見出し画像

新卒の配属ガチャ問題に異議:パーパス経営との矛盾

配属ガチャ

いわゆるJTC、日系大企業の新卒社員は「総合職」として採用され、入社してから配属通知を受け取るまで、自分の職種はおろか勤務場所すらわからないという問題を「ガチャ」と称してこのように言われてきした。

就職ではなくて就社」と揶揄される日本型雇用の象徴として、近年この問題が可視化されてきました。

具体的に起きる問題としては、「就職活動で描いた理想と現実がマッチせず、新入社員の早期退職に繋がる」とか「新入社員の学生時代までの専門性を活かせず、個人としても企業としてももったいない」等々。

ラーメンを食べたことない人だけでやってみた人気ラーメン店ランキング

一方で、新入社員、とりわけJTCに新卒で入社しようとする学生においては特に、そもそも「本当に自分がやりたいことが明確な学生」の方が少ないと考えています。何故なら、もし本当に自分がやりたいことが明確ならば、起業したりもっと小規模な企業(スタートアップ)NPO/NGO 等の非営利団体に就職するでしょう。

就活生・新入社員は仕事をしてみた経験も無いわけで「マーケティングがやりたい!」だとか「新規事業企画がやりたい!」だとか、その程度の解像度の粗さでしか「やりたい」が表現出来ない状態です。

あるいは就活生の人気企業ランキングなんてものは、実際にその企業に入社したことが無い、その企業で働いた経験もない人達が、勝手に人気を予想しているだけの”美人コンテスト”でしかなく、さながら”ラーメンを食べたことない人だけでやってみた人気ラーメン店ランキング”状態であり、何の説得力もないでしょう。

企業の対応

この様な実態の「配属ガチャ問題」ですが、しかしJTCからしたら「就活生に忌避され得る制度は撤廃したい」と考えるのも当然で、多くの企業で職種別採用や配属先を決定した上での採用を推進しているのも実情です。

パーパス経営

一方、JTCには「パーパス経営」のブームが押し寄せています。パーパス(Purpose)は直訳すれば「目的」ですが、JTCが企業としての存在意義、社会に存在している意味、つまるところの企業としてのレーゾン・デートルを改めて明文化し、「我々はこういう目的の為に存在し、その為にこんな事業をやっていきます」と表明する一連の営みを「パーパス経営」などと言ったりしています。

この「パーパス」さえはっきりしていれば、それがあらゆる経営判断の軸となり、聖域なき構造改革を正当化し、人財の最適配置のモチベーションとなるわけです。

投資も入社もパーパスへの共感が鍵

この「パーパス」にステークホルダーや市場が共感し投資するわけです。また、新卒・中途を問わず、そうした「パーパス」に共感した人がその会社に入社したいと考えます。「パーパス経営」自体は是非これからも全ての企業が推進するべき方向性だと考えています。

カルチャーフィット

あるいは似たような文脈、JTCよりもスタートアップやベンチャー企業でよく言われる表現として「カルチャーフィット」というものがあります。字面の通りですが、「企業が持つ文化(カルチャー)にフィットする人を採用する」という方針です。どれだけスキルやノウハウの面で欲しい人材であったとしても、そうした人がブラックスワンであった場合、既存の組織・風土を破壊してしまいます。ですから、スキル・ノウハウ以前に「文化適合性」を最優先に据えて採用活動をするべきだ、という考え方です。逆に言えば、スタートアップやベンチャー企業に就職したいと考えている人は、「自身の価値観がその企業のカルチャーにフィットするか」を見て、応募判断・入社判断を行う事になります。

大いなる矛盾

さて、JTCは「パーパス経営」を推進し、企業がなんの為に存在するのかを明文化し、それに共感する人に入社してほしいと思っています。一方で「配属ガチャ問題」への対応として、職種別採用を推進しています。

両者には大きな矛盾があります。何故なら「本来は企業自体の存在目的(パーパス)に共感した人に入ってきて欲しいのに、学生は希望する職種での採用を求めてくる」からです。

共感したならどんな仕事でもできるはず

本当に「パーパス」に共感した入社希望者であれば、極論、どの職種に携わる事になったとしても良いはずです。全ては自身が共感した「パーパス」の達成に繋がるお仕事なのですから、何をやってもいいはずです。

