確率はとても高い。
我慢して働くことが美徳だと思う人は少なくなったと思う。でも、「行く宛てもないしな」と我慢して働き続けている人は、現在も多い。繰り返しいうように「転職を武器に自分の市場価値を高める人は特別だ」と思われ続けているのが現状だ。確かにそういう面がゼロだとは私も思わない。本書の面白いところは、その現状を踏まえた上で、「『転職を積み重ねながら』市場価値を高められる自分に変わろうよ。変われるんだから」と背中を押してくれる点だ。合否にかかわらず転職活動を「してみる」こと自体が、実はあなたにとっての「市場価値向上」の第一歩になる。まず、やってみようよ、と。
「自分を活かせる場が他にある」を夢で終わらせない
私自身、この著者と同じようなケースを何度も見てきた。
「転職は人と会社がフィットするかどうかがカギとなります。ある企業で戦力外通告を受けた人が、別の企業に入社して大活躍することだって珍しくありません」(45頁)
自分を活かせる職場が、ほかにあるかもしれない。
これは別に、いたずらに夢を見させようというものではない。大事なのは「ほかにあるかも」と思いつつ転職しながら今の職場で働いてみることだ。サイトに登録してもいい。エージェントに相談してもいい。履歴書や職務経歴書を書いて、毎年更新するだけだっていい。そうやって、転職マインドを自分の中に形成していくこと自体が、あなたの市場価値を高める。
「でも、私は総合職だから……」
職種ゆえにそう思う人もいるかもしれない。これに対し、本書は「ポジション思考」という新たな考えを提案している。スキルにしばられずに、むしろスキルがなかったとしても、転職は夢として潰えないということを著者は教える。多くの人の悩みに答える形で、本書は「実績・強み・やりたいことがない人でもできる」という章をわざわざ設けてもいる。
実績・強み・やりたいことがない人でもできる
「『やりたいことがない』こと自体を悩まなくてもいい」「『やりたいこと』を無理矢理見つけ出すのではなく、今やっている仕事の中で、ワクワクすること、楽しさを感じられることは何かという棚卸しから始めてみることです」(76頁)
世の中には、求められている人物像がたくさんある。想像以上に、ある。たとえば
「手作業で行っている仕事があるとして、『エクセルでマクロを書いたら非常に効率的なのに』と思うことがあります」(135頁)
と著者は書いている。これは、多くの人が思い当たるシーンでもあるかもしれない。変な話、世の中にはエクセルで処理できるようにするだけで効率化できる仕事が山ほどある。しかも、それで悩んでいる企業もたくさん存在する。そんな「お困りごと」に応じられるようにして、基礎的な転職技術や面接の手法(本書にはそれも書かれている)を身に着けさえすれば、エクセルのマクロを武器に職場を変えることだってできる。「マクロなんてわからない」という人もいるかもしれないが、ワードやエクセルをそれなりに仕事で使ってきた標準的な人なら、どんなに忙しい中でも、二週間もあればマクロは使えるようになる(私の肌感としては)。
能力が足りないから採用されない? ホント?
実は、多くの企業の人事部は、あなたを完全に理解してから採用を決定するわけではない。というか、面接などを通すだけでその人を見抜くことは不可能だ。
「ジョブスクリプションを100%満たしている人は、世の中にほとんどいません。候補者の誰もが何かしら足りないのを織り込み済みで、会社は採用を行っています」(169頁)
実際に、そうなのだ。
「私なんて」と自己卑下する前に、あなたに備わるあなたの可能性を知ってほしい。チャンスはある。転職は武器になる。大丈夫だよ――著者から、そんな愛が伝わってくる。微に入り細を穿つ形で、本書は、退職の準備、上司への報告、同僚への相談の作法まで紹介している。
「人生をハックする」なんて大げさなことでなく、慎ましやかに、また大胆に、転職はできるし、転職を使って自分の市場価値は高められる。その事実を知る上で、本書は最良の友となるだろう。
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