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白玉

ちかごろ向かいに建った高層マンションの窓、8階あたりだろうか、そこに、ひとつだけ、気づけば灯りが点いている。たったひとつ、あとは暗闇で、わたしはブラック・アイスバーンの長いドライブにとても疲れていて、疲れが呼ぶいつもの憂鬱を押し殺す唯一の手段へ、睡眠へ、逃れるところであった。むろん書くつもりはなかったが、なにかが、どこかでぱしんと弾けた、そして書かねばならない仕儀となった。わたしは何かを思い出していて、何を思い出したのか、わたしにはわからない。いつか見た光景のようでもあり――実際、さして変わり映えするものではなく――しかし、確かにそれは spark であった。激しく揺さぶられた。やにわに頭痛が襲い、恐怖、それに近い感傷、雪に吸われる無音がいやだ、遠くの除雪車の唸りにしがみつく。

心的な暗喩なのか、もっと直截な深層記憶をえぐられたのか、分かる術もないまま、怖いもの見たさでその白色の灯りを、わたしは凝視する。忌まわしいものからは却って目を背け(られ)ないこの悪癖、真っ向から睨みつけ、わたし自身を切り刻む、それが勇者の証とでも言うかのように、こんなことを思うはずではなかった、わたしはただ、訪れうる平穏な暮らしのため、頑なに nirvana に安住していたいだけなのだ。

灯りが消えた。

生きているとは、なぜこんなに激しく哀しいのだろうか。こうではない何かを、こんなに激しく希求してしまうのだろうか。こうではない何であれ、この渇望から逃れることはなかろうに。

白玉か何そとひとの問ひしとき、露と答へて消なましものを。

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