学生は採用面接で「貴社の理念に共感しました」と臆面もなく言っているはずで、であれば「じゃあ何の仕事でもいいよね?」とも言えるわけです。

実際はそうなっていないわけで、建前(パーパスへの共感)と本音(自分が希望する職種)が矛盾している状態です。この様な企業と学生・新入社員の騙しあいの先に、JTCの未来はあるのかと不安になります。

ただし、そもそも本音としての「自分が希望する職種」が、本当に当人がやりたいことなのかという疑問が先立ちます。つまり、やったことも無いものの好き嫌いなんて本当に分かるのか?という事です。

20代は自分で影響を受けるものを決めないほうがいい

僕はあえて今の就活生に対して厳しく言うのであれば、ラーメンの例えをそのまま援用するとしたら、「人気ラーメン店ランキングを眺める前に、良いから近所のラーメン屋からでもいいから食べに行きなよ。それで少しずつ味覚を鍛えて、本当に自分が好きなラーメンにたどり着けばいいじゃないの」と思うわけです。

あるいは、「まだ本当に自分がやりたいこと・得意なことなんて分からないんだから、ガチャだと言ってないで、とりあえず与えられた仕事をやってみたらいいじゃないか。辞令が出た縁もゆかりも無い土地でも行ってみたら、そこはそこで良さを知ることができるかもしれないじゃないか」とも。

サカナクション山口一郎の言葉

これがまさに「20代は自分で影響を受けるものを決めないほうがいい」で、彼は地元北海道で暗中模索しながら自分たちの音楽を探し続けて、東京に出てきてヒットしていく過程で、一方で「売れるためにもやるべきこと」との葛藤を抱えながら活動してきた時代を振り返ってこんな事を言っているんです。

自分が影響を受けるものを自分で選んでいたら、都合の良い自分にしかなれないんだな、って思ったんです
今簡単に様々な情報を手に入れられるし、入ってはくるけど、自分で選んだものしか、入ってこないじゃないですか
自分が影響を受けるものを、自分が決めちゃいけないんだな
そういう状況にいちゃいけないんだなという気がしています
僕はメジャーデビューするということで、テレビに出なきゃいけなかったりとか
10代の子たちの感情を研究したりとか
売れるためにはどうしたら良いんだろうとか
自分が音楽の研究をしていたときと、全く違う研究をしてきたことで
想像できなかった自分になれたんですね

https://www.youtube.com/watch?v=mgpSeprVQgk

似たような事はスティーブ・ジョブズも言っていると思っていて、それはConnecting Dotsだと思うわけです。

そもそも、これは就活生だろうとベテランビジネスマンだろうと、2,3年先の未来なんて本当にわからないんです。予測するのはとても困難で、今現在の自分が見えている範囲で「自分はこれがやりたい」って思った仕事が「そもそも10年後にあるのか?」「そんな事はAIにやらせておけばいいじゃない」とならない保証を誰がしてくれるのか。

であれば、やってみて好き嫌いを判断してから、本当に自分がやりたいことに挑戦したって遅くないし、やってみた結果、当初の自分では全く想定していなかった自分の可能性に気づき、開花して行くことの方が可能性として高い。

寧ろこのVUCAな時代においては、これこそが取り得る最適なスタンスなのではないかとすら思うのです。

配属ガチャについて思うこと

本来、ガチャは何が出てくるか分からないから楽しいはずだったわけで、その人生におけるランダム性みたいなものを「楽しい」と思える事が、真の勝ち組なんだろうと思います。

世の中の予測不可能性は高まる一方です。カナダのトルドー首相もこんな事を言っています。

今ほど変化のペースが早い時代は過去になかった。だが今後今ほど変化が遅い時代も二度と来ないだろう。

Justin Pierre James Trudeau, ダボス会議(2018年)

もう今後はますます未来を予測することはできませんし、自分が今やりたいことが今後もずっとやりたいことであり続けるのかも分かりませんし、そもそも世の中から求められる仕事として残り続けるかどうかも分かりません。

とりあえずやってみる、やってみてから考える。

今の10代、20代の若い人たちを取り巻く不安は大きいと思いますし、何をやりたいのか分からない人も多いと思いますが、とりあえず目の前の事を真面目にやってみてたら、何か変わるかもしれません。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?